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雪は、自分の置かれた状況を掴みかねていた。


ぶたれることしかり、奇妙な出来事なら、自分の身に起きても不思議ではない。だが、幸福の匂いのする順当な運命には、ずっと縁のないものだと思っていたからだ。


見上げた新しい自分の部屋の窓は、玄関戸から少し遠くに見えた。戸建ての家など、雪は住んだことが無い。「誰かの家」の形でしかないそれを、これからは自分の家のそれだと認識しなくてはならない。


居心地の悪さを通り越して、ひどく気持ち悪い。社会的に見て価値ある環境には違いない。だが、自分が何時、こんなものを望んだのかと、声をあげて天に抗議でもしないと、収まらない。


雪のムカつきを知ってか知らずか、養い親の男は、雪の華奢な体をぐいとぐいと押して、自慢げに微笑む。


肉付きの良い輪郭の内側に、苦労を刻んだ口元。時折、冷酷に過ぎる眼差しを宙に投げかけている小さな目。

どことなく、周囲への意識が、棘のあるようにも思う、落ち着きの無さ。雪はもう、この男が過去に何をしたと知っても、もう感動を得まいと決めていた。


そもそも、ひどく濃い影と埃っぽさを纏った男が、養子を迎えらえるような身分と資産を持っていること自体が、露見していない犯罪の匂いを強めている。


それでも雪がこの男に付いてきたのは、この男こそ、自分を殴る必要の無い人間だと、本能で感じたからだ。


男は雪を促し、雪に与えられた大きな自室と、そこに置かれたテレビ、冷蔵庫に机、セミダブルサイズのベッド、本棚を順に見せる。そしてご丁寧なことに、流行のゲームや漫画雑誌、菓子の山までを、すべて雪のために買い揃えたと言った。


雪は眉を顰めて頷く。男は、雪が戸惑っているだけと解して、ここにあるものが足りなければ、いくらでも小遣いを渡すと言い、茶を淹れに台所へ向かった。まるで父親気取り。いや、今日からこの男が父親なのだ。


雪は、ふわふわのベッドに沈む体を、そのまま横たえ、感慨にふけった。自分の人生が、自分の願う様に変化することはあるまいと思っていた。それは今でも変わらない。


だが、こういう風に裏切られた様な幸福を、取ってつけたように宛がわれるのは、どこまでも不自然だった。


この不自然さを、これまでの不幸で惨めな雪の人生を代償にしたものだと理解させるには、事のスケールが違いすぎる。 強固に『違う』という声が、内側から確かにするのである。


なにが違うかは、分からない。だが、この環境は、物質的に充足していて、慣れればきっと何でもないのだ。それくらいに浅い幸福、安っぽい計算のような日々を送ることになる。雪は目をしっかりと開けて、心構えをした。

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