第六話 プロバスター認定試験:その一

「な、なんなのよアンタ! も、もしかしてストーカー? また・・なにか仕組んだんじゃないの? 同じグループなんておかしいわ!」

「――はぁっ!?」


 エリカは顔を真っ赤にしながら、わめいた。受験番号はランダムであり、同じグループになったのはまったくの偶然である。それよりも、その言いようから二日前の一件も故意のものだと思われていることに気づいて、オズは頭がくらくらした。


「そこの二人、静かに」


 係員が振り向き注意する。


「〈連盟憲章〉をお忘れですか? バスターたる者、人種や貴賤によって差別も優遇もしてはならない。……それは皇族でも同じことです。少なくともこの都市にいる間は、皇族だからと特別扱いは致しませんよ。よろしいですね?」

「……! は、はい」


 皇族であるエリカは、他人から注意や指摘を受けることが少ないのか、少し驚いた様子だった。それからオズと目が合い、フンッと顔を背ける。


「では、会場までお連れします」


 どうしてこんなことになってしまったのか、と自分の悪運を呪いながら、オズはあとをついていった。

 オズとエリカのほかには、少年が二人に少女が一人。彼らはブリュンヒルデ皇国の皇女を前にして畏縮してしまっていた。係員の態度より、こちらの方が正常な反応なのではないか、とオズは思ってしまう。美しさと可憐さをあわせもつ彼女は、たとえ皇族なのだと知らなくても、見る人すべてを圧倒するような気品を放っていたからだ。――その性格は、別として。

 彼らはそれと同時に、そんな皇女となにやら関係がありそうなこの少年はだれだろう、とでも言うように、興味深げな視線をオズへと向けていたのだった。

 いくらか通路を歩き、階段を上り下りして、しばらくすると大きな扉に行き着いた。ここが試験会場だろうか。扉の横には新たな係員が待っていた。桃色の髪の毛にウサミミの美女である。


「……って、あれ? ミオさん」

「ふふふ。私、ここで誘導の仕事をしてるんですよ」


 ミオはこっそりウインクした。そして扉を開けると、実技試験を終えた前のグループがぞろぞろと出てくる。それぞれ安心した顔を浮かべ、あるいは暗い表情でうつむく彼らは、オズたちがやってきた道を戻っていった。


「さ、どうぞ入ってください」


 扉に手をかけたミオがオズたちに声をかけた。オズはぐっと拳を握りしめ、会場内へと足を踏み入れた。扉が閉められる際、「オズ君、がんばって!」と声がかけられる。オズの後ろでは、エリカが難しい顔で「だ、だれよあの女……」とつぶやいていた。

 会場に入ったオズは、室内を見て学校の体育館を思い出した。バスケットコートくらいの広さの試験会場は、天井の晶灯ジェイドランプによって煌々と照らされている。壁際には教官と思われる人物が三人、テーブルに腰かけており、受験生の書類らしきものを手にオズたちの方へ顔を向けていた。

 そのうち一人の教官は椅子に座ってなお見上げるほどの巨体で、立ち上がったならば2メートル以上はありそうであった。しかし、それにも増して彼の迫力を強めていたのは顔である。それは、茶色い毛並みをもった凶悪な顔つきの狼であった。残念美少年が愛してやまない種族――獣人ライカンである。ギラリとした眼光が受験生を順に眺めていき、オズの顔で止まった。その瞬間ギンッと視線に鋭さが増し、オズは思わず身震いした。

 よく見ると狼顔の教官の陰、三人の隣にもう一人、教官と思われる人物が腕を組んで立っていた。Gスーツに腰から模擬剣を下げた背の小さな女であった。150センチほどだろうか。身長は低いものの、その顔立ちから大人であると思われた。小人レプリカントの血が入っているのかもしれない。おそらく、彼女が戦闘実技試験の相手なのだろう。


「さて、ではまず輝術オーラ実技試験から始めます。受験番号2236番から順に、前もって登録していただいた属性の輝術オーラを披露してください。残りの人はそちらの椅子に座っているように」


 戦闘実技から始めるのかと思ったが、最初は輝術オーラからのようだ。オズたちを案内してきた係員はそう言うと、壁際に離れていった。

 オズの受験番号は2239。このグループの中では四番目である。オズは入り口付近に用意された椅子に腰かけた。

 番号の一番若い少年が、目印のつけられた位置に立った。その垂直線上には、ガイストーン製の大きな壁があった。街の城壁と同程度の強度を誇るそれは、輝術オーラを当てるまとである。


「受験番号2236。申請した属性は水、風、土でよろしいか?」

「は、はい!」


 書類を見ながら、眼鏡をかけた中年の教官が問いかけると、少年は緊張した面持ちでうなずいた。受験生は事前に属性を二つまたは三つ申請することになっている。とはいえ、ほとんどの受験生は三つ申請し、二つだけの者など皆無であった。多い方が点数を稼げるのは当たり前である。


「では、輝術オーラを順に行使してください」

「はいっ! ――《スーラン・セイル! 水球!》」


 水の弾が飛んでいき、ドオンと壁にぶち当たった。少し中心からそれている。それを見た教官は、手元の紙になにやら書き込んでいく。オズはそれを冷や汗をかきながら見つめていた。

 一人目の少年は、ほかの属性の輝術オーラも無難に打ち込んでいった。二人目の少女も同じくまずまずといった感じで打ち終えたが、三人目の少年は緊張のあまり、風の輝術オーラまとから大きく外していた。それを見て、教官たちはなにやら余計にペンを動かしていた。「技術に難あり」などと書き込んでいるのだろうか。オズは少々狼狽していた。「やばい、みんな意外にうまいぞ」と。

 そして、オズの番がやってくる。オズはもはや前後不覚の足取りで、立ち位置へと向かった。


「受験番号2239。申請した属性は火、雷の二つ・・でよろしいか?」

「……はい」


 一瞬、会場内が静まり返った。この実技試験は基本輝術ベース・オーラの試験であり、オズが得意な闇属性は加味されないのだ。特殊輝術エクストラ・オーラである光・闇属性の試験も後ほど行われる予定だが、それには点数はつかず、あくまで参考程度である。これには理由があり、特殊輝術エクストラ・オーラ基本輝術ベース・オーラの下地があって初めて上達すると考えられているからである。

 さておき、オズはとにかく基本属性の輝術オーラが苦手である。訓練したが、結局火と雷しか扱えるようにならなかったのだ。分不相応にも場違いなところへと出てきてしまったような恥ずかしさに身を焦がしながらも、オズは腹をくくった。


「……よろしい。では、順に輝術オーラを行使してください」

「はい。――《サラド・イグナ! 火の弾!》」


 オズの手から、小さな火の玉が飛んでいく。シュルルルル……と力なく飛んでいったそれは、目標を大きく外し、会場の壁に当たって「ぽしゅっ」とたよりない音を立て消えた。会場内にいた人間のすべてが、一連を目で追っていた。


「「「…………」」」


 痛々しい沈黙がオズを襲う。恥ずかしいやら不甲斐ないやらでオズはやけくそな気持ちになって、次の輝術オーラ言霊スペルを叫んだ。


「《メガド・ライガ! 雷撃!》」


 ぱりぱりっとかわいらしい音を響かせたその輝術オーラは、壁に到達する前に地面に落ちた。


「「「…………」」」


 試験官たちの残念なものを見るような視線が突き刺さった。狼顔の教官は、目だけでオズを殺せるのではないかという凶悪な視線をオズにぶつける。

 オズは放心しながら席に戻った。やばい、落ちたかもしれない。席に戻ると、エリカが小馬鹿にしたような笑みを向けていて、オズは奥歯を噛みしめた。

 最後はエリカの番だった。自身満々といった雰囲気で所定の位置へと進んだ彼女は、風属性輝術オーラ、雷属性輝術オーラまとのど真ん中にぶち当てた。そして、最後の火属性は。


「《アル・グラド・エルドラゴニカ! 炎龍奮迅えんりゅうふんじん!!》」


 エリカが広げた両腕から、すさまじいマナの奔流とともに炎がうねった。人を軽く飲み込めそうな巨大な龍のあご。炎で創られたそれは、ゴオオォンと音を立て撃ち出されていく。炎の龍はガイストーン製の壁を容易に飲み込み、その強度をものともせず、粉々に粉砕した。


「おお、すばらしい……」

「――ふん」


 教官の一人から感嘆の声が上がった。狼顔の教官が鼻を鳴らす。

 エリカは振り返ると、ほかの受験生と同じくあんぐりと口を開けたオズへ、「ふふん」と尊大なドヤ顔を向けたのだった。

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