クリスマス短篇SP:聖なる夜の次の日の

Hetero (へてろ)

しかし、私を御許に召して下さった神は、 永遠に私のものになる。

 カラオケ店の従業員休憩室は、その日は当然監視カメラを覗く出歯亀達だらけになり、部屋にオーダーを取りに行ったりするのは下っ端か、経験の浅いオレのような店員ばかりになる。

「おい。太一たいち、403、オッサンとオバさんの部屋、オーダー掛かってるぞ、

 カルーアミルクとモスコミュールだってさ。お前取ってこいよな。

 こっちは201が今ヤリ始めそうで忙しいんだからさ」

「おい、真一、始まったぞ!」

「マジかっ! 403任せたぞ太一!」

 ちっ。オレだって見たいっての。とも言わず、

「はい行ってきまーす」と言い放ってたばこ臭い休憩室を後にして調理場に向かい、

 オーダーを伝える。店内従業員と違って調理場の人たちはそれなりに慌ただしく仕事をしているので、クリスマスの夜なんだよなぁという思いは半減し、仕事モードにもなる。チラリとキッチンの壁掛け時計を見ると22時22分だった。ぞろ目か。

 しかし今日は半夜勤で勤務は夜10時から6時までだ。バイト代は年末ではずむし、頑張ってオレも来年は先輩バイトの真一さんのポストに就けるようにしねーとな。

「ほい、太一チャン、カルーアとモスコ」

 調理場担当の浅井さんはベテランで、ここでは最年長に近い。

 家族持ちだというのに嫌な顔一つせずにせっせと働いている。

 どうやったらその境地に至れるんだろうかな。

「浅井さんあざーっす」

「なんだぁ? 太一チャンも真チャンとか龍っチャンみたいに休憩室でAVでも見てたいってか?」

 一瞬目が泳いだことは確かだが、盆を受け取った手までは動じなかった。

「いやそんなこと――ちょっとしかねぇっスけど」

「カカカ、ちょっとか。ちょっとはあるんか。若ぇな。いいんじゃねぇの、ま、忙しく働いていられるのもクリスマスの特権だからなぁ」

 何やら微妙に意味深な言い回しだったような気もするが、気にも留めずに403に向かうことにする。

 従業員はベータ(エレベータ)を使うワケには行かないから、階段なんだけど、

調理場は地下一階だから面倒で、上の階が新人共に回される必然が一段一段上る階段に見て取れる。

「はぁ、ゼミの連中、飲み会行ってるグループもあるんだよなぁ。オレもバイト休んで飲み会行けば良かったかなぁ」

 スマホをチラリと見ればライングループでメリクリのコールが飛び交ってる。

 見ないフリを決め込み四階までダッシュした。


「……お待たせしました、ご注文のカルーアミルクとモスコミュールです」

 403のお客は30代と思しき、それでもカップル客だった。

 男の方が勢い込んで、

「St.聖夜 ペガサスのように~♪」

 と叫んでいるのを女がうっとり眼で見ている。

 セイントセイヤのチョイスはともかく、今日はそう聞こえるから止めろっての。

 とはおくびにも出さず、注文の品を女性客に渡す。

 歌いつつも男性客がこちらを向いて頭を下げてくれたので目礼をすると、女性客の方が小さく「ありがとうございます」と声を掛けてくれた。

 部屋を辞して扉を閉め回れ右して階段に向かう時、こういうちょっとした遣り取りがなきゃもうこのカラオケ店のバイトもとっくにやめてるわなぁ。などと誰も居ない従業員用階段でぼやく。


 クリスマスイヴの都内の一等地のカラオケ店は朝の5時になっても賑やかで、

 遅くなればなるほど真一先輩達が喜ぶようなことをやっている客達が増え、オレは目が回るほど忙しく、気がつけば終業の時刻になっていた。

「おい、太一、そろそろあがれよーお疲れさん」

 あんたあんまり今日働いてないだろ。

「はい、お先失礼しまーっす」

 はぁ……溜め息は隠せなかったかも知れないが、

 突っ込まれることも無く朝の新宿の街に出る。

 寒い。

 快晴ではあった。

 雀の代わりにカラス共が鳴いて、冬の朝の匂いの換わりに酒と吐瀉物とその他もろもろが混じった独特の〝年末くさい〟都会の臭いが漂っていた。

 新宿駅の山手線のホームに着いて携帯を見ると、昨日のグループのラインの遣り取りに混じって、個人宛にも何人かから、

「メリークリスマス! バイトお疲れさん!」

 これは一個上の山田先輩。

「こんな日に夜勤なんて頑張るよなぁ。こっちの飲み会は盛り上がってたぞ、お前も年明けの新年会には来いよな」

 と、院生の杉本先輩。

 そして……もう一通。

「お疲れ様です!」

 と、短く一言。

 おや? 酔った勢いからだったんだろうか、

 何時もは絡みもしないけど、ラインの交換だけはしていた、

 一個上、四年の冬樹ふゆきゆき先輩からもメッセージが入っていた。

 彼女はすらっと身長が高くて、いつも長い髪を後ろで一本に縛っていて、

 確かに後輩達の面倒見はよくて。お姉さんに近い感じの役どころではある。

 まぁ、何度か話したことはあったけど、それほど話し込んだことが無かったので、

 ちょっとした一言だったけど嬉しかった。


 高田馬場に着くと、ちょうどそのくらいでいつも眠気に見舞われる。

 駅のマックの窓際の席が空いてたので、まぁ数時間なら怒られないだろ、と朝マックをちょっとだけ頼んで食うだけ食って仮眠を取る。

 朝の日差しが少し当たって暖かく、良い気持ちでまどろんでいた。

 3時間くらい経って尿意で目が覚めて、アパートまで帰り着く。

 家賃は7万だから学生向けとは言え上等な方で、大学の冬休み中はなるべく夜勤のシフトを増やしていた。一昨日帰ってきてから手を付け始めた部屋の大掃除はあんまり捗ってはいないが、帰宅して玄関を空けて。あ、ゴミ出さなきゃ。と思い出して、

ゴミ集積所に3袋都指定のゴミ袋を出す。これで見た目はいくらか綺麗になったような、気がする。

「ただいま」

 ゴミ捨てから戻って改めて部屋に入って、誰もいない部屋にそう言い放って、

 机の上にバックパックを置いて、油くさい下着を洗濯機に突っ込んで自動運転のスイッチを入れる。のそのそ部屋着のジャージに着替える。

 時計は11時になろうとしていた。

 携帯に着信。

 誰からだろうと取り上げると、先程の冬樹先輩からだった。

「――はい、小野寺おのでら、です。おは、こんにちは、冬樹先輩?」

『――おはよう、小野寺君、昨日夜勤だったんだよね、寝てた?』

「いや、大丈夫っす。寝てないッス。ちょっと寝て今さっき帰ってきたトコす」

『そう、おかえりなさいだね、バイトご苦労様――』

 あれ? まぁ普段から姉御肌で後輩の面倒見は確かに良いんだけど、オレにこんな声掛けてくれたことってあったっけなぁ……と寝ぼけ半分の頭が空回転する。

「あ、ありがとうございます。なにか昨日の飲み会の連絡事項すか?」

『えっ!? ああ、うんとね新年会、1月7日の。そっちは参加できるか確認して置いてって杉本さんに頼まれてね――』

「ああ、それならシフトの都合付いてるんで大丈夫です」

『よかった。それと、あの、皆にもお願いしたんだけどね、私のバイト先のケーキ屋さんでケーキ、昨日のクリスマスケーキ余っちゃって……』

 なるほどそう言う話かと合点がいった。

「なるほど、1個で良ければ協力しますよ。そう言えば今年はまだケーキ食ってなかったですし」

『いいの? ありがとう。でもホールだよ? 多くないかな』

「大丈夫ですよ、御多分に漏れずオレも甘い物と女の子には飢えてますから」

『ふふ、そーか。ありがと、家、高田馬場の近くだっけ?』

「はい。今日は家に居ますけど」

『じゃあ駅まで届けに行くね。お店寄ってから行くから3時で良いかな』

「はい、もしかしたら寝てるかも知れないですけど、駅で電話掛けてくれれば起きますから」

『うん。無理はしないでね』

「駅前で」

『はい』

 という遣り取りをして電話を充電器に刺す。

 そういえば冬樹先輩はケーキ屋でバイトしてたんだなぁ。

 オレも勝手に姉御肌なんて評価にしちゃってはいるけど、女性としては普通に平均以上だろう。カレシ居るんだろうか。ケーキか。幾らだろ。値切らずちゃんとお金払って買おう。あ、こんなカッコじゃまずいな。流石に世間はクリスマスなんだし。

 イヴではないとは言え、渋々一張羅に着替え、とろとろとテレビを見て過ごす。

 ブラック珈琲を一杯飲んだら自然と目は冴えた。

 時間には未だ早いが2時頃ブブブと携帯が鳴ったので取り上げる。

『おっす、小野寺ー、お前昨日来れなかったのな、ざーんねーん』

「あ、早坂はやさか、おはよ」

 電話の相手は同じ明大商学部の同級生の早坂三咲みさきという女子だった。昨日の飲み会の仕切りをやっていたし、学部が同じでまぁまぁ仲が良いので電話してくることもある。

『おはよーおはよー、もう昼過ぎだけどね。先輩達昨日今度は小野寺も来られるかって心配してたよー意外とー』

「意外とねぇ」

 まぁ冬樹先輩から電話が掛かってきたのは意外だったけど。

 と、そこからだらだらと冬の間のゼミの集まりとか、新年会の話とかをして、話題がチラリと冬樹先輩の話になった時だった。

「そういえばさ、早坂冬樹先輩と仲良いじゃん、皆にも頼んだっていってたけど、お前も冬樹先輩んトコのケーキ買ったの?」

『んん? プライベートでは買ったよ~?』

「いやそうじゃなくて、昨日の余りのケーキがって電話来たんだけど」

 というと、しばらく間が開いてから、電話口の向こうでひゅっと息を吸い込んだような音が聞こえたような気がした。

『ああ、それ。それねー! うん! あたしも買ったーけどなるほどねー、そういうことかー! こりゃー新年会がタノシミー!!!』

 偉い上機嫌で浮かれた声になっている。

「な、なんでお前そんなテンション高いの」

『ああ? ええ。いや、このあとカレシとデートだから? 気にしないでネェ』

「あっそ。楽しんで来いよー」

『おうさ。お土産買ってきてあげるよー、んじゃマタネー』

「ああ、バイバイ」

 はぁ、カレシとデートですかい。

 まぁ早坂はそれなりに可愛いからまぁ解る。

 携帯のディスプレイをみると30分もだらだら喋っていたらしい。

 まぁ節操が無さそうなのも解るが。オレも付き合いを改めた方が良いのかなぁ。カレシさんに申し訳ないことの無いようにしねーとな。

 あ、いっけね! 洗濯洗ったのに干すの忘れてた!

 慌ただしく洗濯物を浴室乾燥機でもって干してスイッチを入れ、どたどたしているうちに、また電話が掛かってきた。

『――冬樹です。小野寺君寝てた? もうすぐ高田馬場に着くんだけど』

 リビングの時計をみると2時50分だった。

「いえ、起きてました。

 電話で早坂さんと話したりしてましたから」

 電車の音にかき消されて良く解らなかったけど、ちょっとだけ電話の向こうでビックリしたような動作の音がしたような気がした。

「先輩? 大丈夫ですか。オレダッシュで駅行きますねー。東口のマックの方で会いましょ」

『うん、解った』

 何かちょっと違和感があったような気もするが、早々に用意して部屋を出て、

 チャリで全速で高田馬場へ向かう。


 いつも駐めてる駐輪スペースに自転車を止め東口に向かい、

 人の流れの中から彼女を見つけ出して手を振る。

「あ、先輩ー」

 見ると、何時もはジーパンとかパンツ姿が多いのに、今日は冬樹先輩はスカートだった。綺麗な黒髪も降ろしている。赤い紅も挿してるし可愛いと言うより美人だ。

「小野寺君、待った?」

 すこし見惚みとれて返事が遅れる。

「いえいえ、今きたとこです。なんか先輩何時もと雰囲気違いますね~、どこかこの後出掛けるんですか?」

 と、褒めるでも無かったのだろう言葉しか出ない無粋な自分の語彙力のなさには情けなるが、当の彼女はそう言われたら目を伏せて少し躊躇ためらうような顔をしていた。

「そ、そういうわけでもないんだけどね。気分かな。はいこれ」

 差し出された綺麗な包装の棒状の箱が入った袋を受け取る。

 箱の感じからしてブッシュドノエル的な何からしい。

「ありがとうございます、わざわざ届けて貰っちゃって。あの、おいくらですか? そういうのって従業員買わされるんですよね、高そうですしちゃんと払いますから」

 冬樹先輩は元からちゃんとしてるからこういうことはしっかりとしないとダメな質だろうと思って、袋を受け取り言い切ってから財布を取り出したのだが。

「え、あの、悪いよ、売れ残りなのに」

 と、意外にもしおらしい声を上げた。自分も意外だったので、目を丸くしてしまったかも知れないが、こういうときこそ男なんだからしっかりしろと言い聞かせ、

「いえ、ちゃんと払います」

 と断言する。

「そう……。うん、売価は3800円です」

 少しにらみ合ってしまったが、先輩の方が根負けしてくれたようで助かった。

「じゃあ、4000円で。おつりはいらないです。ここまでの交通費です」

 千円札の細かいのがあって助かり丁度4000円を渡す。

 受け取った先輩は少し困った顔をしていた。

「あの、ありがとう。小野寺君こういうとこしっかりしてるのね」

「まぁ、その。女性に恥かかせるわけにはいきませんしね」

 逃げるは恥だがーではないが。

「ふふ」

 冬樹先輩が微笑んでくれて、近くでその笑顔が見られた事に心臓が跳ねた。

 そのまま別れてしまうのは惜しくて、なんか声を掛けろ! と頭の中が五月蠅く言うので、オレは自然と、

「あの、先輩、良かったらこのケーキ、一緒に食べませんか? あ、バイトしてるとこのケーキなんて食べ飽きてるかな。あ、そんなことよりウチに呼ぶなんて大それたかな」

 口から出しといてそのまま打ち消していた。だけど、

「ううん、私もまだ今年のは食べてないの、お金も貰っちゃったのに、図々しいけど。でも小野寺君いいの?」

 自制心の準備はいいの? って言うことかと真剣に脳味噌が警鐘を鳴らしたが。

「ウチわりと近いんで、その、小汚い部屋ですけど」

「――じゃあ、お邪魔しちゃおうかな」

 時間は、とか、この後の予定は、とか、オレなんてただの後輩なのに、とか、道すがら色々突っ込みを入れてしまったが、先輩は快く家まで来てくれて、

 突然に女性と二人のクリスマスケーキを楽しむ機会が舞い込んで、

 恐らく人生で一番のクリスマスになったのだった。


 後々早坂に聴いた話だったが、先輩はわざわざそのケーキをオレのために店で作って来てくれたらしかった。皆に頼んでなんてのは嘘で、オレと二人でクリスマスケーキを食べたかったらしい。

 これが二人の馴れ初めの話。


お わ り

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