君の手に、君の眼に。
蒼月そら
第1話 回想
―――待って!
―――お願い!!
―――お願いだから!!
悲鳴が飛ぶ。
一目散に逃げ惑う観衆。逃げ惑う高官。
周りの支援者を蹴散らして逃げている彼を、誰よりも守らなくてはならない、という事実が、憎らしかった。
―――お願いだから!
―――助けて!
子供の声が響いた。
「お客様、お呼びでしょうか」
機内のアナウンスボタンを肘で押してしまったらしかった。CAがやってきて、仮眠をとる私に、腕を叩いて起こしてきた。
「すみません。間違えて押してしまったようだ」
そう答えると、「わかりました」と笑顔で、怒る様子もなく彼女は去って行った。
雲が、窓から見える。
―――青空。
あともう少しで山陰に着く。
東京での要人警護の職務を辞め、1年。警護と言う仕事に疲れて、私は田舎に戻ろうとしていた。昼前に東京を立って、1時間。機内は、とても静かだった。
窓辺を見ていると、白い雲の上、東京での警護体験をまざまざと思い出す。
―――間もなく鳥取です。
アナウンスが聞こえて、正志は目を閉じて息を吐いた。
ターミナルに降りると、一人の女性が、正志を待っていた。六十から七十の年頃の彼女は、手を振って、名前を呼んだ。
「平方さん、こっちだえ」
正志は軽く会釈しながら歩いて行った。
―――…。
紫の服を着た女性は、どこまでも快活で、懐かしいとばかりに笑っていた。
「久しぶりだえな。正志君。元気だったかいな?」
「えぇ」
高校時代、とても親しかった友人の健吾。彼の家族には家族ぐるみで仲良くしてもらい、彼女にはとても世話になったのを今になっても忘れてはいけない。彼女は健吾の母である。同じ東京の警察学校に入校し、同じ警察官になったが、5年前、健吾は殉職した。強盗を制するのに、誤って拳銃を奪われ、殺害された。健吾のミスは明らかだったため、あまり公にはされていない。通夜の席も簡素なものだったらしい。ちょうど、東南アジアからの国賓警護の最中で、正志は出席できなかった。
「健吾も正志君に会いたかっただろうなぁ…」
彼女はそう言うと、どこか悲し気に笑って見せた。
着いたのは、昔ながらの景色が並ぶ中、新築の家が建っていた。昔の景色と違っていることに、正志は瞬いた。
君の手に、君の眼に。 蒼月そら @hinatabokko1
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