今宵サンタは街角で。

あいはらまひろ

第1話 おやすみ、サンタ



 ポテトサラダとゆでたブロッコリー、プチトマト。それからお約束のタコさんウィンナーをいれて、と。

 これでなんとかクリスマス風になったかな。


「よし、でーきたっ」

 今日のお弁当は、題して『クリスマスに喜ぶタコさん』。一応ブロッコリーとトマトがクリスマスツリーで、ポテトサラダが雪のつもりだ。


 お弁当のウィンナーといえば絶対タコさんで、リンゴといえばウサギさんだと思うのだが、ちょっとワンパターンだろうか。


 さすがにお弁当の主力選手がタコさんウィンナーというのは、ちょっと手抜きかな、とは思っている。でも、娘は飽きずに喜んでくれているし、幼稚園ではタコさんウィンナーブームが起きているというから、まあいいだろう。


 しかし慣れたとはいえ、毎朝早起きしてお弁当を作るのは本当につらい。今頃になってなんだけど、親のありがたみがよくわかる。


 小学校に入るまで。

 そう思えばこそ、なんとか頑張ってこられた。

 来年からは給食になることだし、高校生になったら自分でやってもらおう。


 ……それにしても。

 ボサボサ頭に無精ひげの四十近いおっさんが、パジャマ姿で背中丸めてお弁当を作っている姿なんて、他人に見せられたものじゃないよな。

 自分でも、あまり見たくない。


 もっとも、作家・熊田哲夫の日常なんて誰も興味はないだろう。

 子どもたちが知りたいのは、物語の続きなのだ。


 テレビではお天気お姉さんが、今晩は雪になるでしょうと笑顔をふりまいている。

 予報によれば、今は顔を覗かせている太陽も昼前には隠れてしまい、午後からは雨、そして夜には雪ということらしい。


 俺は弁当箱と水筒、それから折りたたみの傘をかばんにいれる。

 これで準備オッケー。

 そこでようやく、いつもは朝から元気な娘が、今朝はやけに静かなことに気づいた。





 今日は十二月二十四日、クリスマスイブ。

 もちろん幼稚園はとっくに終わっていて、今日は地元の児童館のクリスマス会に参加する予定になっている。美貴は友達と一緒に何か出し物に参加するらしく、ここのところ毎日のように通っていた。


 いったいどうしたんだろう。

 もしかして本番を前に、緊張でもしているのかな。


「美貴? 朝飯、ちゃんと食ってるかー?」

 返事はない。

 美貴はおむすびを片手に持ったまま、じっと何もない壁のあたりを見ている。


「ほおら、美貴。早く食べないと間に合わなくなるぞー」

 熱でもあるのか、それとも妖精さんでも見えているのか……。とりあえず、おでこに手をあててみるが、熱はなさそうだ。


「ねーえ、パパ」

「ん?」

 妙に真剣な声、じっと俺を見る視線。


 ドキリ。

 嫌な予感がする。

 いったい、なにを言い出すつもりだろう。


「あのね。今日はクリスマスでしょ?」

 とりあえず、うなずいた。

 正確にはイブだけど。

 あ、もしかして……だけど、今からサンタさんへのお願いを変更されても困るぞ。もうプレゼントは買ってあるんだから。


「あのね」

 美貴は大きな瞳をぐっと開く。

 そして、今年最大の難問を口にした。


「サンタさんって……本当にいるの?」

「……」

「ねえってばー」

「……むぅ」


 子どもは、いつだって唐突だ。

 とんでもない状況で、狙ったかのようなタイミングで、思いがけない質問を投げかけてくる。


 ほとんどはその場で答えられるけど、時々「どうして空は青いの?」なんて言い出して、俺を一晩中ネットの海でさまよわせたりもする。

 わかったところで、『レイリー散乱』なんて幼稚園児に説明できません。


 忙しい、知らない、そのうちわかる。

 そう適当にあしらいたくもなるが、それに答えてやるのも親の役目なんだろう。

 なにしろ美貴は、他の誰でもなくこの俺に問いかけているのだから。


 しかし、これはかなりの難問だぞ。

 いると言うのは簡単だけど、美貴の真剣な表情を見ると、本当にそれでいいのかと思ってしまう。


 だが、いないと言えば、今までウソをついていたことをどう説明すればいいのかわからない。それにサンタさんが本当はパパだったと知って、ショックをうけやしないかと心配でもある。


 俺が幼稚園の頃なんて、サンタはもちろん、戦隊もののヒーローだって、どこかで地球を守っているもんだと信じていたんだけどな。


 女の子は成長が早いって言うが、早熟なのも困る。

 あー、もしかして、嫁に行くときもこんな感じで突然だったりするのか?


「で、美貴はどう思うんだ?」

「わかんない。けどね、みんなはね、いないって言うんだよー」


 困ったときは、質問に質問で返す。そんな大人の狡猾こうかつさも、時には必要だ。それが重要なことであればあるほど。即答できないからといって、それが適当に答えていい理由にはならない。


 タイミングよく、テレビが九時の時報を告げた。

 お、ラッキー。


「よし、続きは帰ってからな。おでかけの時間に間に合わなくなるぞ。早く食べちゃいなさい」

「はーい」


 素直な返事が重くのしかかる。

 それは、俺がちゃんと答えを出してくれるという信頼の証なのだ。そして、その信頼だけは絶対に裏切るわけにはいかない。

 いつか大切な人を見つけてくるまでは、俺がこの世界でたった一人の絶対的な味方なのだから。


 こんなことを言うと、親バカだと笑う人もいるかもしれない。だけど、この世界は……というかこの現実ってヤツは無慈悲で冷酷だ。世の中にはいい人もいるけど、悪い人だっている。


 だから、財産はたいして残してやれない代わりに、現実に負けない、強くて豊かな心は持たせてやりたい、そう思うのだ。





 俺は作品のアイディアに困ると、散歩をすることにしている。歩くと脳に新鮮な血が送られて、思考がよく働くということらしい。

 経験的には、トイレや風呂でもいいアイディアは浮かぶが……散歩とちがって長時間というわけにはいかないところが欠点だ。


 美貴を児童館へ送り届けると、あとは常駐のスタッフに任せて外へ出た。

 一緒にいてもいいのだが、秘密主義の娘に追い出されてしまったのだ。たぶん、出し物の練習を俺に見られたくないのだろう。


 普段なら、この間に家へ戻って掃除や洗濯を済ませるところだが、今日ばかりはそれをする気になれない。

 なにしろ、あと数時間であの難問の答えをださなくてはいけないのだ。


 アイディアを求めて、クリスマスムード一色に染まった商店街を歩く。

 これがあさってには、何事もなかったかのように年末大売出しへと模様替えするのだから、商魂しょうこんたくましい。

 だがその貪欲さは、大いに見習いたいところだ。


「おお、寒みぃー」

 結局、なにもアイディアが浮かばないまま、お昼になってしまった。

 アーケードのはじっこでくるりとUターン。

 予報よりも早く、みぞれ混じりの冷たい雨が降りだしていた。


 家でゆっくり考えよう。

 せっかくのクリスマスに、風邪でもひいたらつまらない。


 商店街から横道へそれて、家路を急ぐ。

 予報どおり、夜には雪になりそうな寒さだ。

 もし積もったら、明日は美貴と雪だるまでも作ろう。


「……ん?」

 近道をしようと公園を横切る。

 すると、視界のはじにカラフルな色がとびこんできた。

 なんとなく興味をひかれて近づいてみる。するとベンチのそばに、小さな紙袋が落ちていた。


 サンタとトナカイの絵が描かれた赤い紙袋。

 おそらくプレゼントなのだろう、金色の大きなリボンもついている。


 拾ってみる。

 思ったよりも軽く、中には柔らかい布のようなものが入っているようだ。


 ベンチの下にあったせいで、幸いにもそれほど濡れていなかった。しかし、あたりを見回してみても誰の姿もない。

 さて、どうしたものか。


 誰かが、誰かのために選んで買ったプレゼント。

 雨も降っていることだし、そのままにして帰るのはしのびない。

 とはいっても、持って帰るわけにもいかない。


 仕方がない、交番に届けることにしよう。

 俺はそれを持って、商店街へ戻ることにした。





「あの、すいません。それ……」

 公園を出ようとした俺に、中学生くらい少年が駆け寄ってきた。


「それ、僕のなんです。さっき落としたみたいで……」

「おお、キミのだったのか。そりゃ、よかった」

 紙袋を渡すと、幼さの残る顔にほっと安堵の色が広がった。


「あの、ありがとうござ……はあっくしょん!」

 少年は言いかけて、派手なくしゃみを一発。

「おいおい、傘はどうした? 風邪ひくぞ」

 少年は傘も持たずに、全身ぬれねずみ。俺は見かねて傘を傾けてやった。


「あ、はい。たぶん、だいじょう……くしゅっ!」

 少年は言いかけて、またくしゃみをする。

 その顔に赤みはなく、唇は小刻みに震えていた。


「ちっとも大丈夫じゃねえなぁ。ちょっと熱いもんでも飲んだほうがいい」

 近くの自販機で熱い缶コーヒーをふたつ買い、そのひとつを少年の手に押し込んだ。


「ありが……はっ、はっくしょん!」

「いいから飲む」

 少年は小さくうなずくと、背中を丸めて缶コーヒーをすすった。


「あ、もしかして……」

 しばらくその様子を見ていると、ふと思い当たることがあった。

「……はい?」

「毎朝、俺ん家の前をダッシュで走っていくの君だろ?」

「……あ」


 どうやら正解だったらしい。

 少年は照れくさそうに笑った。


 毎朝、美貴を幼稚園へ連れてくときに、いつも制服姿の少年が家の前を走っていく。その姿を見て、俺はかつての自分を思い出し、心の中で遅刻すんなよーと応援していたのだが……偶然にも彼がその少年だったというわけだ。


「俺も帰り道だ、家まで送るよ」

「あ、えと、はい。……すいません」


 少し落ち着いたのか、顔には少し赤みが戻っている。

 まあ若いし、大丈夫だろう。

 俺は少年をうながして、公園を出た。


「もしかして、それ、彼女へのプレゼント?」

 その道すがら、俺は沈黙に耐えられず、ついそんなことを言ってしまった。


「……あ、えっと」

 図星だったのか、少年は予想以上にうろたえる。

「あー、ごめんごめん。今のなし。気にしないでくれ」

 やれやれ、つまらない質問をしてしまった。


「別に、彼女とかじゃありません」

「そっか」

「友達ってほどじゃないですけど、仲はいいです。でも、どうしてプレゼントなんてしようと思ったのか、自分でもよくわからないっていうか」

 いきなり語り始めた少年に、俺は少し戸惑いながらも耳を傾ける。


「人にプレゼントするとか思ったの初めてなんで……よく、わかんないんですけど。相手も、いきなりプレゼントされて困るかなーとか。やっぱ、困りますよね?」

 その初々ういういしさに思わず笑みがこぼれる。


 気になる女の子にプレゼントを贈ろうなんて、なかなか勇気のある少年じゃないか。いいね、こういう少年は応援したくなる。


「あ、すいません。そんなこと聞かれたってわかりませんよね……」

「事情はわからんが、そう思ったんなら、そうした方がいいだろうなぁ。やらなかった後悔ってのは、あとあとまでひきずったりするから」

「やらなかった後悔」


「せっかく買ったんだしさ」

「そうですよね」

 少年は軽く笑って、大きくうなずいた。





「なるほどー。それは難問ですねー」

「頼むから、棒読みで返事をしないでくれ。笑い事じゃないんだ。なぁ、いい知恵ないかな」

 懇願する俺に、電話の向こうからは「ないですねー」と笑いをこらえた声。

 こんなことで電話する俺もどうかと思うが、それにしても相変わらずな反応だ。


「熊田先生は、児童文学の作家でいらっしゃるわけです」

「そうだよ」

「でしたら、私の出る幕じゃありません」


「そんなこと言うなって。この間の原稿だって、ちゃんと締め切りに間に合わせたじゃないか」

「ええ。間に合いました」

「なぁ、頼むよ。野沢ちゃん、俺と君の仲だろう?」

「作家と編集者の仲ですよ。誤解されるようなこと言わないでください」


 野沢のざわ和泉いずみは、今年になって俺の担当になった編集者。

 彼女はまだ入社三年目だというが、なかなか行動力もあって頭も切れる才媛さいえんだ。


 性格は少々ドライで現実的なところもあるが、仕事に直接関係ない電話でも切らずにつきあってくれるし、その遠慮のない物言いも個人的には気に入っている。

 まあ、ようするに話が早いのだ。


「そういう本がありますよね。サンタは本当にいるんですか?っていう子どもからの投書に、アメリカの新聞社が社説で答えたっていう……」

「ああ、あれな。だが、本から丸パクリっていうのもどうなんだろう」


「この電話だって、似たようなものじゃないですか」

「野沢ちゃーん。なんか今日は一段と冷たいじゃない」

「そういえば、今日は一段と冷えるようですよ。夜には雪になるらしいですし」


 たしかに朝、お天気お姉さんもそう言ってた。

 いや、そうじゃなくて。


「私がサンタの正体に気づいたのは、たしか小学校の一年生くらいでしたけど。別にショックでもなんでもなかったですよ。それに気づいたからって、プレゼントがもらえなくなるわけじゃありませんから」

「野沢ちゃんは、子どもの頃からドライだったんだねえ」


「余計なお世話です。でも、意外と子どもってそういうところありません? 親がプレゼント買ってくれるんですから、子どもにとってはそれだけで嬉しいはずですよ」

「まあ、そりゃそうかもしれないけどさ」


「ただ、そう言っておいてなんですけど、先生にとって答えはひとつしかないと思います」

 野沢ちゃんは、そこで急に声のトーンを少し変える。


「え? なんで?」

「妖精なんていないと言うたびに、どこかで妖精が一人死ぬんです」

「ああ、たしかピーターパンだったね」


「ええ。夢を一つ失えば、未来が一つなくなる。私はそういう意味だと思ってます」

「そうか……そうだよな。これって、サンタさんがいるかいないかっていう話じゃあなくて……」

「ええ」


「その答えに、俺がどんな思いをこめたいか……って、これは作り手の俺が、率先して言うべき言葉だよなぁ」

 思わず苦笑がもれる。

 どうやら、すっかり舞いあがっていたらしい。


「もちろん、赤い服を着てトナカイのソリに乗って、煙突からはいってくるサンタさんだって、探せばどこかにいるかもしれませんけど……」

「そうだな。そういうことじゃ、ないんだよな」


 なんだ、野沢ちゃんも案外ロマンチストじゃないか。……という言葉はのみこんで、丁寧に礼を言って電話を切った。





 子どもの信じる夢。

 それは、大人の妄想とは違う。

 それは、生まれたばかりの心の世界だ。


 そのことに気づかずに、あるいはわざと知っていて、子どもの夢を踏み潰そうとする大人。

 まず最初に、失望から教わる子ども。

 そうしておいて、大人は子どもに「希望を持て」なんて言う。


 現実を知るのはいい。

 だけど、やっと歩きはじめた子どもにいばらの道を歩かせて、傷だらけにさせたいとは思わない。


 はじめは誰かに守られながら、次第に自分で身を守る術を覚えながら……そして、少しずつ傷つきながら。

 そうやって、少しずつ知っていってほしい。


 だけど、いつの頃からだろう。現実をめた目で語ることがいいことだとでもいうような、そんな世の中になってしまった。


 新聞やテレビも、不安を数えてはなげくばかりで、希望を語ろうとしない。


 試しにやってみればいい。

 現実を醒めた目で語るのなんて、簡単だ。

 ただ、目に見えるものを語って、そんなものだとあきらめてみせればいいのだから。でも、それにいったいどれだけの価値がある?


 ピーターパンは、ウェンディにこう言った。


『――まあね、いまのコドモは物知りだろう。すぐに妖精がいるなんて信じなくなっちゃうんだ。コドモが“妖精なんて信じないや”なんていうたびに、どこかの妖精が地面に落ちて死んじゃうんだ。』


 野沢ちゃんは、それを「夢を一つ失えば、未来が一つなくなる」という意味で受け止めた。それができたのは、彼女が豊かな心の世界を持っているからだろう。


 誰もが、現実の世界を生きると同時に、その人の心の世界をも生きている。

 心の世界が豊かでなければ、ピーターパンの言葉は響かない。ファンタジーから、何の意味も拾えない。「妖精だって? バカバカしい」なんて鼻で笑って、あとはひとり、冷たい世界で立ち尽くすことになる。


 現実を見失えば、心の世界に閉じ込められるように。

 心の世界を見失えば、現実に閉じ込められてしまう。

 大切なのは「どちらか」ではない、「どちらも」だ。


 追い詰められた人を、一言のユーモアが救うように。

 その手に配られた、トランプのジョーカーのように。

 心の世界の豊かさは、現実を生きるための追い風になってくれる。


 それなのに、俺たち大人は現実を見て嘆いてばかり。

 希望を語らない大人に子どもたちが失望したとしても、無理はないだろう。





 クリスマス会は無事に終わり、出し物の合唱もちゃんとビデオに収めた。

 美貴はもらったお菓子の袋に、空に舞う雪にと大はしゃぎ。明日の朝は早起きして、一緒に雪だるまを作る約束をした。

 家に帰ると、テレビでは早くも鉄道ダイヤの乱れを報じるニュースが流れていた。


「ねーえ、パパ」

 ケーキを一口ぱくりと食べると、美貴は待ちかねたように切り出してきた。

「食べてるときはしゃべらない」

「ふぁーい。……それでね、サンタさんは本当にいるの?」


「サンタさんはいるよ」

「ほんと? ほんとにほんと?」

「ああ、本当だ」

 はっきりと、自信を持ってうなずく。


「よかったぁ」

 それで納得したらしく、美貴は嬉しそうに残りのケーキにとりかかる。

 あまりにも簡単に納得されてしまって、俺は拍子抜けしてしまった。


 美貴、サンタさんは本当にいるんだよ。

 しかも世界中に、いっぱいだ。

 それに、なりたければ誰でもなれる。

 例えばさっきの少年みたいに。


 大事な人に贈り物をする人は、みんな誰かのサンタさんなんだ。

 美貴がもう少し大人になって、サンタさんの正体に気づいたら、そんな風に話してやろう。


「パパ! これ、私からのクリスマスプレゼント!」

 ケーキを食べ終わると、美貴はえへへと笑いながら、カバンから丸めた画用紙を取り出した。児童館で用意したのだろう、ちゃんと赤いリボンでわいてある。

 なるほど、俺を追い出したのはこれを描くためだったのか。


「パパにか? ありがとな!」

 画用紙にクレヨンで描かれていたのは雪だるま……じゃなくて俺だな、これは。


 無精ひげとか太ったおなかとか、そんなところばかりしっかり書いてあって、なんだか笑える。だけどが、美貴には俺の姿がそう見えている、ということなんだよな。

 もうちょっと、身なりを考えたほうがよさそうだ。


「じゃあ、これはパパからのプレゼントだ」

 もちろんサンタさんからのプレゼントとは別だ。

「やったー!」


 包みを乱暴に破り、中身をぶちまける。

 あたりに散らばったのは、髪をまとめる色とりどりのゴムがたくさんと、髪留めのリボンがいくつか。


「うわぁーかわいー。いっぱいある!」

 どれも高価なものではないけれど、これからの美貴には必要なもの。

 美貴が欲しいものは、サンタさんがプレゼントしてくれるから。これは、パパが贈りたいと思うプレゼント。


 愛とか夢とか希望とか。

 大人が使い方を忘れてしまった言葉たち。

 俺はそれをもう一度、子どもたちのために語りたい。


 誰かに説教されるより、たった一つの物語の方が心に響くことがある。

 誰かに同情されるより、登場人物の涙の方が心を癒してくれることもある。

 人類が、ずっと昔から物語を語り続けてきたのも、きっとその力を知っていたからなんだろう。


 俺は作家として、そして父として。

 娘に、子どもたちに、どんな物語を語っていくことができるだろう。


 深夜。

 窓の外で、雪はふわふわと音もなく舞っている。


 きっと今頃、世界中のサンタたちが、愛する誰かの寝顔を見つめていることだろう。俺もそんなサンタの一人として、ぐっすり眠る美貴の枕元にそっとプレゼントを置く。


 そして、娘の寝顔に祈った。

 いつかサンタさんの正体に気づいても、夢を語れる子に育ってくれますように。

 サンタさんはいるという言葉の意味を、ちゃんと受け止めてくれる子になりますように。


 細い髪、ほよほよの頬。

 寝顔を見るたび、無限の勇気が湧いてくるのはなぜだろう。自分のことなら適当で済ます俺も、美貴のためなら、いつも全力以上のパワーが出る。

 俺は、いつも美貴から目に見えないパワーをたくさんもらっているのだ。


 ああ、サンタはここにもいた。

 探さなくたって、俺のそばにいつもいた。

 まるで、青い鳥のように。


 ありがとな。

 幼いその寝顔に、そっとささやく。


 ――おやすみ、サンタさん。


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