獄中からのレポート ③

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「それでこのお金をどうしたらいいのか、不安になってしまって」

 とレイは言葉を続けた。


 そうは言われても、わたしにだって分かるはずがなかった。

 そんな大金を手にしたことも使ったこともないのだから。


「君はどうしたらいいと思う?」

「あたしに聞かないでよ。まったく分からない」

「まずは君が少し使ったら? 少しはいい暮らしができるかもよ」


 それはいいアイデアのように思えた。レイの着ている服は、相変わらずツギの当たったものだったし、靴はもう何年も履いているように見えた。律儀な彼女のことだから、少しも自分のことには使っていないのだろう。


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「そんな事できないわ。これはみんなのお金よ。みんなのために使わなくちゃ」

「それならみんなで分けたらどう?」


 レイはゆっくりと首を振った。

「それはあまりいい考えじゃないと思う。たしかに一時的には生活が豊かになるかもしれないけど、その先には何もないわ。それを使ったらまた貧乏に戻るだけよ」


 ずいぶんと彼女は考えてきたのだろう。たしかに彼女の言うとおりだった。


「そうだね。そうなったら、これから新しくやってくる子供たちを救うことはできないね。ぼくたちの戦いはまだ続いているんだからね」


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 そうなのだ!


 わたしたちの戦いは、大金を手に入れることでゴールするわけではないのだ。

 捨てられた子供、虐げられた子供、逃げてきた子供、そういう子供たちを救う戦いはまだまだこの先も続くのだ。


 わたしの胸に見失っていた目標がよみがえった。

 子供たちを不幸と貧乏の中から救い出す。

 それこそわたしがしてきたことであり、この先も続けねばならない使命なのだ!


 その決意は雷鳴のように、空っぽになっていたわたしの心を照らし出した。

 レイがその道筋をしっかりと照らし出してくれたのだ。


 最初から迷うことはなかったのだ。

 進んできた道をまた進めばいいのだ。

  

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「もう少し時間が欲しい。僕が最高の使いみちを考えるよ。だからそれまで君にはもう少し頑張って欲しい。僕たちの家族を幸せに導くためにさ」


「分かった。あなたの指示を待ってる!」


 たぶんわたしの姿を見て、甦ったわたしを見て、彼女は安心したのだろう。

 そしてわたしの胸には再び希望の光がはっきりと輝いた。


 


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 ところで、わたしの獄中での生活にも触れておいたほうがいいだろう。

 それは君たちが牢屋に入れられることがないようにするためでもある。


 子供たちの中には三度の食事ができて、雨風をしのげる牢獄に憧れを抱くものが少なくない。脱走のことを考えながら暮らすなんてわくわくする、という子供もいるだろう。


 


 まず朝は六時に起床。どんなに眠たくてもたたき起こされる。まぁこれはそのうち慣れてくるだろう。

 グレーの作業着に着替え、体操をして、部屋を掃除し、朝ご飯になる。もちろん質素な食事だ。しゃべるのは禁止。ただ黙々と食べる。


 それから勉強の時間。それぞれの年齢にあわせた教科書を与えられ、ひたすら読む。これが昼まで続く。ちなみにイスはなく、ずっと正座したままだ。

 これはなかなかにつらい。眠気との戦いがまたつらい。そして昼飯だ。これも質素。味がほとんどないうえに、毎日同じようなメニューだ。


 それが終わると、反省文の時間。毎日、自分の犯した罪をどれだけ悔いているかを、作文にして書かねばならない。もちろん毎回内容を変えて書かねばならない。それを終えると外に出て休み時間だ。

 たいていはぶらぶらしているが、もちろんしゃべるのは禁止だ。


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 それから毎週日曜日は、この休み時間が面会時間になる。

 もっとも面会人がくれば、の話だが。


 たいていの子供には面会人はやってこない。だから庭でひたすら時間をつぶす。


 夕方になると、仕事の時間だ。木彫りをしたり、何かの袋詰めをしたり、家具を作ったり、そういう仕事。もちろんしゃべってはいけない。ただ黙々と手を動かす。

 そして夕飯。おかずが一品つくが、どれも同じムニャムニャだ。


 夕食を終えると談話の時間。一時間、同室の人間と話すことを許される。だが誰もしゃべらない。しゃべる事がないし、だんだんとしゃべり方を忘れていくからだ。

 そして眠る前には、同室の人間同士で、自分の犯した罪を告白し、それがいかに悪いことかを話して聞かせなければならない。


 窃盗、暴力、詐欺、強盗、殺人もある。誘拐というのはわたしぐらいのものだ。

 罪、罪、罪。いろんな罪が子供たちの口からあふれ出す。

 そして眠る。精神も肉体もくたくたになって眠る。


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 わたしの場合は五年間、そのほかの子も刑期に合わせて、同じ毎日を繰り返す。


 同じことの繰り返し、同じ罪の蒸し返し。


 一年も過ぎると子供たちの中から何かが失われていく。

 それを失った子はもう罪を犯さなくなるだろう。


 確かにそうだ。だが同時によかったものまでが失われている。

 子供たちの目はゆっくりと死んでいく。


 あそこは子供にとっていい場所ではない。

 刑務所なのだから当たり前なのだが、君たちが望んで入るようなところではない。


 それを忘れないように!

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