第一話:シスターと誓い
「えっ?」
「悪いんだけどさ、パーティを抜けてくれないか?」
唐突に言われたその言葉を彼女は何度も聞いてきた。
(また……駄目なの……?)
だから聞き返してもきっと無駄だと分かっていた。
それでも認めたくなかった。
「あ、あの……なんで……でしょうか?」
「正直……これからの冒険に君はついてこれないという思う。比較的魔物が弱めのこの地域でこれだからね……」
(やっぱり……まただ……)
「俺達はこれから王に謁見し、その後海を渡るつもりだ。向こうの大陸ではここよりも瘴気が濃い。今まで以上に厳しい冒険になると思う。だから………悪いね」
彼女は今までこうして何度もパーティをクビになっていた。
「足手まとい」「弱い」「ついてこれない」と散々な言われようだった。
だからこそ、今回はいつも以上に働いたつもりだった。
(お食事は一番先に食べ終えてお片付けしたり、寝床を作ったり、移動の時は絶対転ばないように石に気を付けたりしてたのに! この間だって二回しか転ばなかったのに!!)
彼女はズレていた。
努力するポイントが。
「で、でも私が抜けてしまったら、誰が回復するんですか!?」
彼女の職業はシスター。
病気や傷を癒し、魔を払う職業。
適正者が少なく、この職業に就くものはほとんどいない。
「実は前々から気になっていた僧侶がいてね。声を掛けたら参加してくれることになったんだ」
「ア、ソウデスカ」
僧侶はシスターに比べると攻撃よりの職業であり、中衛に位置する。
様々なサポート魔法を覚え、パーティには欠かせない職業と言える。
シスターは僧侶より回復、防御に優れているが扱いが難しく、また人数が極めて少ない事もあり、中々パーティでの立場が確立できていないのが現状である。
「正直シスターなんてレアな職業だから期待してたんだけどね……君は回復は遅いし、攻撃はできない。戦い以外の場面でもドジばっかりだったしね。あ、あと見た目はすっごい強気な感じだったし、頼りになりそうだなと思ったら中身がね……もっと色々勉強した方がいいよ。もしくは冒険者じゃなくて町の司祭になるとかさ。向いてないと思うよ。それじゃ、もう行くよ。さよならアリス」
「ア、ハイ。スイマセンデシタ。サヨナラ」
矢継ぎ早に否定され、アリスはただ呆然と元パーティを見送るしかできなかった。
ふと、海を見る。
遥か彼方の海の向こうに、巨大な岩が立っていた。
「ごめん、お父さん。またクビになっちゃったよ」
アリスの目から涙が落ちそうになる。
それを袖でグッと拭い、彼女はギルドに向かう。
「次こそは! 絶対魔王を倒すんだ! 僧侶め! 今に見てろ! ……ぐすん」
アリスには絶対に魔王を倒さなければならない理由があった。
だから彼女は諦めない。
誰に何を言われても。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
中央国家ヴァンデミオンが世界から消え、二十五年の月日が流れようとしていた。
突然の事に世界は混乱したが、すぐにヴァンデミオンを除く世界各国は戦闘態勢をとり、魔王の攻撃に備えた。
積極的に攻める案も勿論あったのだが、勇者であるディーバがヴァンデミオンにいることと、ヴァンデミオンを囲う岩の壁があまりにも巨大で手出しができなかった為、各国は自衛することしかできなかったのである。
夜が明けようとしたその時、ヴァンデミオンから凄まじい光が天に向かって伸び、消えた。
何があったのか、何をしたのかは誰にも分からなかったが、その光を見た人々は何故か安堵した。
それから二十五年、魔王はヴァンデミオンから出てこず、魔界からの瘴気と魔界の魔物だけが世界に漏れ出している。
魔王は勇者が倒したと言う者もいたが、そもそもヴァンデミオンから誰一人人間が出てこないことと、救出に向かった冒険者や、国の兵隊達が海と空の魔物に襲われ誰も戻らなかった(魔王がいなければ強力な魔物が存在せず、魔王を倒した後は強力な魔物は魔界へと消えていく為である)ことから、勇者があの日何かをして魔王を封じたのではないかというのが通説となった。
その結果、魔王はいずれ現れるのではないかという恐怖は残ったが、世界は仮初めの平和を手に入れたのである。
その後、世界は新たな勇者を求めた。
以前からあった冒険者ギルドをさらに広め、世界各国、各都市にギルドを設立。
魔物の討伐をメインとし、様々なクエストをこなしつつ魔王の再来に備えている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あら、アリス……その様子じゃまたクビになったのね」
「僧侶なんて滅べ」
アリスはジョッキを片手に恐ろしいことを言う。
ほんのり赤い表情から、ある程度アルコールが吸収されているようだ。
「僧侶を恨むのは筋違いよ。あなたにはあなたにしかできないことがあるはずよ? しっかりしなさい」
「はぁ、やっぱり私向いてないのかなぁ……フルールさん」
フルールは冒険者ギルドの受付嬢である。
冒険者ギルドは酒場も兼ねており、冒険者達の情報交換の場や、新たな仲間を求めるなど重要な拠点として活用されていた。
受付嬢はクエストの受注や仲間を求めている冒険者に人材を紹介したり、酒を振る舞い(有料)相談にのったりしている。
「う〜ん、シスターにしかできないことを鍛えていくしかないんじゃない? 僧侶は確かに万能だけど、できないこともあるわ。なにかシスターの付加価値を見つけられればいいんだけど」
「シスターにしかできないことかぁ…」
勿論アリスもそのことはわかっていた。
だが、正直シスターである必要性を探すことができていないのが現状である。
「見た目はいいんだけどね、あなた」
「見た目は……ですか」
アリスは先程元パーティリーダーに言われたことを思い出し、瞳が潤む。
「……ぐすん」
「だってあなた、すごく頼りにになりそうだもの。金髪のポニーテールに白い肌、青い透き通った瞳と整った顔。強気な目の割に弱気なのよねぇ。装備も真っ白なローブに金色の装飾が高貴な印象を与えるし、見た目は完璧ね!」
「……ううううう〜!」
アリスは机に突っ伏して泣き出す。
トドメをさされた彼女はアルコールの力もあり、感情が不安定だ。
やりすぎた、とフルールは反省する。
「ごめんごめん。でも見た目だって大事よ?」
「でもクビです!」
「それは内面の問題だから……」
「見た目よりたち悪いじゃないですか!」
アリスは半分ほどのこった麦酒を飲み干す。
はぁ……とため息をついて呟いた。
「なんで私の適正、シスターなんだろ……」
冒険者になりたいものは、各国の冒険者ギルド本部に赴き、適正審査を受ける必要がある。
そこで、神からの祝福を受け、自分の適正職業を得ることができるのだ。
適正職業は変えることはできず、冒険者は生涯自分の職業を極めることを目指す。
ちなみに〝勇者〟は職業ではない。
自分の職業を極め、その職業の垣根を超え、人のくくりでは測れない力を持った者が〝勇者〟と呼ばれる。
「そんな気持ちだから駄目なんじゃない? 信じなさいよ、あなたを、シスターを」
(分かってますよ……でも、でも!)
アリスがビールをおかわりし、飲んでいると気になる話が聞こえてきた。
「聞いたか? 最近現れた黒い騎士の話」
少し離れた席で二人組の男が話している。
最近見かけるようになった冒険者だ。
かなり年季の入った鎧を着ている。
「ああ、やったら強いって噂のあれか? 見たことねぇからなんとも言えねーな」
「聞いた話じゃ、一人でオーガを仕留めたらしいぜ?」
「マジかよ。ここらの冒険者じゃありえねーな」
「まーな、最弱のギルドだからな。ここはよ」
「勇者を四人排出してるけどよ、実際魔物も冒険者も雑魚ばっかだよな。この国は」
「ま、オーガも他の国じゃ大したことねーしな。ここの冒険者にとっちゃかなりの強敵だが」
「アトリオンも落ちたもんだぜ」
アリスはガハハといって笑い合う二人を睨めつけながらビールを飲み干す。
故郷であるここ、アトリオンを馬鹿にされたからだ。
「なんなんですか……腹立ちますね!」
「よそ者でしょ。他国より魔物が弱いから報酬は少ないけど稼ぎやすいのよ。実際あの二人組はここらじゃトップクラスにクエストを消化してるわ」
「ふんっおかわりください!」
「もうやめときな!」
アリスはフルールに促され今日はギルドに泊まることにした。
ギルドには宿泊施設もあり、数は限られるが宿に泊まるより安く済む。
基本的に仲間を求めるソロの冒険者が優先して泊まることができるが、中には入り浸る者もいるので月に泊まれる日数には上限が存在する。
「はあっ……また一人かぁ」
風呂に入り、ベットに仰向けで横になる。
よく見る天井だ。
一人の時間が多いせいだろう。
「いつになったら……アトリオンから出られるのかなぁ」
先程二人の冒険者が話していた黒い騎士を思い出す。
自分にもそれだけの力があればよかったのに……何故自分はこんなにも駄目なのか。
「黒い騎士かぁ……そんな強い人なら仲間にしてくれないかなぁ」
強い人に着いていけば自分でもなんとかなるかもしれない。
そんなことを思った自分が嫌になる。
フルールが言うように自分を、シスターを信じて強くならなければならない。
見た目だけでなく、仲間に頼られるように。
「頑張ろ……」
明日から再び仲間探しを始める。
次こそ絶対に役に立つ。
そして、誓いを果たすのだ。
アリスは決意を胸に眠りについた。
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