第4話 サクラ市 カムロちゃん
オレの家には、結構漫画本がある。母が漫画好きだからだ。漫画だけじゃなくてクトゥルー神話ものからムーミンまで、趣味の傾向が全くわからない本も大量にある。
漫画の話に戻ろう。
中2男子のオレに母が与える漫画には、いつも理由がある。まあ、例えば「日本人の知らない日本語」「百姓貴族」とかは単純に知識をつけるため。洞察力は「名探偵コナン」、子どもらしさと本当は理不尽な社会は「ドラえもん」、純愛は「荒川アンダーザブリッジ」、喧嘩の不毛さと家族愛を「PLUTO」、とかで学んでくれればいいなぁ的な。完全な娯楽目的に「ネウロ」を読ませるあたり、何かしらズレている母ではある。PLUTOを呼んだあとにアトムを読んだけど感慨深かった。で、奥にしまってあった「ブラックジャック」を隠れて読んだりしてる。
毎回ながら、トウガネ市役所近くのローソンにいるオレだ。トウガネ市非公認キャラクターやっさくんに呪われて左手首に埋まった、鉛筆の芯約4.4ミリは健在だ。ただ埋まっているだけで、「ヒダリー」という名の寄生獣が生まれるわけでも、鬼の手になっちゃって生徒たちを守らなければならない情況とかには今のところなってはいない。
ただ、強制的に、ゆるキャラに変身させられるだけだ。っていうか、慣れ始めてる、オレ?まずくない?
母に頼まれた「紙パック系の飲み物で甘くないやつ、と、夜食に食べても太らなそうな何か」を買いに来たんだが、正直考えるのがめんどくさい。ちなみに、漫画の立ち読みは近くに大人コーナーがあるから、しない。
「あれ?…なんで、いるの?」
引きつり笑顔をした同級生女子のマツバラに、急に声をかけられる。
「いるの?言われても、オレんちから近いんだ、ココ」
「そうなんだ…トウガネ中のひと、結構ココ来るの?」
「来るよー!まわり、塾多いし」
「そっか…教えてくれてありがと。気が付かなかった」
「そか」
「じゃ、ね」
「んじゃ」
…一体なんなんだ。
普通の、日常の笑顔になったマツバラはローソンのバイト君の「ありがとーございましたぁー」の声を背に出て行った。
「体は中2でも中身は中2!名探偵、オレ!」
っうっせーーーーーーーーーー。頭の中で勝手に話すな。また、オレに鉛筆の芯を埋め込みやがったやっさくんのぬいぐるみストラップが左手の中に出現した。
「さぁ、推理しろ?」
何をだ。
「コピー機、膨らんでるだろ?」
誰かが何かを置き忘れたらしい。右手に取る。図書館の本らしい。で、タイトルは
『同性愛という肯定すべき現象の歴史的考察~男達のロマンスはいつも戦場から始まる(年表付)~』
確実にヤバいやつだ。母の影響で「パタリロ」を全巻読み切ったオレでも、怯む。
「あれれ~?この方向から出てきたのって~?」
ゆるキャラ設定が「少年」だからって、気持ち悪い話し方するのやめろよ、やっさくん。
わかってるよ。マツバラのだよ。
マツバラの鞄からはみ出てたコピー用紙にそれらしきのがあったし、ローソンのヘビーユーザーだったっぽいし。そして、ローソンではつい最近まで、おそ松さんキャンペーンやってた。
「というわけで、変声機もないしおっちゃんもいないので」
おい、また、ココで?
「装着~」
店外に走り出したオレの体に、パーツが空から落ちてくる。
「このゆるキャラの扱いにはホントに注意して欲しい。ゆるキャラ界のプリンセスって言ったって過言じゃない」
ローソンの窓に映るオレは、瞳キラキラの美少女キャラだ。
「彼女はサクラ市のカムロちゃん。おかっぱ頭にムラサキの着物が似合う妖かし少女だ。語尾は『ぢゃ』だよ」
お、やっさくん、今回は話し方教えてくれるのか。
「固定ファンもいるキャラだから、扱い方によっては、ぼく炎上しちゃうよ!」
そんな人気キャラ呼ぶなー!しかも…
「さあ!そのヤバい本を、マツバラさんに渡すんだ!」
わかってたよ。本、持ってるもんな、オレ。
ゆるキャラプリンセスのチカラは凄い。オレがマツバラを追う前に、彼女の方から気付いて走り寄ってくる。
「っかわいー!撮ってもいいですか?」
うんうん、と、オレはうなずく。
「正当派美少女ってやっぱりキャラの立ち方、すごいなぁ。資料用に全身撮りたいなぁっっ」
スマホ片手にオレの周りを彼女が回る。ヤバいから。目立つから。人来ちゃうからーーーー。
オレは、話しかけた。
「マツバラ、忘れ物ぢゃ」
名前、なんで言っちゃったんだ、オレ。本押し付けちゃったマツバラ、固まってる。
「二人だけの、秘密ぢゃぞ?」
プリンセスオーラのせいか、オレの体が勝手に可愛らしく傾く。
「あ、あの、どして…?」マツバラが聞く。
「わちは妖かしぢゃからのう、何でもわかるのぢゃ。
それに、困ってる女子はほっとけないのぢゃ」
ローソンからバイト君がスマホ持って出て来ちゃってる。そばで、何あれかわいー、の声がする。やっさくんの怒鳴る声が頭の中で聞こえる。
「あと1分で装着が消えちゃうっ!蘭にばれちまうじゃねぇかぁっ!」
いつまでお前コナン引きずるつもりだ。どうする、オレ。
息をめいっぱい吸って、オレは全力で叫んだ。
「あ!あんなところに、やっさくんがいるのぢゃ!」
大きな振りで、ちょうどそこに通りがかった「観光課」のジャンパーを着たおっさんを指さした。
おっさん、ごめん。
みんなが目を離した一瞬にいつものローソンの物陰に隠れて、オレはギリギリのタイミングで装着を解いた。そのうちココが「ゆるキャラの立ち寄るローソン」とか言われ始めちゃったらどうしよう。
「カムロちゃん、まじ天使だった。どうしよう、ぼく、ツーショット撮っときゃよかった。こいつの手首の鉛筆の芯なんてどーでもいいからラインの交換とかしとけばよかった」
頭の中でやっさくんがネチネチ言ってる。
オレは「紙パック系の飲み物で甘くないやつ、と、夜食に食べても太らなそうな何か」を買いに、ローソンへ戻ることにした。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます