無題
ましろ
第1話 試作
ぼくはこの世界が虚構の世界であることを知っている。
珍しくもなんともないことだ。昔から虚構の世界はいくつもあった。
例えば、小説。あれだって虚構の世界の一つだ。本を開けばそこには虚構の世界があって、虚構の登場人物が、虚構の生活を送っている。
例えば、演劇。舞台の上には別世界が広がっていて、役者の演じる登場人物たちが、ドラマを繰り広げる。
デジタルメディアが普及してからは、映画、ゲーム、
本を閉じれば、幕が下りれば、明りが点けば、電源を落とせば、世界は終わる。そしてぼくらは元の、現実の、現実だと信じている世界に戻ってくる。
でも、人によってその世界の受け取り方が異なっているのだから、虚構の世界は、その世界を感覚する人の数だけ、無数にあるということになる。
ぼくたちは、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚を使って世界を感覚する。
感じ取った内容から構成される世界は、その人の頭の中にだけあって、それは、人それぞれ異なっている。だから、厳密に言えば、ぼくたちはそれぞれ、別の世界に生きている。
きっと、どこかには真実の、本物の、現実の、実物の世界があるのだろうと、想像することはできるけれど、実際に感覚することはできない。
感覚することができないものは、無いのと同じだ。だから、ぼくは、いつの間にか現実の世界について考えることをやめた。
結局、ぼくは虚構の世界に生きている。そして、その虚構の世界こそが、ぼくにとっては現実の世界なのだ。
* * *
初めてぼくがそのことに気付いたのは、まだぼくが幼い頃だった。
それはまるで天からの啓示のように音もなく降ってきて、ぼくの頭の中に巣くった。
お陰でぼくは、ぼく以外の全ての人達が(母さんや父さんでさえも!)、どこか暗く見えない場所にそっと置かれた台本に沿って演技しているように思えて、気持ちが悪くてしょうがなかった。
当時のぼくに友達がいなかったのも、当然のことと言えるだろう。
幼いぼくの話し相手はもっぱら幻獣や竜だった。特にシャロンという名の竜の子どもは、ぼくが気を許せる数少ない友達の一人だった。
シャロンはぼくが卵から孵して、ぼくが名付けた。シャロンとぼくは、まるで兄弟のように育った。シャロンは白くてふわふわの体毛に覆われていて、晴れ渡った夜空をそっと写し取ったような、綺麗な青い目をしている。当時は中型犬くらいの大きさだった。
ぼくが話しかけると、シャロンはいつも、銀の長い睫で縁取られたその目でじっとぼくの目を覗き込んで、いつまでもぼくの話を聞いてくれた。ごろごろと猫のように喉を鳴らしながら。
無題 ましろ @Mashiro0701
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