第二十六話 迷宮訓練:その一

 エリカと別れたあと、清掃に向かったオズであったが、雨がひどいので清掃は明日に回すことにした。雨のなか、オズは小走りで学生寮〈クロスタワー〉へ戻る。

 部屋に戻ると、ルームメイトであるユーリはいなかった。購買にでも行っているのだろう。オズはその間にシャワーを浴びることにした。雨で体がぐっしょり濡れていたのだ。


「ゴン、一緒にシャワー浴びようなー?」

「きゅう~」


 ゴンを連れシャワールームの扉を開けた。ムワッとした湯気があふれだした。


「――わっ! オズ!? おれ、入ってるから! し、閉めてっ!!」

「あ、わりい。気がつかなかった……!」


 ユーリの真っ白な背中が目に入って、オズは慌ててドアを閉めた。男同士なんだから、そんな気にする必要ないだろと思いつつも、オズはなんだか落ち着かなかった。

 ゴンがシャワールームへ行こうとするのをなだめながら、ユーリが出てくるのを待った。しばらくして、服を着替え終わったユーリが出てくる。


「出たよ。……なあオズ、もしかして……見た?」

「……? なにを?」

「い、いや、なんでもない」

「? じゃあ、次は俺が入るわ」


 ユーリの様子に首を傾けつつ、オズは立ち上がる。


「ほらゴン、シャワー浴びないと汚いぞ」

「きゅうきゅう」


 オズは、ユーリと遊ぼうとするゴンを強引に連れ、シャワールームへ入った。その後ろ姿を見て、ユーリは人知れず肩を落とした。






 ゴロゴロ……ピシャーン!


 深夜、窓を激しく雨が打ち付け、雷が大気を震わせる。

 うるさいな……とオズはベッドのなかで寝返りをうった。枕元では熟睡しているゴンがぴくぴくと四肢を痙攣させている。


「――ん?」


 布団がもそもそと動いて、オズは目を開けた。


「――ユーリ、か? どうした?」

「えっと、その……」


 枕を胸元に抱き、もじもじするユーリがそこにいた。


 ピシャーン!


「――きゃっ!」


 雷の落ちる轟音。部屋がカッと明るくなる。ユーリは小さく叫ぶと、オズのベッドに潜り込んできた。


「――おい!?」


 オズは慌てるが、布団のなかで震えるユーリに気づく。


「ユーリ……もしかして、雷が怖いのか……?」


 ユーリはコクリとうなずくと。


「うん……一緒に寝てもいい?」


 お願い、と小さくつぶやくユーリにオズは苦笑した。


「はは。しょうがないな」

「ありがと……」


 もそもそと距離を縮めるユーリ。なんだかいい匂いがして、オズはどぎまぎした。


 ピシャーン!


 ふたたび鳴り響く轟音。ユーリがさらに身を近づけてきて、オズは慌てた。男相手になにを慌てているんだ、と自分自身に言い聞かせるオズ。


「きゅう~」


 オズが悶々としていると、ゴンが二人の間に潜り込んできた。ユーリはゴンを抱き寄せる。ゴンが来てくれたおかげで、オズはなんだかホッとした。

 やがて、安心したのかすうすうと寝息を立てはじめるユーリ。オズもそれを見ながら微睡まどろんでいく。


「おとうさん……がんばるから、見捨てないで……」


 意識が薄れるなか、そんなつぶやきが聞こえた。




 * * *




 学園には一年を通して大きなイベントが二つある。一つは〈闘技祭〉。ついこの間行われたため、記憶にも新しいだろう。残るもう一つは――〈迷宮祭〉。冬が明けてしばらくすると行われるイベントだ。これも闘技祭と同じく、生徒たちの将来を左右する重要な行事である。学生たちがそれぞれチームを組み、地下迷宮ラビリンスに潜っていく。時間内でどれだけ深い階層まで潜れたか、また、どれだけガイムを倒せたかを競うものだ。迷宮内の様子は〈クラフト=カメラ〉によって中継され、観客はそれを見ることができる。闘技祭と同じく、各国から引き抜きを目的として学園を訪れる人もいる。


「「「GUOOOOOO!!!」」」

「来たぞ! 真ん中の二体は俺がやる!」

「じゃ、オレは右だな!」

「左はボクがやる! リノちゃんは体力を温存しておいてね!」

「そんなの、言われなくてもわかってますっ!」


 そうリノに冷たく言われたルークは、しゅんと落ち込んだ様子でガイムへ向かう。闘技祭が終わってしばらく経っても、リノのルークに対する怒りは収まっていないようだった。

 場所は地下迷宮ラビリンスの〈エリア3:洞窟地帯〉。オズたちいつものメンバーは、迷宮祭に向けて訓練をしている最中だった。休暇中はこうしてよく地下迷宮ラビリンスに潜っている。得たガイストーンはポイントに変換できるので、お小遣い稼ぎにもなっていた。

 さて、そんなオズたちに立ちはだかる敵は、ゴーレム型のガイム〈オーベム〉。二足歩行なので、足への攻撃が有効だ。オズ、ルーク、アルスの三人は危なげなくオーベムを倒していく。


「あんまりわたしたちの出番がないね」

「そうだな。オズたちが倒しちゃうから、おれたちが出るまでもないんだよな……」

「私もはやく交代して前に出たいです!」


 後衛のセナとユーリを守るために、一人は近接系を後ろに下げている状態である。今はそれがリノだった。彼女が「交代したい」と言ったのはそういう理由からだ。オズたちはこのメンバーで迷宮祭に出る予定である。今は、チームでの戦い方を模索中でもあった。

 ガイムを倒しつつ、たまに休憩をはさみながら洞窟を進む。しばらくして、青く光る幾何学模様――次のエリアへの〈転移陣〉を発見した。


「今日は先に進んでみるか?」

「そうだね。みんな慣れてきたと思うし、わたしは賛成かな」


 セナに続き、ほかのメンバーも同意見だった。


「よし、じゃあ次の階層へ行こうか」

「きゅう~」


 ゴンのかけ声に、メンバーたちはくすりと笑う。オズたちは、転移陣へ足を踏み入れた。

 一年生の適正階層は〈エリア3〉である。しかし、それぞれ並外れた実力をもつ彼らが訓練をするには、この階層では役不足であった。






 結局、オズたちは〈エリア4:洞窟地帯〉を抜け、〈エリア5:森林地帯〉へと進んでいた。

 エリア4は前の階層から続く洞窟地帯だが、オーベムの群れが大きくなる。また、階層自体の面積が広いので、転移陣を見つけるのに時間がかかる。だが、オーベムの対処に慣れたオズたちは迷宮の探索に時間を使うことができたので、思いのほか早く転移陣を見つけることができたのだ。

 そういうわけで、オズたちは今、エリア5にいる。


「援護はまかせて! 《セイン・ラシルド! 光のたて!》」

「飛んでるガイムはおれが倒すからッ! 《ウルド・エルアーラ! 風波かざなみ!》」

「前に出ます! 今度はルークさんが下がってください!」

「了解だリノちゃん!」

「こいつはオレが相手するからよッ! オズおまえはリノの援護でもしてやがれ!」

「おっけ、任せた!」


 さすがにエリア5まで来ると、メンバー全員が忙しい。ガイムの強さも洞窟地帯とは段違いで、戦う時間もその分多くなる。だが、いまのところ危険らしい危険は訪れていなかった。はじめて迷宮に入ったときと比べると、みなレベルも上がり、ガイムの群れに対する慣れも出てきたからだ。


「おおっ、ナイスだリノちゃん!」

「このくらい、当たり前ですっ!」

「うるせぇぞルーク! 口を動かすヒマがあったら手を動かしやがれ!」

「言ったな! じゃあボクが前に出るから、今度はアルスが下がれ!」

「ちょっと、ルークさん静かにしてください! 気が散ります!」

「……ご、ごめんリノちゃん!」


 ガイムの群れを相手取りながら、そんな会話を交わすメンバーたち。少なくとも、そういった会話をするだけの余裕がオズたちにはまだあった。

 しかし、地下迷宮ラビリンスに異変が起こる。最初に反応したのは、オズ・ルーク・アルスの三人だった。


「――おい! あれを見ろ!」

「あれは……この階層のガイムじゃないな」

「うん、ボクもそう思う」


 三人が見つけたのは、犬型のガイム〈ハウンド〉。この階層にも出現するガイムだが、彼らが目に留めたハウンドはこの階層のものより一回り大きかった。そして、彼らはそのサイズのハウンドが、ここよりも下の階層で現れることを知っている。理由は単純。彼らがその階層まで行ったことがあるからだ。ただ一度、初回の演習で足を踏み入れた場所――〈エリア10〉で相手したハウンドと同じ型に違いなかった。


「ルーク! アルス! 俺たちであれを優先的に倒すぞ!」

「了解!」

「おう!」


 三人でかかればエリア10のガイムとは言え、すぐに倒すことができた。だが、それで一息つくことはできなかった。


「「「――GAOOOOON!!!」」」

「おいおい……何体いやがる」

「ワーオ、これはまずいね」

「しょうがない……みんな! 帰還・・するぞ!」


 大きなハウンドが何体もやってくるのを目にして、オズは声を張り上げた。初回の演習のときのように、がむしゃらに戦えばなんとかなるかもしれない。だが、それでは意味がない。チームの力を高めるために迷宮に潜っているのだ。それに、あれだけの群れは危険度も高い。訓練で仲間を危険にさらすわけにはいかなかった。

 オズたちは、それぞれ〈帰還石〉を取りだし地面に叩きつけていく。割れた帰還石から光が溢れだし……


「――みんな待って! おれの帰還石が――き、機能しないッ!!」


 ひとりだけ帰還石の光に包まれていないメンバーがいた。――ユーリだ。


「オズ! 行かないでっ!」

「――ユーリッ!」


 光が視界を埋め尽くそうとしている。オズはユーリへ手を伸ばした。

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