第2話 ヨコシバヒカリ町 よこぴー

 2学期になってもまだ、トウガネ中学校の旧校舎の取り壊し工事は続いている。むき出しの鉄線やコンクリート片は思春期のボクらの生き様みたいだよね、って中2病を発症するクラスメイトがいない平和で地味な学校生活は心地いい。できたばかりの新校舎の匂いはキライじゃないし、むしろ、好きかもしれない。


 あの、恩を仇で返された事件のあった夏休みが終わって、3年生のいない部活動にもやっと慣れてきた。あいかわらず、左の手首には鉛筆の芯が埋まったままだ。今朝も「明日は絶対起こさない!」と激怒するくせにきっと明日も起こしてくれる母の罵声を浴びながら、朝練に向かう。


「ネギ、売ってねえじゃん、どうすんだよ!」

どうしてローソンの近くでトラブルに巻き込まれるんだろう。部活の先輩、3年生のオニゴロシさんと、ヘビヅカさんがローソンの脇で唸っている。

「お、2年じゃん。ちょっと、来い?」

視力が悪いせいで人と話す時に睨みがちになるオニゴロシさんと、夏休み中に勢いで剃っちゃった眉毛が生え始めたヘビヅカさんは、恐そうなわりにはほんとは恐くないのを知っていた。他の人にはどうかは、オレは知らないけど。

「お前、ネギ持ってない?」

先輩たちの話を要約しつつ聞くと、今日の調理実習で必要なネギを買い忘れたらしい。で、農家の人たちの朝は早いから、ローソンの前にある農協も開くのが早いだろうっていうことで来てみたら、もちろん開いてない。秋のローソンには、肉まんはあるけど、ネギはない。

「お前んちに、ネギ、ない?」

まだ値段の高いネギは、冬にならない限りウチで買うとは思えない。

「顧問に、『お前に部活で悩んでるから相談にのって欲しいって言われて、ローソンの前で話してるから、お前が朝練休む』って、ライン入れた」

そういえばヘビヅカさんは、顧問のお気に入りだったっけ。

「っていうか、そう言っといて、って今母ちゃんにライン入れた」

ネギ買ってきて、っていうライン入れてくださいよとは、言えるはずもない。「ウチにあるか、ちょっと見てきます」と、あるはずのないものを探しにオレは自宅に戻ることにした。


「やっと、ぼくの出番か」

 左手の中に、あの、恩を仇で返しやがったトウガネ市非公認ゆるキャラのやっさくんのぬいぐるみが出現した。

「やっと、鉛筆の芯を手首から抜くチャンスが来たよ」

 うるせえよ、知らねえし。オレ今忙しいんだよ。

 やっさくんをぶん投げてやろうとしたその時、空から、何かが降って来た。

「装着~」

 気が付くとオレは、ゆるキャラになっていた。


 話の流れでいくと、オレがやっさくんになっているのが定番のはずだが、やっさくんが興奮気味にオレに話しまくる。

「このゆるキャラは、ヨコシバヒカリ町のキャラクター『よこぴー』。九十九里の海からやってきた妖精で、体が特産品でできてて、胴体がトマト、つのらしきものがネギでできてる」

 開店前の商店の大きなガラス窓に、可愛らしいゆるキャラの姿が映っている。これがオレらしい。通学中のお姉ちゃんにめっちゃスマホで撮られてるし。出勤前のサラリーマンらしきおっちゃんが、すんごい顔でオレのこと見てる。心筋梗塞とか起こさせちゃったらどうすんだよ、これ。

「さあ、先輩のところに戻って、頭のネギを渡すんだ!」

まぁ、今それが最優先事項だよ。

 重い着ぐるみの体を引きずってローソンに向かうと、先輩2人は「まじ、なにあれ、うける~」とか言いながらオレを撮りまくっている。さあ、どうしようか。

 オレは頭と思われる位置に腕をのばして、手にあたったネギらしき部位を思いっきり引っこ抜いた。痛みはなかった。

「これ、あげるネギ~」

よこぴーってこんな話し方でいいのか?オレのせいでイメージダウンしたらごめんな、よこぴー。

「おまえって、いいヤツだなぁ」

オニゴロシさんに軽くどつかれる。どうやら頭のネギは、本物のネギだったらしい。


「あ、言い忘れたけど、任務が完了した1分後に、装着、解けるから」

 頭の中でやっさくんが軽く言う。それ、最初に教えてくれよ。

 必死に重すぎる体を引きずり、かまってくる先輩たちを振り払い、ローソンの影に隠れるのと同時にゆるキャラの着ぐるみは消えた。さっきのおっちゃんがまた、オレの顔をすんごい顔で見てたけど、もう知らん。


 ローソンに戻って、自宅にネギがなかったことを先輩達に詫びると、

「あ、あれ、大丈夫になった。それよか、お前、朝練まだ間に合うっしょ~」

「走れ~2年~」

 試合で負けそうなときの苦しそうな顔より、無防備に笑った顔の方がやっぱ先輩、かっこいいっす、なんて、急に懐かしくなって泣きそうになった。走って体育館に着いたって、先輩たちとはもう準備体操はできない。

 体育館に着いたら顧問の先生に「何も言うな。お前は来る事を選んでくれたんだな」って言われた。涙ぐんでた。一体、ヘビヅカ先輩の母ちゃんは、顧問に何を言ったんだろう。


「おめでとう。手首にある鉛筆の芯、0.3ミリ縮んだよ」

 1時限目に筆箱をあけるとやっさくんが入っていて、オレに言いやがった。

 ふざけんな。


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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