エイプリルフール2017―3話:嘘と少女


 "彼"の名前を知ったのはその日だった。店員の印であるネームプレートを見て初めて知った。

 

「なんであんたが……」

「アルバイトしてんだよ」

「……」

「……」

「―――あああああ!!!」

「お客様、店内で大声を出さないようにお願いします」

「CD見たよね?見たよね!?」

「"Die and Die"の"殺せよ殺せ!"」

「あああああっ!!!!!絶対に学校でDDのアルバムを買ってたなんていうんじゃないわよ!」

「お客様、店内では―――」

「いいわね?」

 

 鬼の形相で彼に迫る。


「……分かったよ」


 と彼はしぶしぶ了承した。



 帰り道、私は項垂れながら歩いていた。人通りは少ない。

 もしも彼が私の買っていたCDを言いふらせば、私のこれまで積み上げて来たすべてが消え去ってしまう。0から1を創りだすのはとてつもない苦労だ。


「はぁ」


 ため息を吐く。彼の顔が頭に浮かぶ。そう言えば、意外にも顔つきは良かった。イケメン……、とまではいかないが。でも、あの顔は私のタイプだったり……何を考えているんだ。嘘だ。あんなのがタイプな訳がない。

 もう一度ため息を吐く。そして顔を上げて拳を強く握りしめる。ともあれ、春休みに入るんだ。春休みを楽しもう。


「おーい!」


 誰かが誰かを呼んでいる声がする。


「おーい!待てよ!」

「……」


 心で思ったことが起こらないように祈りながら、私は振り返った。そして、振り返った先に立つ人物を認識してため息を吐いた。それと同時に心

の奥で何かが揺らいだ。


「なんか用事?」


 彼だ。


「なんか用って、釣りだよ」

「……」


 そういえば貰っていなかった。お釣りのために追いかけて来たのか。


「それぐらい、あんたにあげるよ」

「俺は貰えない」

「それじゃあ、お釣りは結構です。お店に寄付します」

「お前なぁ、金はもっと大切にしろ」


 そう言って彼は近づくと、私の右手を強引につかんで手の中に小銭をねじ込んだ。


「……」

「それじゃあ」

「……待って」


 分からない。分からないけど、私は彼を引き留めた。


「えーっと……あ、そうだ。ありがとう」


 礼を言うつもりではなかったけど、咄嗟に思いついたのはこれぐらいだった。

 彼はそれに答えた。


「―――またのご来店、お持ちしております」


 彼は最後に少しだけ笑みを浮かべてから元来た道を小走りに戻って行った。


 残された私の心の中で何かが揺らいだ。


 これは恋?


 一目惚れ?


 ああ、違うや。


 これは嘘だ。


 私の作り上げた嘘の感情。私にそんな感情なんて無かった。作り上げた嘘の感情しかない。


 だから私は男を作らなかったんだ。


 だから私は友達を作らない。


 だから……作れない?


 だから、


 だからこの気持ちは、


 


 この気持ちは―――嘘だ。




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