日常
じいざすエンドー
第1話 12.25
れいこ(29)が洗濯物を干していると、大きなトラックが新しく出来たばかりの隣の家に止まったのが見えた。「誰か引っ越して来たのかな。どんな人かしら」と心を躍らせた。大手商社に勤める夫けんじ(35)と数年前に結婚後、念願の新築マイホームを購入し、東京都内にもさほど遠くない埼玉に引っ越して来たれいこは、まだあまり近所とは仲良くなれてはいなかった。きれいな一戸建てが多く建ち並ぶこの地域には、子持ちの夫婦が多く、まだ子どものいないれいこは、グループにうまく馴染めないでいた。「お子さんがいらっしゃらなければ良いのに」思っていても他人には言えたものではないそんな事をつぶやきながら夫のパンツを手に取った。
平日は朝から仕事をしているれいこは週に一回、日曜日に家事を済ませる。いつもは家事を一緒にするけんじは数日前から海外出張に出ており、れいこは一人で洗濯をしていた。けんじがいない寂しさをそっと振り払うかのようにけんじの下着のシワを軽く伸ばし、自分の下着でいっぱいになったピンチハンガーに手をかけたその時、ケータイが鳴った。「見たことのない番号だわ」首を傾げながら取ると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。「おはよう、れいこ。父さんだ。新しい携帯に変えたんだ。」電話の主はれいこの父、ひろゆき(55)であった。
小さな頃から兄の野球に付きっきりだった父とは、仲が良い親子とは決して言え無かった。少なくとも、れいこの方はそう思っていた。「どうして電話番号を変えるの。誰か分からなかったじゃない。」そんな問いかけに答えずに、ひろゆきは電話を掛けてきた本来の目的であろう質問を投げかけた。「年末は帰ってくるんだろう。いつからだい。」会社勤務のけんじとれいこは水曜日の28日まで仕事がある。「木曜日よ。29日。」毎年年末はれいこの実家で過ごし、年明けからけんじの実家に行くことになっていた。商社マンのけんじは人と仲良くなるのが得意らしく、れいこの父もとても気に入っていた。ピンポーン。インターホンが鳴る。「誰か来たみたいだから。もう切るわよ。」父との話を早々に切り上げ、子どもがいる事を想定して作られたかのような、なだらかな階段を降り、玄関を開けると、そこには赤色の制服に身を包んだ年配の男性が立っていた。新しい隣人がそこに立っていることに期待をしてドキドキしていたれいこは損した気分になったが、その男性が大きなダンボール箱を持っている事に気付き、すぐにまたドキドキし始めていた。「郵便です。サインをお願いします」
れいこは誰宛の物かも分からないその箱を、じっと見つめた。どうやら送り主は海外に住んでいるらしい。見た事のあるような、ないようなアルファベットのような文字が並んでいる。夫の海外出張先はアメリカなので、けんじからでは無さそうだ。不思議に思いながらも開けてみると、誰にも言ったことは無かったが、密かにずっと欲しかったバッグが入っていた。我を忘れ、喜ぶれいこ。世の中には不思議な慣わしがあるものである。(完)
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