わたしはひとりでワルツをおどり、

Cherry-Sound

ぷろろーぐ

今日は、とても晴れた一日だった。

朝、学校へ向かう通学路から見上げた空には

雲一つなく、どこまでも澄んだ青い景色が、

街を、家々を、人々を包み込んでいた。

学校へ向かう小学生や子供連れの若い母親、白いごみ袋を

車へとつめていく、ごみ取集のおじさんやお兄さんたちの顔と来たら、

みんな笑顔で、キラキラ輝いていた。

少女はひとり、そんなひとたちの横を、俯き通り過ぎる。


今日は、どんな一日になるんだろう。


歩きながらずっと、彼女はそればかり考えている。

期待して、という意味ではない。

恐怖で、と言った方が正しかった。

少女は今、学校で、壮絶な、虐めを受けている。

口では言い表すことのできない、おぞましい行いの数々を、

毎日、毎日、彼女はされ続けている。

もちろん彼女は、なにも悪いことはしていない。

だから、わからない。どうして自分が虐められているのか。

それは、ある日突然始まった。

少女が朝学校に着いたときのこと、上履きに履き替えようと

下駄箱に手を伸ばすと、そこに彼女の上履きは無かった。

辺りを見回しても、やはりない。

一体どこにいったのかとあたふたしていると、後ろから

先生が、


なにしているの?もう授業始まるわよ。


と、声を掛けてきた。

少女は振り返り、上履きがなくなっていることを言った。

そのとき、彼女のその声は、なぜだか震えていた。

先生はとりあえず中に入るように促すと、


ちょっとすいません。森宮さんの上履きがなくなって

いるんだけど、みんな知らない?


大きく声を張り、クラスの生徒に聞いた。

みんな知らないって言ったけど、ひとりの男子生徒が

手を上げて、


さっき見ましたよ。


先生が、どこで、と聞くと、


あそこ。


男子生徒は、窓の外の地面を指さし、そう言った。

そこには先生たちや、なにかの事情で自転車通学をしている

人達の為の駐輪スペースがあり、校舎とそれを挟んだ

空間には、園芸用の小さな花壇が造られていた。

少女が窓から目を落とすと、その男子生徒の

言った通り、そこには確かに、彼女の上履きがあった。

今の時期、花壇は使われておらず、ただ、混ざり合った灰色の砂や

赤茶色の園芸用の土が、長方形に積まれた赤レンガに囲まれてあるだけ。

その中心には、昨日降った雨で出来たであろうと思われる、

大きな楕円形の水たまりがはっており、上履きは、

その上をぷかぷか浮かんでいた。

その後先生は血相を変え、一時間目が始まる前に、

誰がこんなことをしたのか問いただし、放課後のホームルーム

では、何か不審な行動をする生徒を見なかったか、クラスで

アンケートを取った。

でも、そのどちらでも、犯人は見つからず、一日が終わった。

その日はそれ以外なにも起こらず、少女は大して気にしなかった。

どうせ誰かが、むしゃくしゃしてやったのだろうと。

しかしその日から、少女の学校生活は、がらりと一変してしまった。

彼女の毎日は、文字通り『地獄』と化したのだ。

少女にとって、誰が虐めの首謀者なんて、どうでもよかった。

ただ、あの平凡だった日常に戻ってほしい。

それだけが、今の彼女の望みだ。

でも、いくら願ったところで、それは、まだこない。

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