第一話 旅人たち
大小さまざまな岩山が、淡々と続く光景。太陽がギラギラと大地を照りつけ、風は砂を巻き上げる。
荒れた地帯にひとすじの道が延びていた。半透明な膜状物質に覆われた白い道――〈ライン〉である。
ラインの上を、ラグーンという爬虫類にも似た動物が客車を引いて走っていた。この世界では竜車と呼ばれるそれは、十以上の数をもって旅団をなし、目的地へと突き進んでいた。
そのうちのひとつ、大勢の乗客が乗り合わせる中、ドーラ王国のボスト・シティを発った旅人たちが竜車の揺れに身をまかせていた。
「世界ではじめて作られたガイム=クランクは、〈晶灯〉。作成者は、えーと……“ヘンゼル・ブロドイ”だっけ」
“試験対策ドリルNo.4”と書かれたノートを見ながら首をひねるのは、中性的な顔立ちの少年――オズ・リトヘンデだった。“ボストの英雄”として
「そうそう。晶灯もふくめて彼が作った“三つの革命品”はけっこう大事なポイントだよ!」
オズの隣でやわらかな笑みを浮かべる金髪碧眼の美少女は、セナ・ブレアという。オズと同じくバスター予備生の少女である。ミュウ族の証ともいえる細長い耳が、なめらかな金の長髪からのぞき、時折ぴくぴくと跳ねていた。
オズが必死に解いているこの試験対策ドリルNo.4は、この少女のお手製のものである。
「晶灯のほかは〈水生器〉と……あと、なんだっけな」
「〈輝硬壁〉ですよ。オズ君」
「あ、そうだった! ありがとうミオさん」
「ふふふ、どういたしまして」
セナの反対側、オズの隣に位置する美女へ、オズは笑いかけた。豊かなバストをもち大人の色気を漂わせるその美しい女は、ミオ・アプトンという。彼女の種族は兎系統の
「もう、ミオさん、答えを言っちゃダメじゃないですか!」
「あら、ごめんない。でも、あまり考えるのも疲れの元だと思いますよ? もう長いこと勉強してますし……オズ君、そろそろ休憩でもとりませんか?」
「そうですね。ちょっと休憩しようかな」
「ダメだよオズくん! せめてこのページが終わるまでがんばろう?」
「う、うん。たしかにキリがわるいよな」
「セナちゃん、あんまり厳しくするのもどうかと思います」
「これくらいなら大丈夫です! 試験直前のいまが、オズくんにとって勝負どころなんですから!」
端から見れば「両手に花」状態のオズであったが、彼自身は原因不明の肌寒さを感じていたのだった。美少女と美女、彼女ら二人の間にいると、なぜか室温が低下したかのような気分になる。二人が自分の勉強を手伝ってくれるのは、この上なくうれしいことではあるのだが……
セナとミオがなにやら会話を続ける中、オズはふと視線を移した。いつもどおりの様子の友の姿が目に入り、オズは思わず、くすりと笑った。
黒縁メガネをかけた美少年が、ごろりと横になって雑誌を眺めていた。金髪に細長い耳。セナの双子の弟、ルーク・ブレアである。ぐふふ、とだらしなく笑いながら、その口からはよだれが垂れていて、その所作が彼の整ったルックスをすべて台無しにしていた。『週刊
ふんふんと鼻息を荒くするルークから視線をずらすと、大きな背中が目に入る。その背の持ち主は、竜車の窓から顔を外へと出しながら、「うええぇ、気持ちわりぃ……」と弱音をうわ言のように繰り返していた。――アルス・アトラス。狼系統の
ドリルを一旦置き、オズはアルスに歩み寄って声をかける。
「お、おいアルス、大丈夫か?」
「うるせぇ……大丈夫だっつってるだろが…………うええぇぁ」
不良っぽいナリや言動でボスト支部の大人たちの手を焼かせていた問題児には、“乗り物酔い”という意外な弱点があったのだった。
乗り物酔いは
「やれやれ。見てられないなぁまったく」
雑誌を丁寧に閉じ、ルークはつぶやいた。アルスのそばまで近寄り、手をかかげると小さく
「《ラルナ・ムルーナ。酔いよ醒めろ》」
姉に劣るとはいえ、ルークも癒しの
「……わりぃ」
「いいってことさ」
「アルス、あんまり無理するなよ?」
「ああ」
むすっとした表情で、アルスは顔を竜車の中へと戻す。セナからの治癒は拒否する一方、ルークの治癒は気に入らないそぶりを見せつつも受け入れていた。二人の間には、男の友情とでもいうべき熱き空気が芽生えつつあった。それもそのはず。アルスもルークも、二人とも戦闘好きである(戦闘狂ともいう)。これまでの旅程で滞在した街では、白熱した模擬戦を繰り広げてきた。“男は喧嘩でわかり合う”とはよく言ったものだが、オズが思うに、まさにそのとおりであった。戦闘が特段好きというわけでもないオズは、一歩引いてそれを眺めていたのだが。
「だがよ、あの殺人サンドイッチに比べれば竜車酔いなんざたいしたことねぇよ」
「「……!!」」
酔いが落ち着いたアルスは、さっそくとばかりに吐き捨てた。さっきまで死にそうな顔をしてたのはどこのだれだよ、というツッコミが入りそうなセリフである。しかし、オズとルークはツッコミなど入れられずに固まってしまった。
「えっ、なに?」
ミオとガールズトークに興じていたセナ――そこには、先ほどまでの冷たい空気は感じられない――が顔を向ける。
「「「なんでもないです」」」
きょとんとしたセナに男三人はアハハと乾いた笑みを向ける。ミオも同じような顔をしているから、アルスの軽率なセリフは運よく聞こえなかったようだ。
オズたちは肩を寄せ合い声のボリュームを落として。
「ア、アルス、なに言ってるのさ! 姉さんの前でそれは禁句だって!」
「そ、そうだぞ! こういうのを“藪をつついたら蛇が出てくる”って言うんだ! あの凶悪な味をもう忘れたのかよ!」
「わりぃ……つい…………う、思い出したらやべぇ、また…………うおおおああぇああ」
軽はずみな発言にバチが当たったのか、アルスは腹を抱えて窓から顔を突き出す。モザイク処理を施すべき液体やら物体やらが、風とともに流されていった。
「……あん?」
顔を上げたアルスは、遠くの風景に目をやり、いぶかしげな声を出した。
「どうしたのさ?」
「おいお前らあれ見ろ。ガイムだ」
「……ガイム!?」
アルスの隣から窓をのぞき込み、オズは遠くへ視線を走らせた。岩山の向こう、アルスの言うとおり、ガイムの宝石のごとき輝きが目に入った。ムカデのような外観のガイムだった。オズは試験勉強で得た知識を脳内で探る。あのガイムの個体名は――〈ガントム〉。ガイムの中でも、とりわけ大きな体躯をもったタイプだ。
オズに続いてルークも同じように窓の外を見るが、しかし慌てた様子はない。
「こっちに気づいた様子はなさそうだね。放っておいて大丈夫だと思うけど」
たしかに。とオズはうなずいた。ラインにはガイムの意識を寄せつけない効果がある。気がついていないようなら、無理に刺激しない方がいいだろう。何せ、こちらには自分たちだけでなく一般人もいるのだから。
「いや、妙だと思わねぇか? なにかを追いかけてるように見えるぜ」
「ん……?」
目を凝らすと、たしかにガントムはなにかを追いかけるように一直線に突進していた。時折、鋭い刃をもった頭を地面に向かって振るっている。それはまるで、
「……!? まさか、だれか人が襲われてるんじゃないのか!?」
オズは思い出す。“ガイムは人間しか襲わない”という事実を。
「ありえるね。〈ゾーン〉外の無法地帯に人がいるってのも変な話だけど。……この様子だと、護衛のバスターたちは気がついてないみたいだね。……助けに行くかい?」
「当たり前だろ!」
「はん、じゃあ俺も行くか。腕が鳴るぜ」
「ボクも行くよ。ふふふ……」
どうやら戦闘狂二人のスイッチが入ったようだった(アルスは顔が青いが大丈夫だろうか?)。オズはGブレードを大型の旅行ケースから急いで取り出す。Gスーツを装着している時間はないが仕方ない。
「――オズくん!? いきなりどうしたの!?」
「だれかがガイムに襲われてる! 俺は助けに行くから、護衛のバスターにこのことを知らせてくれ!」
セナとミオにそう告げ、背を向ける。オズの言葉を聞いた乗客たちがにわかにざわつき始めた。
竜車の後ろのドアを開け放ち、オズは飛び出す。各々のGブレードを手に、ルークとアルスが後ろに続く。
「《バイキル・オーラ! 我に力を!》」
〈
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