ある夫婦の他愛ない日常*短編集*

櫻井 音衣

727

「今日、何日?」


「27日。」



7月27日。


あなたはいつも通り、鏡の前でネクタイをしめている。


いつもと変わらない朝。


いつもと変わらないあなた。



今日、何の日か覚えてないの?


それとも知らんぷりしてる?


7月27日。


あなたと私が出逢った日。



初めて会ったのに、ずっと前から知っているような気がした。


あなたの隣は不思議と居心地が良くて、一緒にいるのが当たり前みたいに感じた。


“この人とはこの先もずっと一緒にいるような気がする”って、思ってた。



じゃあねって別れて家に帰った後、今別れたばかりなのに、またすぐに会いたくなった。


あなたのことばかり考えて、今すぐ会いたいと思っているのに、顔だけが思い出せなかった。



顔が思い出せないのは、その日初めて会った人だったから。


恋の始まりは、いつも決まって会いたい人の顔が思い出せない。


だから余計に会いたくなった。




思い出して。


私にとっては、結婚記念日と同じくらい、大切な日だから。



何か催促しているようで、自分からは言いにくい。


あなたはいつも通り、私の唇にいってきますのキスをして仕事に出掛けた。


私はいつも通り、いってらっしゃい、気を付けてねと手を振って、玄関であなたを見送った。




あーあ。



結婚して13年半も経つと、初めて会った日の事なんて、忘れちゃうのかな。


16年前に出逢ったあの日のこと、私は今でも、昨日のことのように思い出せるのに。



ため息をついて、私もいつも通りの1日を過ごす。




夜になって仕事から帰ったあなたは、いつも通りネクタイをゆるめた。


今日も1日お疲れ様。




「ハイ。」


あなたが何気なく差し出したコンビニの袋にはイチゴの乗ったケーキが2つ。



「忘れてたんじゃなかったの?」


「ん?覚えてるよ。」




毎年この日がおとずれるたびに、初めて会った日のことを一緒に思い出せるって、幸せだね。



今年も、ささやかな幸せをあなたと。



来年も、その先も、ずっと。



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