EpisodeⅡ 煌きたちの交線

Prologue 狼は嗤った

 開け放たれた窓から初夏を思わせるやわらかな風が吹き込み、入り込んだ陽光が部屋を照らしている。

 紙とインクの匂いが充満する部屋に、コンコンと扉を叩く音が響き渡った。


「入れ」


 うなるような低い声の後、「失礼します」と一人の女が扉を開け、部屋に入ってきた。

 メガネをかけたその女は、黒のレディーススーツをぴしりと着こなし、さながらキャリアウーマンのように見える。


「ギュメイ学園長、今年の受験生のデータをお持ちしました。こちらです」

「ふん、ツァーリ教官か。ご苦労」


 ギュメイと呼ばれた男はぶっきらぼうに言い捨て、書類を受け取った。

 机に肘をつき書類をパラパラとめくるギュメイに、黒スーツの女――ツァーリはメガネをクイッと上げて。


「今年の志願者数は2876人。昨年と比べてマイナス11%です」

「ふん、年々受験者が減っておるな」

「はい。由々しき事態です」

「ふん。受験者が減っていることより、質が下がっていることの方が問題だと思うがな。……む」


 ギュメイは鼻を鳴らして答えたが、次の瞬間にはうなり声を上げた。書類をめくる手はぴたりと止まっている。


「いかがなされましたか?」

「……オズ・リトヘンデ」


 視線の先には、一人の少年の受験情報がまとめられていた。茶髪に紫色の瞳、中性的な顔つきをした少年の顔写真が貼りつけてある。その容姿は、今は亡きバスターたちをギュメイに否が応でも思い起こさせるものだった。

 ふつふつと湧き上がるいらだちを抑えつつ、ギュメイはその少年の情報に目を滑らせる。


「レベル15だと? ふん、こんな低レベルで災害指定級突然変異体ミュータントを倒したとはな」


 ボスト・シティを襲ったガイムの大群の件は当然耳に入っていた。しかし、その小さき功労者のレベルの情報を知るのは初めてであった。


「ええ。事実なら驚くべきことでしょう」

「……ふん、あれ・・の息子なら事実なのだろう。たとえ血がつながっていなくともな。まったく、いまいましい……」


 少々いらだちを含ませた物言いに、ツァーリは無表情で、しかしメガネを光らせた。


「やはり、気になりますか?」

「……ふん。ツァーリ教官、余計な詮索は無用だ。はやく仕事に戻れ」

「失礼いたしました。では」


 ツァーリはやはり無表情のまま、黒の長髪を翻す。そして、部屋から出て行った。

 それを見とどけたギュメイは、再び少年の書類に目を落とした。


「“リトヘンデ”。……ふん、面倒事の匂いしかせんわ。――だが、その時は儂が自らの手で折檻としつけを加えてやろう」


 部屋に入り込む陽光が傾き、男の顔を照らす。厳めしい狼の顔を獰猛にゆがめて、ギュメイは犬歯を光らせた。

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