第5話 チョウシ市 ちょーぴー
サンブ市での練習試合帰りのオレは、「みのりのさとトウガネ」という道の駅に寄っていた。いわゆる観光スポットで、トウガネ市のお土産を売ってたり地元素材を使ったレストランがあったりする。車で送迎をしてくれた母の「甘酒ジェラートが食べてみたい」という我侭につきあってやっているわけだ。どうせなら春に寄ってくれ。そしてオレに散々苺を狩らせてくれ。秋の施設内では苺じゃなくて「新米」押しのディスプレイだらけだ。もしくは、落花生。
中2のオレといえば、部活の秋季大会間近だが、まー落ち着かない。
夏休み中、トウガネ市非公認キャラクターやっさくんに呪われて、ゆるキャラに変身させられるという訳のわからない試練にあっている。しかも、左手首に4.1ミリの鉛筆の芯を埋められた。一体なんなんだ、って感じだ。
母は、オレ友の母との井戸端会議を始めていた。オレ友母は新米目当てに来てたらしい。
「まー、背がのびて~。大人っぽくなっちゃってー」という言葉から始まって、「来年はもう受験なんてほんと早い~」とか、まだまだ話しが終わる気配がない。
めんどくさくなったオレは母から車のキーをもらって、寝て待っていることにした。練習試合後なんだから、もう少しオレをいたわってくれ、母。
駐車場に出ると、キミドリ色の着ぐるみが施設のステージで何かやっているのが見えた。
「あいつ…トウガネ市『公認』キャラクター、とっちー…」
頭の中に、ものすごく暗い、やっさくんの声が響くが、無視して車に向かう。今回は、変身して助けるべき困った人が周りにいないし、多分、独り言だろう。
「…装着…」
いやいや、なんで?ってか、今日のやっさくん、恐いよ。
そして、秋晴れの空から、オレに向かって着ぐるみのパーツが降ってくる。
「このキャラはチョウシ市のキャラクター、ちょーぴー」
施設のでかいガラス窓に映るオレは、頭に灯台を乗せてお腹に「銚」と書かれたキミドリ色のゆるキャラに変身している。やっさくんが頭の中で言葉を続ける。
「キャベツ畑出身で、温厚だけど実は野心家で、腹黒い一面もある『ちょーぴー』は、チョウシ商工会議所青年部生まれ。…そして、」
急に、手足の感覚がなくなるのがわかる。やっさくんの怒りの感情が体に流れ込んでくる。
「『トウガネ商工会議所青年部』生まれの、オレの仲間だ!ちょちょちょ!」
待て待て待て。
やっさくん、今、オレの体、乗っ取った?
「さあー!とっちーの♪じゃんけん大会、はっじまっるよう~!」
司会の声めがけて、ちょーぴーは走りながら叫ぶ。
「ちょっと待つちょーーーーーーーーーーー!」
固まる司会、とっちー、観光課のジャンパーを着たスタッフらしき人達。ステージに集まっている子どもたちから「なんだあれぇー!」という歓声があがる。
「キミドリ色のキャラなら、ちょーぴーのほうが先輩だちょ!このステージは、『チョウシ電鉄プレゼンツ チョウシにUFOを呼ぼうイベント』の告知に使わせてもらうちょ!」
「えっとー、とっちーのおともだちが来てくれたようですよう~」
司会が必死にフォローするが
「ちょーぴーは、ともだちぢゃない、ちょ?」と、ものすごく暗い声で言ったあと、
「イヌボウサキ灯台ビーーーーーーーム!」
頭の灯台から空に向かって、キミドリ色のビームを放ちやがった!
子どもたちの歓声を前に、びしっとポーズをとるちょーぴー。
「次のビームは…お前のお腹のトウガネの市章に当てるっちょ」
とっちーを指さし、決めポーズ。
「とっちー、負けないでー!」
「あんなやつ、やっつけちゃってー!」
ノリがヒーローショーだ。子どもたちは正義の味方にとっちーを選んだらしい。
やっさくんに体を乗っ取られたオレは、トウガネ市公認キャラクターとっちーの眼が、一瞬、燃えるのを見た。
「みんなぁ、だいじょうぶだよぉ~」
同じキミドリ色をしたとっちーが、可愛くお尻をふりふりしながら言う。
「ほんとのちょーぴーは、ぼくのおともだちで、あんなこと言わないよぉ」
子どもたちから、えーーーーー、というわかりやすい歓声が上がる。
「あいつは、にせものだぁ!」
わああー!という子どもの声と、え?という関係者のどよめきが混じる。
「あいつは」
とっちーは魔法少女みたいな可愛い振りで、言い切った。
「やっさくんだぁ!」
また、とっちーの眼が怪しく燃える。
「ばれたか」
頭の中でやっさくんがつぶやくのと同時に、ちょーぴーの頭の灯台が真っ白な大きな光を放った。
「召還ー!」
オレの後ろに、複数の人間が降って来た。
「え?何?」
「私たち、キサラヅアウトレットモールで、ライブやってたはず…」
「ここ、トウガネ?みのりのさと?」
5人組のアイドルが不思議そうに、でも、観客がいるのを確認したとたんにライブでのいつもの立ち位置へ移動して、姿勢を正して、立つ。その後ろにはラジカセを持った、トウガネ商工会議所のジャンパーを着た青年がひとり。腰が抜けて、立てないようだ。そしてオレは、やっさくんの着ぐるみに変身していた。
「新人!音楽!」
やっさくんが命令すると、手をぶるぶるさせながら、新人くんがラジカセのスイッチを押す。
『♪トウガネプレゼンツ~♪ヤッサ~~~~コ~マーチー♪
トウガネ市のPRのために、いつも私たち、全力です!
がんばって歌います♪ヤッサコマチで、
『ふるさとってイイもんだ!』』
ラジカセから録音された前説が終わるのと同時に、伴奏が始まった。
何か不思議なことが起こっている。ただのラジカセなのに、施設全体に響き渡るように音がでかい。地元アイドルの声もマイク無しなのに響き渡る。いつのまにか背面にライトがきらめき、ライブ会場以上の仕上がりだ。ラジカセ近くで震える新人くんは「先輩、電話出てくださいよう…」とスマホを見つめながら半ベソをかいている。
彼女たちの歌声に合わせて、やっさくんは全力で、やっさおどりを踊る。
あっけにとられていた周りの人達から、次第に手拍子が始まる。地元のおじさんらしき人が、一緒に歌を口ずさむ。海外からの観光客らしき人が「オゥ、アワオドリ?」とスマホで撮影を始める。ふるさとって、イイもんだ。
曲が終わると同時に、野外フェスのようにオレたちの後ろでどぉーーーん、と花火が上がり、思った以上の煙がもうもうとした時、やっさくんが頭の中で叫んだ。
「撤収~!」
煙が消えるのと同時に、ヤッサコマチも、新人くんも、ラジカセも、やっさくんも消えていた。
そしてオレは、母の車の中にいた。一体、やっさくんは何をしたかったんだ?
ウチに向かう車で、うとうとするオレの頭の中で、やっさくんが話している。
「やっぱり、あいつは手強いな…それより、チカラを使いすぎちゃったな。ごめんな。呪いの数が増えちゃって。ぼく、迷惑、かけっぱなしだな」
うつろな目で左手首を確認すると、今度は3ミリくらいの赤鉛筆の芯が追加で埋まっていた。
いい加減にしろ。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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