来訪者たち
私が部屋にいると、雨が帰って来た。
玄関の扉が軋む《きしむ》ような音を立てて開いてゆく。
「お帰り―――」
部屋に雨が、何人かの女の子と一緒に入って来た。
みんな雨と同じ、可愛いイラストの描かれた服を着て、背中には赤い、
リンゴのような鮮やかな色彩の鞄を背負っている。
『らんどせる』―――そう直感する前に、
「・・・・・・マギコ? どうかしましたか?」
「いっ・・・・・いえ!」
私は無理に笑顔を作って首を横に振った。しかし、
探るような目つきで、雨が私を見て来る。
「宇崎さん、この子は?」
雨の横に立つ少女が尋ねる。
穏やかで、透き通った綺麗な声だった。
「雨の従妹。一緒に暮らしているの」
――――従妹・・・・・?
どうしてか、頭の中に疑問符が浮かんだ。素直に
「マギコ、雨の友達で、魔法少女です」と、何故紹介してくれないのか。
もちろん私の正体が雨以外の他のニンゲンに知られるのはまずいことだし、
彼女がそれを察して配慮してくれたのだと、私は認識出来ていた。
ところがどういうわけか、私自身――それが不可解でならなかった。
その理由も判らずに、私は頭の中を疑問符でいっぱいにしていた。
どうして雨は、私を紹介してくれないのでしょう?
どうして、魔法少女であることを、彼女たちに紹介しないのでしょう?
それは、黒々と、澱んだ沼に沈殿する泥を思わせる――、
不信と不安に溢れる疑問符だと、私は客観的に感じていた。
雨に訊いた少女は納得したように頷くと、ゆっくりと私の方に近づいて来て、
「こんにちは」
そう言って笑顔で、私に向かって、白く、白魚の様な手を差し伸べて来た。
私は、その手をじっと眺める。「ん?」と怪訝に満ちた彼女
の声で我に返ると、
「ここ、こんにちは・・・・・!」
慌てて差し出された掌を握った。強く握ったせいか、少女の顔が
痛みに驚くように引きつるのが見え、
私は大慌てで手を放して「ごめんなさい」と蚊の鳴くような
微かな声で頭を下げた。
「ううん、だいじょうぶ」
おっとりとした口調で少女が言った。だけど、痛そうに手を擦る
仕草でやはり強く握りすぎてしまったと、私は理解した。
すると、
「ねぇ、宇崎さん、この子なんて名前?」
「変なカッコーしてるけど、これなんかのコスプレ?」
残りの少女たちが一斉に雨に質問を投げつけた。
一度に対処しきれずに苦笑いを浮かべる雨。
「ええ~とね、この子はぁ~・・・・・」
その時、気がついた。
雨は二人に対し、敬語を使っていなかった。語尾に「です」「ます」を付けずに、
それでいて自然と、この子たちと会話を成立していた。
私と話す時には敬語なのに・・・・・・。
私はそんな、何処にでもありそうな風景を見て・・・・・・
額に汗を流していた。瞬きの回数が多くなるのを、拍動が速く
なるのを自分でも解った。此処にいる全員に聞こえるのではないかと
焦り始める。どうしてそうなるのか、その理由ははっきりしていた。
雨の私とこの子たちとの接し方に差異がある、と。
なのに、なのに・・・・・頭で理解出来ない。差異が存在するだけで、
私がなぜそこまで狼狽するのかが。
和気藹々と言ったような雨たちの会話。
楽しいそうと――誰もが笑みを零すような三人の会話が、
会話を眺め、
――――喪失感。疎外感。敗北感。
そう言った感情が身体中から、汗、荒い息となって漏れ出る。
苦しい。怖い。恐ろしい。悲しい。今にも叫び出しそうになるのを、
私は必死に理性で抑え込んでいる状態だった。
「高木さん、西尾さん、マギコさん・・・・・みんなともっとお話ししたいって」
―――目の前にしゃがみこんでいた少女の穏やかな声が、そんな微笑ましい
空気を切り裂いた。
「うそ! マギコさんそんなにウチらと喋りたいの⁉」
「いいよいいよ! なにしておしゃべりする?」
雨に向けられていた視線が一気にこちらに降り注がれる。
二人はいきなり会話を中断して困惑する雨を無視して私の方に向かって
来て、喚き立てるかのような、耳が割れんばかりの大きな
声を一斉にぶつけて来る。
じゃあね・・・・・・マギカのマギコさん
立ち上がり際、流れる河のせせらぎの如く穏やかな声音で
私の耳元にそう囁くのが聞こえた。感情など宿っていない、
冷たく、無機質な声だった。
彼女の腕を掴もうと咄嗟に手を伸ばしたが、少女がすり抜けたと
思わせる動作でそれをかわし、何食わぬ顔で雨の方へ
向かって行った。そして、愉しそうにお喋りを始めた。
――――雨、ダメです・・・・・、その子から、離れてください・・・・!
叫ぼうにも、取り囲むように座る少女たちの声が、それをかき消した。
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