第三十九話 迷宮祭:その八
「「「GAOOOOOO!!」」」
「――くそっ!」
フウカへ向かっていた足を止め、オズは迫り来るガイムを斬りつけた。ボロボロになった体でも、オズの剣技は正確無比。一刀のもとにガイムを破壊する。砕片はオズの体へ吸いつけられるように集まっていき、闇のマナへ変換される。そして、オズの
――名もなき
エリカとゴンの回りを、円を描くように駆け、押し寄せるガイムを殲滅していく。
ほどなくして、オズはトップスピードに乗った。もはやエリカとゴンには残像がかすかに見えるのみである。
「な、なんて速さなの……!」
「きゅう……!」
危険な状況にも関わらず、エリカは惚けたようにつぶやいた。オズの殲滅は、それだけ圧倒的だったのである。
その速度は、
だが、だからと言ってオズの
一方、
しかし、
「うおおおおおおおぉぉッ!!」
オズはひたすらGブレードを振るう。ガイムを殲滅するうちに、地面にはガイストーンが散らばっていく。頃合いを見て、オズはGブレードを大きく振りかぶる。
「
ガイストーンを闇のマナに変換し、それが巨大な黒刃となって数十体ものガイムを吹き飛ばした。しかし、その穴を埋めるように後続のガイムがなだれ込んでくる。
オズは見た。ガイムの群れの中、〈賢者の石〉を掲げるフウカの姿を。勝利を確信したフウカは、奮迅するオズを見て、
――そうか。あのときも、そうやって嗤っていたんだな?
今の状況は、冬季休暇のあの事件の焼き直しのようだ。オズはユーリを守るため、
「くそおおおぉぉッ!!」
オズはフウカの手のひらの上で踊っているに過ぎなかった。
そして、闘争のゆくえは冬季休暇のときと同じ。エリカを守りながら戦うオズは、無傷ではいられない。処理が間に合わない攻撃は、その身をもって受けることになる。エリカを
拘束されたエリカは、それを見ていることしかできなかった。できるのは、涙を流すことだけ。飛び散ったオズの血が、エリカの涙を汚していく。
「――オズ! あたしのことはもういいから、逃げて! あたしが殺されることはないから! あたしのことなんか、守ろうとしなくていいからぁっ!」
エリカは叫んだ。自分はあくまで〈賢者の石〉の生け贄として生かされていることは、オズには言わない。そのことを知らないオズは、フウカが言った「ローズは死ななければ好きにしろ」という口上から、エリカが殺されることはないと思っているはずである。
なのに、オズは戦い続ける。エリカを傷つけないために。
このままでは、オズは死んでしまう。オズをどうにかしてここから逃げさせなければならない。たとえ、嘘をついてでも。
「フウカ先生の狙いは、あたしなのっ! 〈賢者の石〉を進化させるために、あたしのマナがちょっと必要なだけだって! ハインがそう言ってたの! 命まではとらないって! だから、あたしのことなんて放って、逃げてよぉっ! オズのことは見逃してくれるはずだからっ!」
エリカがいくら叫んでも、オズは逃げなかった。エリカの叫びに返答もせず、ただひたすらガイムを殲滅していく。
「――どうして! あたし、あんなにひどいことしたのに!」
エリカの口から出たのは、ダンスパーティーでオズにした仕打ちのことだった。エリカは、つまらない嫉妬でオズを拒絶したのだ。それなのに、オズはエリカのために戦っている。
エリカの心はもうぐちゃぐちゃだ。今にも死にゆくオズを、これ以上見たくなかった。でもオズは戦いをやめない。エリカはついに、感情的になって叫んだ。
「――逃げてって言ってるのに! どうしてわからないのよっ! バカバカ! オズのバカぁ! アンタなんて、大っきらい!!」
今にもガイムに噛みつかれ、刺され、踏み潰されながら。一心不乱にガイムを叩き潰すオズは、エリカへ
「エリカァッ! ――俺は、お前に嫌われたっていい! お前を守れるのなら……いくらだって、嫌われてやるッ!!」
「――ッ!」
エリカの心臓が跳ね上がった。目の前に、自分を助けるため、命をも投げ出す男がいる。
「うおおおおおおおぉぉッ!!」
オズは戦い続ける。まさに体を張って。
「オズ……やだ、死なないで……!」
「きゅう……!」
エリカにできることは、ただひたすら祈るのみだった。
むき出しの岩山と、
ガイムの楽園は今、静けさに支配されていた。
「まさか、倒し切るとは思わなかったぞ……リトヘンデ」
すでにガイムは全滅していた。闇のマナをゆらゆら立ち昇らせ、肩で息をするオズがそこにいた。
オズは〈エリア10〉に集結していたガイムを、すべて消滅させたのだ。――エリカを守りきって。
「……だが、さすがのお前も時間切れのようだな? これで、お前を危なげなく倒せる」
オズの視界はすでに
かすんだ視界の向こう。フウカが〈賢者の石〉を腰に収納し、Gブレードを構えていた。フウカの像はボヤけていて、二重にも三重にも見えた。
「悪く思うなよ、リトヘンデ。アタシの使命ために――死ねッ!」
――斬!
「……ぐ、は!」
オズは吹き飛んでいた。地面を跳ねながら転がっていく。体中が痛い。胸が冷たくなっていく。口から血が溢れだすが、むせる力もない。朦朧とした意識のなか、どうやら、自分がフウカから致命的な一刀をもらったらしいことはわかった。自分の体から、熱が失われていくのを感じとれる。
「――オズッ! やだぁ! 死なないでぇ!」
じゃらじゃらと鎖の音がする。エリカが拘束を抜けようともがいていた。オズに迫る死を前に、冷静でいられるはずがない。
「きゅうぅ!!」
そして、それは幼きラグーンにとっても同じ。愛する主人を助けるため、ゴンは飛び出した。――しかし、
「邪魔だ」
「――ぎゅっ!」
「ゴンちゃんっ!!」
オズの元に飛んでいくゴンを、フウカは蹴飛ばした。飼い主と同じように、地面を跳ねながら転がっていく。
「ゴ……ン……」
オズはぴくりと右腕を動かした。そこで、使いなれた愛刀――
どこに、いったんだ……オズはぼんやり考えた。
「さぁリトヘンデ、ひとおもいに殺してやる」
フウカがオズのことを見下ろしていた。無機質な表情。無機質な瞳。フウカのたたずまいからは、現実感が感じられなかった。彼女がなにを思い、なぜこの混乱を起こしたのか。そしてなぜ自分を殺そうとしているのか。オズには、ひとかけらも理解できなかった。ただただ、空虚な死が近づいてくるだけである。
視界の先のボヤけた姿のフウカが、Gブレードを振りかぶる。そして、それを振り下ろそうとして――
「――やめてッ! オズを殺すならあたしも死ぬ! 舌を噛みきって、死んでやるんだからぁ!!」
フウカはピタリとGブレードを止めた。オズの首に当たる寸前だった。
「あたしの命がほしいんでしょ!? いくらでも使えばいいじゃない! あたしは抵抗なんてしないわ!」
「ほう……」
エリカを見て、フウカは興味ありげに笑った。
「そのかわり……オズにはもう手を出さないでっ! 誓ってくれないなら、舌を噛んで死ぬわよ!!」
「……いいだろう。約束するよローズ。そういう覚悟は嫌いじゃない」
そう言って、フウカはエリカへと歩を進める。
消えかかる意識のなか、オズは必死に手を伸ばした。
「やめ、ろ……」
オズの脳は、必死に「動け!動け!」と肉体に命令を送っている。だが、それに肉体が答えることはない。
エリカが殺される。
二人の会話から、その事実だけがオズを押し潰す。
だらりと動かない自分の腕が見えた。そこにGブレードはない。
フウカに蹴られて倒れているゴンが目に入った。ゴンはピクリとも動いていない。
そして、遠ざかるフウカの背。その向こうには、死を受け入れた少女がいる。
――苦しい。
息ができない。
体が冷たい。
そして、脳が意思を拒否しはじめる。動かない肉体に痺れを切らして。
――もう無駄ではないか?
――自分ができることは、すべてやったのではないか?
――これ以上、なにができる?
オズは嗚呼、と血を吐いた。
なんだか、眠く、なってきた……
光が、射した。
≪――諦めるのですか? オズ。≫
オズ……? あぁ、俺の名前か。
≪オズ。あなたには、まだこの世界でやらねばならないことがあるのです。≫
世界……、たいそうな話だな。
≪オズ。わたしはあなたを、ここで死ぬために呼び出したのではありません。≫
……死ぬため? ……そうだ、俺は死ぬ理由を探していたんだった。そして、それを見つけた。……この世界で。
≪あなたは今まさに死ぬところなのです。……オズ、あなたはその理由を果たしたのですか?≫
…………果たしていない! ここで死んだら、俺は犬死にだ! あの子を――エリカを、助けなければならないッ!
≪では起きるのです、オズ。あなたはまだ自分の真の力を出しきっていません。わたしがきっかけを与えましょう。その
オズの意識は浮上する。
血にまみれた口で、オズはつぶやいた。
自らに宿る、真の力の名を。
「…………喰らい尽くせ。
ドオォン――!
死にゆくオズの体から、闇の闘気が噴き出した。
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