ヨーグルトと煙

ふわり

第1話



「相模さんって生理、きてんの?」

 きゃはは、と笑う目の前の少女の喉から漏れる耳障りな笑い声はモスキート音に似ている。腕に軽く触れられた部分が瞬時に冷たく凍りつくような感触にぞわっと肌が粟立つ。富永愛理のくるりとカールされた黒いまつげに縁取られた瞳が、下を向くしかない惨めな私を嘲笑していた。


—「いじめ」というほど大げさな問題じゃなかったとしても、「それ」はこの教室に確実に存在しているのだと思う。



 一ヶ月前、私は高校デビューに失敗した。新しい季節に胸を騒がせながら、バラバラだった髪の毛先を整え、ジグザグな眉毛の処理をし、膝丈のダサいスカートを内側に二回折り、鏡の前でつくり上げた「完璧で理想の自分」に自信を持っていた。入学式の体育館で、あの子に再会するまでは。



 わたしに気づいた瞬間、表情を強張らせた蜜柑の顔をよく覚えている。普段のふんわりとした笑顔とは全然違う、緊張が伝わってくる硬い表情。

 過去、わたしと彼女は親友だった時期があった。家族ぐるみで仲が良く、幼稚園から中学校まで同じところに、毎朝近くの公園で待ち合わせて一緒に通った。休日の度にお互いの家に遊びに行っては、下らないことでケタケタ笑い、悲しいこと、ムカついたことについて何でも話した。心の深い部分までを見せ合えるのはきっとお互いだけだと思っていた。その深くて固いつながりを断ち切ったのは、他でもないわたしだった。


 怯えるように揺らぐ瞳にはっきりと拒絶の色が見えて、わたしはそっと目を逸らした。俯いた視線の先では、強く握りしめて冷たくなった青白い指がかたかたと震えていた。

 中学校で所属していた美術部で、部員たちを巻き込んで私が行ったことは文字通りの「いじめ」に違いなかった。それのきっかけはもう思い出せないくらい些細こと。蜜柑を本気で怖がらせてしまった自分の言動を振り返り後悔したときには、もう何もかもが手おくれになっていた。

 そんなつもりじゃなかった。少し時間が経てば、また仲良くなれると思っていた。言い訳のような言葉を重ねてみても、言葉は返ってこなかった。



 —いじめる奴は、いつかいじめられる。

 どこかで聞いたことのあるようなセリフを噛み締めながら、女子トイレの汚物入れを開くとむっとした匂いが広がって吐き気がした。

 トイレ掃除担当だったもう一人の少女はもう随分と顔を見せていない。面倒なことはすべてわたしに押し付けてしまえばいいと腹を括っているのだろう。廊下から楽しそうに談笑する声が響いてきて、突発的な苛立ちに手に持っていたモップを床に叩きつける。汚れた水が頬に飛んできて、また死にたさが増した。



 青春と呼ばれる日々を思い切り謳歌できる同級生に比べて、わたしには何の権利も与えられていない。わたしには何もない、何も許されない。教室の中で楽しそうにはしゃぐ権利も、友達と一緒に教室を移動する権利さえも。

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