中2男子のオレは、今日もゆるキャラに変身する。

月見草

第1話 トウガネ市 やっさくん

 中学2年生の夏休みほど、気楽なものはない。

 高校受験については来年春から悩めばいいし、部活は確かに適当にキツいけど、秋季大会で上位を目指そうなんて入れ込む程オレは熱血人間ではないし。あとは、うるさい親の「宿題やれ」攻撃から逃げていれば、事は済む。

 ここは、関東の南国千葉県。しかもトウガネ市なんて、他愛ない、きっと日本中によくあるタイプの町だ。サイゼリアで地元大学生が合コンしてて、メガのつくドンキホーテで大型連休にはBBQの材料を買いあさって、夏祭りになると山車をひく大人が酔っぱらって田んぼに落ちるような、そんなところ。映画ひとつ見るのにも、ソガまで電車で行かなきゃいけない適度な田舎町だ。


 今年は、2年に1度開かれる「日吉神社連合祭典」っていう夏の大祭りのある年だったんだけど、冬に御鎮座1200年御遷座祭とかで町中のお囃子連が神社に集まって式典やっちゃったから今年は無しになった。お囃子連に入ってるオレとしては、山車に乗ってオラオラしながらバイパスやら車道を制圧できないのがちょっとだけ残念ではある。

 本来なら大祭が行われるべきその日、オレはヤツに出会った。というか、見つけた。

 ヤツは道ばたに転がっていた。そして、部活帰りのオレに言った。

「何、見てやがる」

確かに10時から13時までの練習はキツかった。多分、オレは凄まじく今、汗臭い。でも錯乱するほど疲れ果ててはいない。ヤツの口は動いていないのに、また、聞こえる。

「まぁ、とりあえず、ぼくを拾えよ?」

オレはヤツを知っていた。でも、ガン無視することにする。

 だって、全長10センチ程のゆるキャラのぬいぐるみストラップが、話すわけがない。しかもヤツは、市の「非公認」で、凄まじく負のオーラを放っているキャラクターだ。

「ぼくは、トウガネ市民全員の秘密を知ってるぞ?」

人を脅すゆるキャラ、しかも落とされてからしばらく経っているらしく薄汚れているヤツはまた、口を動かさずに、言う。

「お前、トウガネ幼稚園の年長組だったころ、セイナちゃんにプロポーズしてたよな?」

固まるオレに、ヤツは追い打ちをかける。

「で、セイナちゃんは、今、トウガネ中学校2年生。お前と最後に話したのは、トキガネ小学校で5年生の時。お前が運動会の移動中に落とした紅白帽子を拾ってもらった時の、『あ、ありがとぅっす』とかいう、わけのわかんない言葉」

突然近くの木にいるアブラゼミが絶叫し始めた。その騒音にかぶせるように、ヤツが言う。

「で、お前は今、なんで部活の帰りにローソンへ寄り道しようなんて思ったんだろう、って後悔してるだろう?」


 市役所前のローソンは夏休み中の子どもやら公務員みたいなおっさんやらでちょっと混んでいる。どうしても飲みたかったヨーグリーナを「あ、袋、いらないっす」と言いつつしっかりpontaカードを出して、買う。で、さっきの場所に戻ってみる。

「ま、この時期の水分補給は大事だからな」

 オレのことを待っていたらしい。

「こうクソ暑いと、お前みたいに歩いてる人間で、しかもぼくに気付くなんてのは、少ないからな。まあ、とりあえず、ぼくを拾えよ」

周りに人がいないのは確認済みだったが、わざとヨーグリーナのキャップをヤツの近くに落として、ヤツごと拾う。

「ちょっとは、気がきく人間らしいな」

拾ったはいいが、どうすりゃいいんだ、コレ。しょうがないので鞄に仕舞う。

「お前、ラノベやアニメの主人公みたいに、ぼくに話しかけてこないんだなぁ…」

 当たり前だ。

 前から思っていた。他の人に見えないのに自分にだけ見える幽霊やらぬいぐるみやら異世界の美少女やらと、どうして「主人公」って人種はあんなに喜怒哀楽丸出しで話すんだ、って。リアルなら、親・担任・学年主任・部活顧問同席で「お前、何かツライ事でもあるのか?」っていう弾劾裁判レベルの面談されるだろう、って。

「ぼくを、トウガネ商工会館へ連れて行ってくれ」

ヤツの声が聞こえるが、オレはそんな場所は知らん。だから、自宅へ向かって歩く。

「逆だよ!図書館の隣のビルだって」

仕方なく、オレは図書館へ向かう。3分も歩かずに着く距離だし、ヤツの言うことを聞いてやることにする。

 程なくしてトウガネ商工会館に着く。


「助かった。ありがとう。

で、ほんとごめん。お前を呪うことになっちまった」


 ヤツの声が聞こえた。ふっざけんな、と、鞄を急いで開けてヤツを探したが、いない。トウガネ商工会館の前には、「トウガネ市非公認キャラクター やっさくん」と書かれた、ヤツを紹介する等身大パネルがある。ほんと、何だよ、マジで。

 ふと、左手首の内側に小さな痛みを感じる。

 今までそこにはなかった、5ミリ程の鉛筆の芯が、皮膚の下に埋まっていた。


※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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