優しい人の願い
私が部屋で休んでいると、不意に誰かが扉を叩いた。
私の隣には雨が眠っていて、気持ち良さそうに寝息を立てている。
昨夜、私達はあの騒動のせいですっかり憔悴しきっていたので
早々に寝床につこうとした。すると雨が『一緒に寝たい』と言ったので
私は、物心ついた頃にはもう自分の部屋を宛がわれて独りで寝ていたから、
雨の要求には正直、迷ってしまった。それでも私は、
『いいですよ』と快く彼女の要求を呑んだ。義務感などからではなく、
何だか雨の瞳が『寂しい』と、訴えている様に感じたから。
そんな私の勘が当たったのか、雨は私と布団に入るなり、安心した顔で
眠りへと落ちていった。
また、扉を叩く音が聞こえて来た。もし私が向かったら、雨が起きてしまう
のではという不安から、私は布団から出るか否か迷った。
「・・・・・・・・」
しかし、このまま扉が鳴り続ければ、その音で雨が目を覚ましてしまうかも
知れない。それでは結局同じこと。
私は彼女を起こさないように、そっと布団から抜け出した。一瞬雨がもぞっと
動いて、私はひゃっと、冷や汗を零した。壁に掛かった時計を見ると、今は
朝の五時半。窓から朝日の蒼い光が微かに射している。
「誰でしょう、こんな朝早く・・・・・」
そう呟いて玄関へと向かい、扉の鍵を開けてドアノブを回した。
が、厚い鉄の扉は何故か十センチ位しか開かなかった。
(な、なんでっ・・・・・・!)
すると隙間から扉の前に立つその人影が見えた。
青い服に短パンを履いて、背中には黒く四角い鞄を背負った、私と同じ
背格好の少年。
「貴方は・・・・・・」
それは・・・・・・雨の幼馴染みの、ユウさんだった。
彼は少々驚いた顔色で、私を見ている。
「なに・・・・・してんだよ」
「えっ」
「いや・・・・・・・ドア」
「・・・・・あっ、その、どうしてかこの位しか開けることが出来なくて・・・・」
「チェーン、かかってるぞ」
『ちぇーん』?―それはニンゲンの防御魔法の類であろうか。
ニンゲンもかつては魔法が使えたとは私も習ったが、今もそれは、健在なのか。
「えと、どう解除するのですか?」
「・・・・・まずドアを一旦閉めて」
私の問いに、ユウさんは怪訝そうに眉を寄せて言った。
私は彼の指示通りに扉を引いた。
「それから扉の上に掛かったチェーンを抜いて・・・・」
扉越しからユウさんがそう指示する。私は上を見上げた。
すると確かに、何やら鎖を縮小したようなモノが壁から伸びており、
扉と壁を連結している。
「あの、これの解除法は・・・・・」
「ハァ? 手で抜けばいいだろう」
「え、そんな簡単な・・・・・」
恐る恐る手を伸ばすと、『ちぇーん』の先端の鉄塊は、簡単に手に乗って
そのまま連結器の上から滑り落ちた。ニンゲンの魔法は、我々魔法少女の
用いる魔法よりずっと便利だなぁと、私は感心した。
「開いたか?」
「は、はい」
私の返事とほぼ同じタイミングで扉が開き・・・・・私の鼻頭にぶつかってきた。
「ふあっ‼」
私は痛さと衝撃で素っ頓狂な声を上げた。
「あっ、大丈夫?」
「は、はい・・・・・ご心配、なく・・・・」
私は鼻をさすって返事をした。
「ホントに?」
「ええ・・・・・ところで、今日はどうしたのですか?」
私が尋ねると、ユウさんは恥ずかしがるように頬を指で掻いて、
「いや、そのぉ・・・・・昨日のお詫びを・・・・さぁ」
やっぱり。大体察しはついていたが。魔法少女―フレンシップの無許可〈奉仕〉
の相手はユウさんだと、彼女の口振りからは判っていたし、それでフレンシップが下界にどのような影響を及ぼしたのか、それはエディお姉様との戦闘でも
明確。〈奉仕〉相手だったから彼があの場、もしくはあの近くにいた可能性
だって捨てきれない。
「その・・・・・雨は?」
「今は眠っています」
私の言葉を聞くと、彼は残念がるような、安心したような
顔を浮かべた。
「あの・・・・・宜しかったら上がって行かれませんか?」
「えっ?」
心底驚いたと言ったご様子のユウさん。私が急にこんな事を提案
して来るから、当然と言えば、当然の反応だけど。
「折角いらしたのですから、良かったらお茶も・・・・・」
微笑んで言って来る私に、懊悩するようにユウさんは俯く。その後、
「・・・・・・雨を、起こさないっていうんなら・・・・・」
と、ポツリと呟く。
「・・・・・・・・はい」
実を言うと雨も交え、三人でじっくり話したかったのだが、彼にとって、
これが妥協策と考え、私は気持ちを堪えて、彼の要求を受け入れた。
ユウさんは玄関で靴を脱ぐと、他人の家に侵入する泥棒の様に足を忍ばせ
室内へと入った。その後ろを、必要もないのに私もユウさんと同じく足音を
立てない様に注意を配りながら彼について行った。そして私達は、雨が眠っている
寝室とは隣の居間のテーブルに、向き合う恰好で座った。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
互いに互いの顔を見つめ合って座る私、とユウさん。
流石に・・・・・・・・気まずい。私はこの通り人見知りな性格だから、
男の人とこうして同じ席に座るのなんて初めての経験で―こういった
場では、どういった態度を取るのが常識か、判らない。
ユウさんが私のような魔法少女―と言うか異性との接し方について知っているかは
分からないけど・・・・・
「・・・・・・あっ、お茶! お茶ですね!」
取って付けた様に言って、私はそそくさと立ち上がり台所へと向かった。もうこうして―まるで探りを入れる様に見て来る彼の視線に、正直耐えかねて。
「いいよ」
ユウさんはそう言ったけど、
「いえ、お客様にお茶の一つも振る舞わないのは失礼ですから!」
彼の顔もろくに確認せず引きつった声音で言った後、私はやかんに入った
『麦茶』をコップに注ぎ、ユウさんに出した。
「ああ、どぉも」
彼も私と同じでこういった場に慣れていないのか、お礼を言ったのにも
関わらず、なかなかお茶を飲もうとしない。
ようやく彼がお茶にコップに口を付けた後、
「雨は・・・・怒ってた?」
と、コップに注がれたお茶を見つめて訊いて来た。
「・・・・そんなっ、怒ってなど・・・・・・」
私は両手を振って否定した。しかし、
「怒るのが、普通だろ」
と呟くユウさん。彼の心に呼応するかのように揺れるお茶。
昨日の今日だから、雨が怒っているのか心配するのも
無理ない。
(だからと言って・・・・・!)
「雨は怒っていません。むしろ・・・・・」
「むしろ・・・・なんだよ?」
攻撃的に聞き直してくるユウさんに、私は俯いて呟いた。
「雨は・・・・心配しておられました」
「心配? オレを?」
「はい」
「・・・・・・」
私の一言に黙り込むユウさん。それでも私は続ける。
「ユウは正義感が強いから、今回のことで自分を責めて
いるのではないか、と」
「・・・・・・」
「ですから、もしユウさんが尋ねて来たらと、伝言を預かっております」
「伝言?」
「ええ」
私は俯いた顔を上げ、ユウさんに、まるで自分が雨であるかの
様に、微かに微笑んで、
『雨は大丈夫だから、そんなに心配しないで。ユウの気持ち、
雨、すっごく嬉しいよ』
「・・・・・・・」
ユウさんは、何も言わず、ただ、目を見開いていた。
驚いているのか、嬉しいと想っているのか、それとも他の事を考えて
おられるのか、私には分からなかった。すると彼は、
「なぁ」
「はい」
「お前も、魔法少女なの、か?」
「・・・・・・・はい」
「そっか」
どうして彼がそんな事を尋ねて来るのか解らず、私は頭を捻った。
「あのさぁ」
「はい」
「オレからも一つ、伝言頼めるか?」
「・・・・・・もちろん。何でしょう?」
私は笑顔交じりに要件を伺った。彼は照れくさそうに唇を動かして、
こう、伝言を残した。その後すぐに、彼は部屋を後にした。
「誰か来たんですか・・・・・?」
私が寝室に戻ると、雨が眠そうに瞼を擦りながら布団の中から尋ねた。
「雨、ユウさんが雨に」
「ユウが、来てたの?」
「あっ、起こした方が、宜しかったですか?」
「・・・・・・ううん」
雨は小さく首を横に振った。
「それで、ユウが雨になんて・・・・」
私は少々間を開けた後、ユウさんの伝言を、雨に伝えた。
『昨日はゴメン、雨に迷惑かけて。オレ、おじさんやおばさんがいなくなった
時、独りになったお前がすごく心配で。フレンシップ、偽物でもいいから
おじさんとおばさんが帰って来たら、あいつも元気になって学校行くように
なるんじゃないかって言って来て、つい、あんなこと・・・・・・
本当、ごめんなさい。こんな事言う権利なんてオレにはないけど・・・・・・・
・・・・・・・・・学校、来てよ、雨。オレ、雨がいないと・・・・・・・・・
つまんないから、さ。だからお願い、学校、一緒に行こう』
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