第二話 降格

十郎右衛門の噂が意次の耳に入った。意次の取り巻きたちは、十郎右衛門が危険人物だといって、遠ざけるようにと上申した。 

数日後、十郎右衛門は若年寄呼ばれ、徒組頭の役を命ぜられた。

「富子、降格だ。また徒組頭だ」

 こわばった顔をした十郎右衛門が、出迎えた富子に腰から抜いた長刀を渡しながら言った。

「・・・・・・さあ、早くお着替えを」

 一瞬言葉に詰まった富子が、振り絞る声で言った。

 裃を脱ぎ、小袖の着流しに着替えを終えた十郎右衛門は居間に入った。味噌田楽、海苔そして香物が載った箱膳と酒が用意されていた。

 重苦しい雰囲気の中で、皆黙って、食した。

 皆が食べ終わった時、十郎右衛門は、盃をおいて言った。

「某だけが、降格だ」

「そうですか」

 富子は、感情を表に出すのを抑えた。 半之助は、お茶を床に置いて、言った。

「十郎右衛門、そなたには、何度も言ったぞ。変な正義感は、出世の妨げじゃと。お目見以下に降格とは前代未聞じゃ、ご先祖様に申し訳が立たん」

「父上、私は間違ったことはしておりませぬ」

「そんな言い訳が通る時代か。田沼様に嫌われるとは」

「あなた、もう一本つけました」 富子が、十郎右衛門の盃に注いだ。

「降格といっても、お徒組頭ではありませんか。そのうち良いこともありますよ」半之助の妻が言った。

 書院番から昇格して徒頭になるのが、順当な出世コースであったが、十郎右衛門は徒頭の部下の徒組頭を命ぜられた。その徒組の主要な任務は、江戸城内の警備であった。十郎右衛門は、そのうちの御膳場の警固という地味な仕事であった。十郎右衛門は登城しない日は、天気の良い日は、浅場道場に通うか近くの池で釣りをして時間をつぶし、雨の日は、家にこもって、読書にいそしんだ。

そんな十郎右衛門を心配して、坂部家では、十郎右衛門の出世を祈念して、父親は、酒を断ち、半之助の妻は、毎日、百度参り、富子は、水垢離を続けていた。

 

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