新たな門出を祝いたい。それなのに・・・・
それから二日後―雨は、学校に通い始めた。
雨によると、彼女の学校入学の手続きは、思いのほか早く済んだらしい。
何でもユウさんのお母様が、先日の一件をユウさんから耳にし、その日のうちに
彼の通っている学校に話を付けておいたのだとか。しかし、
普段―と言ってもまだ三日しかいないが―は部屋で朝から炊事や洗濯、
午後から私とお喋りしたり、遊んだりしたりしている雨が早起きして、朝ご飯
を流し込むように食べて、着替えて『らんどせる』という赤い鞄を背負って
黄色い帽子を被って出掛ける。「いってきます」と、元気良く言って。
私は「いってらっしゃい」と、雨の―開けた玄関の扉に手を振る。
雨の居なくなった部屋に、食器と脱ぎ捨てられた寝間着、そして・・・・・、
独りの魔法少女。彼女―私は着替えを外の洗濯機に放り込んで、
キッチンで食器を洗う。これは学校に通う前日、雨と取り決めしたことだ。
彼女は明日から、文字通り、すべてが変わる。慣れない生活が続くし、負担も、
言わずと生じる。なら、学校は無理でも、生活面で何か助力出来ないかと、
私は雨に進言した。彼女は「帰ってからやるからいい」と首を横に振ったが、
私は、それでも何か手伝わせて欲しいと頭を下げた。雨はそんな私を見て怪訝な
表情を浮かべたが―だって、耐えられなかったから。何もしない、がらんどうな
一日に。私は雨を〈奉仕〉しに来ているのに何もせず過ごすなんて、まっぴらだ!
皿をスポンジで擦りながら、洗面器に張った水面を見下げた。
其処に、サファイヤのような碧眼を、潤ませる少女の顔が映し出される。
「・・・・・・・、どうして、なんでしょう・・・・・」
と、苦笑して呟く私。
雨が学校に行くのは嬉しい事の筈なのに、私は、そう想えば
想うほど・・・・・口をついて出て来るのは―溜め息ばかりだった。
私自身、どうしてなのか理解出来ずにいた。雨が玄関に向かう時、
部屋で宿題に勤しんでいる時、夕飯の席で、今日はこんな事があって、
だから雨はこうしたと身振り手振りで楽しそうに語る時―私はニコニコ
笑っている筈、なのに・・・・・・どうして、心では深い、溜め息を吐(つ)くん
だろう・・・・・・? どうして今、水面に映っている少女の顔は、どこか、
悲しげなのだろう・・・・・・・・?
蛇口から漏れた水滴が洗面器に落ち、水面が揺れ動き、波紋が拡がる。
ざわめく私の心を、意地悪く・・・・・・揶揄(やゆ)するかのように。
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