そして牢獄へ ③

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 思いのほか厳しい言葉に、わたしの心臓は冷水がかかったように縮んだ。

 たしかに『あなたを信用できません』とそう言っていたのと同じだった。


「あの、そういうつもりでは……いや。その、すみません」

「レンジ、お前は本当に立派になったよ」


 だがそういったヒダカ老人の声は優しかった。

 気まずい思いで目を上げると、ヒダカ老人は柔らかに微笑んでいた。


「わしはお前の態度が正しいと思う。それこそがリーダーの態度だよ。君の周りにいる、君を慕う仲間を全力で守る。確実に守る。それをするためには、たとえ相手がわたしであろうと、妥協してはならないんだ。だからな……」


 そしてヒダカ老人は突然頭を下げた。

 

 それはもっとも考えられない光景だった。


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「過去のわしを忘れて、今のわしを信用して欲しい。わしはお前たちの役に立ちたいのだ。たのむ、信じて欲しい」


 レイはわたしのことをじっと見ていた。

 どうするの? その目はわたしに語りかけていた。

 決断するのはわたし一人の仕事なのだ。


 どうする? 信用するのかしないのか?

 答えは一つだ。


「分かりました。ぼくはあなたを信用します」

 わたしはそういった。


 レイが優しく微笑んでくれた。

 それでわたしは自分が正しい決断をしたのだと確信できた。

 そしてヒダカ老人は目に涙を浮かべながら、穏やかに微笑んだ。


「ありがとう、レンジ。本当にありがとう」


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 その晩、再び会議が開かれた。もちろんキョウコさんとレイも加わる。


「あの爺さんがそういうなら、任せていいんじゃねぇの」

 ケンちゃんは頭の後ろで手を組み、ちょっとあくびをしながらそう言った。ちなみにこの頃のケンちゃんは、スラリと背も伸び、体格もがっちりとして、髪は相変わらず長かったけれどかなりの男前だ。


「僕はよくわかんないけど、レンジ兄ちゃんが決めたんならいいんじゃない?」

 コトラも背が伸びた。結構ふっくらとしていたが、いつも優しい雰囲気で、体格同様におおらかな雰囲気があった。そしていつもエプロンをつけていた。


 ちなみにわたしも背は伸びたが、どうも子供っぽさが抜けなかった。わたしだけが相変わらずのムニャムニャだった。


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 とにかくケンちゃんとコトラはわたしの判断にすぐに賛成してくれた。

 レイはもちろん最初から賛成している。

 しかし、キョウコさんだけは難色を示した。


「本当に信用できるの? じいちゃんの話だと、金の亡者みたいな人だって言ってたけど」


 じいちゃんというのはもちろんミクニ老人のことで、ミクニ老人は長い間ヒダカ老人の使用人をしていた。ミクニさんはわたしたちの誰よりもヒダカ老人のことを知る人物だったのだ。


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「キョウコ、ヒダカさんは悪い人じゃないわ。とっても優しいし、わたしたちのことを本当に心配してくれているのよ」とレイ。

「それだって詐欺師のよく使う手じゃないの。だいたい金庫番のわたしに相談もなしに勝手に決められても困るのよねぇ」


「ごめん。ただあの場で決めなきゃならなかったんだ」

「どうして?」

「なんとなく……その、雰囲気で……」

「なんとなくで決めんな!」

 キョウコさんはパシッとスリッパでわたしの頭を叩いた。


 一瞬、レイがむっとした顔をした。わたしはそれが妙に嬉しかった。


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「キョウコさんは反対なんですか?」

「まぁね、あたしは基本的に誰も信用しないの。ただ、あんたたちは別。あんたたちには欲がないからね。だから信用できるんだ」


「だったら僕たちの判断を信用してくれても……」

 わたしが言い終わらないうちに、

「ナマイキ!」

 パシッとふたたびスリッパのビンタが飛んだ。


 思わずコトラもケンちゃんも痛そうに顔を背けた。

 が、もちろん痛くはない。音だけ痛そうなのだ。


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「とはいえ、あたしも相場とか言われてもよくわかんないのよねぇ。だからまぁ、今回はあんたたちの判断を信じるしかなさそうね」

 キョウコさんはお手上げという感じで最後にはそう言った。


「……だったら最初からそういえばいいのにね……」

 コトラがわたしに耳打ちした。

「聞こえてる!」

 パシッとコトラもぶたれた。

 えへへ、とコトラがわたしに笑いかける。虐げられた者の、妙な連帯感。


 それに加わろうというのか、ケンちゃんも言葉を添えた。

「素直じゃねぇんだからな、女はよくわかんねぇよ」

「理解しろ!」

 ケンちゃんにも容赦ないスリッパだった。

 それから三人でレイを見た。


 なんとなく、仲間に入るのかな? と思って見ていたが、何もしゃべらなかった。スッと目をそらされてしまった。


 やっぱり三人だけが馬鹿兄弟だった。

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