彩るアルバム
森山 満穂
File.1 【青春小説】青い鳥
柔らかそうな白い猫の毛、瑠璃色に
「どうだい? 僕の傑作たちは」
テーブルの向かいに座っている流星が得意げな笑みを浮かべて言った。
「うーん。まあ、いいんじゃない?」
一応考えるふりをしつつも、俺はいつものように相づちをした。はっきり言ってこの写真についてどう答えればいいかわからない。動物の写真は表情が見えるから好感を持たれるのではないだろうか。なのに、見せられるのはいつも後ろ姿。背景はなく、被写体は棒立ちの状態だ。せめて前を向いていれば可愛いとか面白いとか言い様があるのに。俺にはこいつの感性がわからない。
流星が写真を見せてくるようになったのは大学四年に進級してからだった。昼休みに食堂でぼーっとしていると、流星がおもむろに写真を目の前に並べてきた。もちろん全て後ろ姿の写真だ。最初のうちは月に一回くらいのペースだったが、最近はほぼ毎日見せてくる。そして今も、嫌になるほど見慣れた後ろ姿の写真を見せられている。
「あのさ……」
「おは玲二。流星もおはよ」
尋ねようとした時、お気楽な声が割り込んできた。気が付くと大貴がテーブルの脇に立っていた。俺の時だけふざけた挨拶をかまして能天気に笑っている。
「俺、内定決まった!」
大貴が満面の笑みを浮かべて言った。流星は穏やかな笑みを浮かべて大貴を祝福する。でも俺は素直に喜べないでいた。むしろ嫉妬や不安の方が大きくなっていく。アホの大貴に先を越されてしまうなんて。
「玲二、顔怖っ」
大貴に言われてふと我に返った。無意識に睨みつけていたらしい。
「まぁ、お前だけだもんな。進路決まってないの」
大貴が言った。俺はうるせぇよ、と大貴を軽く小突く。だが、確かにその通りだった。
流星は大学院進学が決まっているし、大貴もついに内定が決まった。俺だけ何もかもがうまくいっていない。就活をしているものの、落ちまくって何社になるかわからない。未来が見えたらな、せめて就職先だけわかればこんなに苦労もせず終われるのに、そんな考えが最近はずっと頭の中に充満している。
俺は鞄の中から書類を取り出した。いくつかの質問事項がある中で、一番に目が行ったのは
『あなたの夢について語ってください』
大ざっぱすぎて何を書いていいのやらわからない。無論、その欄は白紙だった。俺には今のところ、夢も希望もない。流星と大貴を見た。二人は違う世界の住人になってしまったようにキラキラしていて眩しい。夢も希望もある奴は違うよな、と無意識に心の中で毒づいている自分がいた。そういえば、こいつらの夢って何だろう。聞いて多少パクってやろう。
「なぁ、お前ら夢について語れるか?」
俺の唐突な質問に二人とも少し困っているように見えた。
「夢の話をしてほしいのかい?」
流星が言った。俺は真剣に頷いた。
「じゃあ、僕から話そう」
そう切り出して流星は話し始めた。
「あれは、僕が中学生の時だったかな。苺を育ててるビニールハウスの中にいたんだ。真っ赤な苺がたくさんなっててね。それを見て感動したなぁ。そしたら、農家の人に見つかって泥棒だって勘違いされてしまったんだ。僕は懸命に逃げた。ところが、逃げている途中で急に地面が抜けて。その瞬間、目が覚めた」
一瞬意味がわからず無言になる。だが、すぐに気づいた。
「それは寝てる時にみる夢の方じゃねぇか!」
俺は流星の後頭部を叩いた。
「違うの?」
流星は叩かれた頭をさすりながら不思議そうに言った。
「語るって言ったらそっちじゃねぇだろ!」
「ごめん」
流星はからかっているとも言える表情を俺に向けていた。どうやら最初からわかっていたようだ。
「はぁーい! じゃあ俺も!」
大貴がちぎれんばかりに手を挙げていた。俺は忠告の意味で大貴を睨みつけた。だが、大貴は意を汲み取っていないようでニヤニヤしながら話し始めた。
「ええっと、部屋ん中にいたら、窓の外に蝉が向かってくるのが見えて、網戸あるから大丈夫だなって思ってたら、網戸がこんだけしかなくて……」
「もういいわ!」
大貴が指で網戸の幅を示しているのを遮って、俺は豪快につっこみを浴びせる。
「え~まだ途中じゃん」
大貴は不服そうに頬を膨らませていた。まともな模範解答がまったく出て来ず、イライラだけが募る。
「同じボケされても全然面白くねぇんだよ! てか、説明下手過ぎだろ、バカ!」
「あー、バカって言ったほうがバカなんだぞ!」
「じゃあ、二回言ったからお前の方がバカだな」
「うるさい! バーカ、バーカ」
「バーカ」
「バーカ」
「君たち、時間の無駄って言葉を知ってるかい?」
流星の一言が俺たちの言い合いに水を差すように静かに耳に滑り込んできた。おそるおそる流星を見ると、目がなくなるほどの薄ら笑いを浮かべている。怒った時のこいつの癖だ。
「玲二、大貴君だって君を元気づけようとして言ったことじゃないか」
流星の言葉でふと我に返った。こいつらと話しているうちに、いつの間にか重かった気持ちが軽くなっているような気がする。
「ごめん。なんか、ありがとう」
俺がそう言うと、大貴は茶化すように笑った。流星も隣で微笑んでいる。
「じゃっ、俺行くわ。まだ報告あるし」
そう言って、大貴は走って行ってしまった。
「じゃあ、僕も行くね。図書館で調べものがあるんだ」
流星はそう言って立ち上がった。
「あ、ちょっと待って」
俺は行こうとする流星を止めて、尋ねる。
「あのさ、何でいつも後ろ姿の写真なんだよ? そういう、後ろ姿に美学とか感じてんの?」
俺の言葉を聞くと、流星は呆れたようにため息をついた。そして、ポツリと呟く。
「やっぱり、言わないとダメかな」
それが何を意味するのかわからなかった。キョトンとしていると流星が言葉を繋ぐ。
「結末だけ見せられたって何も面白くないだろう? 知らないから辿り着くまでが面白いんだ」
言葉を失った。未来が見えたらな、せめて就職先だけわかればこんなに苦労もせず終われるのに。口に出した覚えはない。
「あと、後ろ向きになっていても君の魅力は伝わらない。それが教えたかったのさ」
まるで映画の主人公のような風体で流星は得意げに笑った。そして、鞄の中から写真を取り出して俺に差し出す。
「これを君に贈呈しよう」
青い鳥の後ろ姿の写真だった。光に照らされ
それを受け取ると、流星は颯爽と去っていった。俺はしばらく流星の後ろ姿を見送っていた。
もう一度写真を見つめて、広げられた青い翼に身を凝らす。
そして、前を向いて歩き出した。
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