恋『人』
初めての彼女
「女の子の手料理といったら、肉じゃがでしょ、やっぱり!」
昼下がりの学生食堂に、能天気な男の声が響いた。すでに3限目が始まっていて、周囲に他の学生の姿はない。
「お前わかってねーな。肉じゃがなんて好きな男が世の中ごろごろいるかよ。まー、俺は嫌いだけどな。だいたい関西じゃ牛肉だし、関東は豚肉だ。つーか、この前付き合ってた彼女が作ってくれてさ。その子が自慢げに披露するんだよ。付け焼刃のネット知識と、付け焼刃の女子力をさ」
「えー。彼女の作ってくれた肉じゃが、憧れません?」
3人の男が食堂で一番奥のテーブルを陣取り、すでに食べ終えた定食のトレイやお椀をおもちゃにして遊びながら、だらだら無為な時間を過ごしていた。
「お前わかってねーな。みそ汁だよ。シンプルな料理ほど、その子の料理の腕が一発で見抜けるってもんさ。いざ結婚ってなって、みそ汁のうまいまずいでモメたくないからな、俺は」
軽薄そうな笑みを浮かべた茶髪の男が口を開いた。それに対し、能天気な声を上げた男は答える。
「そんなもんすっかね~」
「そういうモンだ。一口にみそ汁つったって、白みそ赤みそ、塩加減に、入れる具材。わかめか豆腐か。それだけでだいぶ違うだろ。なあ、明石はどう思う?」
「え、俺?」
明石と呼ばれた男は、携帯でメールを打つのをやめると、顔を上げた。
「そういうの、よくわからねーかも。日向みたいにモテるわけじゃないしさ。俺はカップラーメンでもいいから、俺の為に食事を用意してくれる女の子がいれば、それでいいや」
「そういや、お前。最近彼女できたんだって? どんな子? 紹介しろよ。てか、そのメール、彼女?」
茶髪の男、日向は明石の携帯を奪い取ろうと手を伸ばした。
「やだよ。ちょっと、やめろって」
「いいじゃんかよー。減るもんじゃねーだろ。お? おおお。めっちゃ可愛いじゃん。芸能人みてー。おい佐久間、見ろよ。こいつ、自分の彼女待ち受けにしてるぞ」
「マジすっか!? 明石先輩、爆発しろ!」
能天気な声を上げた男、佐久間もまた明石の携帯をのぞき込み、能天気な声を上げる。
「どこで会ったんだよ、こんな美人と! つうか、もうヤったの?」
「いきなり下半身に話題を持ってくなよ。結論言うと、まだだよ。だいたい、付き合い始めてまだ一週間だし。そりゃ、そのうち……したいとは、思うけどさ」
「年は? 見たとこ俺らよりちょい上?」
「23って言ってた。2コ上だな。バイトの先輩なんだよ」
「年上かよ~! いいじゃんいいじゃん!? いっぱい可愛がってもらえそうだよなあ。デートん時とか、お姉さんにお任せしちゃえるワケだ。俺、今まで年下としか付き合ったことないから、ちょっと羨ましいわ」
「自分、彼女すらいないっす。童貞っす。だから、明石先輩は死ねばいいと思います、割と本気で。ていうか、殺していいですか? いいですよね?」
「いいぜ佐久間、ぶっ殺せ。童貞パワーがリア充の幸せパワーを遥かに凌駕すること、教えてヤレ」
「は! 日向大佐殿!」
「おい、お前ら……」
周囲の熱気が、明石にはたまらなく嫌だった。
今も高校時代の後輩、佐久間が敬礼をしてふざけているが、悪ノリが過ぎる後輩と、手加減を知らない悪友に、明石はすぐさま戦略的撤退を選択する。
「あ、もうこんな時間か。バイト、行かなきゃ。4限目のパンキョー、ノート頼むわ。日向、佐久間、じゃあな!」
明石はカバンを引っつかんでイスから転げ落ちると、逃げるように学食から走り出した。
『うおおおおお! 童貞エクスプロージョン! リア充はいねえがあああ?!』
『バカ、もう逃げたよ』
明石は、背中で二人のバカなやり取りを受け流し、大学から駅に向う。そして、駅で電車に乗り、地元を目指した。
明石は大学三年生。21歳だ。来年の就活に準備するでもなく、ただただ流れるままに、大学三年という、人生において重要なターニングポーイントになるかもしれない時期を、気ままに過ごしていた。
やりたいことなんて、別にない。
だが、そんな明石にも一つだけ夢中になれるものがあった。
「玲菜さん……早く、会いたいな」
携帯の画面には、愛しい彼女。2つ年上で、自分を可愛がってくれる姉のようで、時に母のように優しい恋人の笑顔があった。
初めて出来た恋人。彼女。もちろん二次元ではなく、れっきとした『三次元』である。
明石にとって、彼女は宝物で、生涯のすべてを捧げてもいい。そう思えるくらいの存在。
大学を卒業したら、何か適当な仕事について、そして、彼女と籍を入れ、子供を作って、3人で小さいながらも幸せな家庭を築く。それが明石の夢、というか、妄想であった。
「子供はやっぱ、女の子がいいよなあ。玲菜さんに似て……『パパ、大好き。パパのお嫁さんになるの』、とか言っちゃって! へ、えへへへへ……」
思わず、気持ち悪い笑みを浮かべてしまった。
そんな明石を近くで見ていた女子高生は、露骨に気持ち悪いと顔で意思表示し、離れて行った。
「へ。この幸せ、他人にゃわからないんだろうな……」
明石は気を取り戻し、携帯でニュースサイトにアクセスしてみた。
「ん? 恋人ロボット? なんだそりゃ」
とあるニュースサイトで、面白い記事を見つけ明石は思わず読みふけった。
そのニュースサイトには、『ついに稼動試験開始。恋人ロボット。これで彼女・彼氏のいないあなたも、カップルに』と、大きな見出しがあった。
「俺には関係ない話だな。ロボットの恋人なんて……バカバカしいよ。玲菜さんがいれば、俺はそれで十分だし」
明石は携帯をしまうと電車を降り、駅を出た。
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