雨降りの一歩は小さいようで大きい

最初雨が、『外へ出なきゃダメ?』って訊いて来た時、

私は、これは好機だと思った。

これまでの言動等を振り返ると、彼女は今まで自立的に部屋から出ようとしようとしなかったのは明確だったし、それに関して特に疑問も感じていないようだった。それでも、ニンゲンも、私達魔法少女も何時かは『逃げ』という名の殻を破らなければ・・・・・・一歩を踏み出したくても踏み出せない。

私は過去の経験から、それを学んだ。肝心なのは、本人がそれを実行に移そうと

するかどうかだ。雨には、その兆候が僅かながら出ていた。

だから私は、嫌がる雨を半ば強引に、部屋から連れ出した。

『やっぱり嫌です! 外に出るなんて』

腕を掴まれて駄々をこねる雨は、さながら冬眠中無理やり穴ぐらから

引っ張り出される子熊を連想させた。

そんな雨を私は無視して、

『そんな我がまま言わずに、外の方が気持ち良いですよ!』

私は彼女に微笑んで言ったけど、それに雨はふてくするように

顔をしかめた。まぁ、当然と言われれば当然の反応かもしれない。

だって外は・・・・・・信じられないくらいに雨が降り続いているから。

まさかさっきまであんなに晴れていたのに、このタイミングで土砂降りとは

・・・・・・・・

『それにほら、お外には沢山人もいてリフレッシュ出来ますよ』

引きこもった者は、嫌でも人見知りを誘発してしまうから、雨には一人でも

多くのニンゲンと接してもらった方が、心が覚めると考えたから。だけど、

『こんなザーザー降りの中好き好んで外に出てくるひとなんかいませんよ!』

雨の指摘は恐ろしい程に的を射ており、私は一瞬でも出直そうとも

考えてしまつた。もちろん、雨からは傘を二本拝借して来ましたし、

濡れることはまずない、と思うのですが・・・・・・・

「で・・・・・・マギコ」

「ハイ!」

「・・・・・・・・・・・雨は、誰と話せってゆーんですか?」

私達二人は、マンションから少し歩いた所にある空き地に到着した。

当初は公園でも良いとも考えたが、いきなり雨を大勢のニンゲンの元へ

連れていくのは流石に難があると思い、私はその道中にある空き地を目指した。

ところが意外、空き地には・・・・・・誰もいなかった。ただ積まれた煉瓦と、

大きな水溜りがあるっきり・・・・・・・何故! 此処は空き地では⁉

「・・・・・・・・私とおしゃべりしますかっ?」

「それじゃさっきと変わらないでしょ!」

うっ・・・・・・・確かに。傘を差しながら、雨が横目で私を睨む。

その瞳は呆れと、軽蔑に満ちて私の頬に突き刺さってきた。

「とっ取りあえずあそこで雨宿りしましょう!」

私は空き地の隅を指さして言った。其処には山積みになった煉瓦の隣に

青い布が細い木の棒が支柱になって小さな屋根になっていた。

私が其処に駆け出すと、小さなため息を吐いて雨もついて来た。

入ってみると、見た目とは裏腹に中は広く、しっかりと雨粒を防いでいた。

パタパタ音を立てながら降り注いで来る雨。水が溜まっているのか、中心は

大きく窪んでいた。今にもそこから水溜りが溢れ出て来そうで、私は肩を

震わせた。

「雨・・・・・・・」

「なんですか?」

呆れたように唇を尖らせて隣でしゃがんでいる雨が尋ねて来た。

「あっ、済みません。『雨』じゃなくて『雨』が降っているなぁ~と思いまして

・・・・・・・・・」

「水の粒じゃなくて、雨が空から降ってきているってことですか?」

「そそそっ、そんな訳ないじゃないですか!」

思わず、空から無数の雨が空から笑顔で降ってくる光景を想像して、

私は直ぐに頭を振ってそれをそんな妄想をかき消した。

「はぁ、こんなことなら、部屋にいた方が、まだマシでした」

「・・・・・・・・・・・・・・そうですね」

「マギコが外行こうって言ったんじゃないですか!」

「えぇ~、雨のほうでしょ!」

「マギコ‼」

「雨‼」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

言い争っている筈なのに、何だかそれが可笑しくなってきて、私達は

お互いの顔を見合って笑いあった。すると向こうから、ベビーカーを転がした

若い女の人が、両手に買い物袋を提げて空き地に入って来た。

恐らく、買い物帰りで手と足が疲れて休みに来たんだろう。

「あら、ここは満配ね」

私達の所に近づいて来て、女の人は傘を器用に差しながら笑顔で呟いた。

「あの・・・・・・・良かったら入りますか?」

そう声を掛けたのは・・・・・・・・私ではなく雨だった。

「いいの?」

「・・・・・・・・はい」

照れを隠すように俯いて言う雨。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

女の人とベビーカーが入っても、雨宿り場はまだ余裕があった。

彼女はベビーカーのポケットからタオルを取り出し、体を拭き始めた。

「ごめんなさいね、お姉ちゃんと仲良く雨宿りしてる所を邪魔しちゃって」

「いえ・・・・・・お姉ちゃんじゃない、です」

「えっ、てっきりお姉ちゃんかと」

可笑しそうにクスクス笑う女の人。私達は、そんなに姉妹に間違われる程

似ているのか。すると突然、カッパを着込んだベビーカーから小さな喘ぎ声が

した。

「あらっ、起こしちゃったかしら」

女の人がカッパを脱がしてベビーカーの屋根を畳むと、中では水色のフード

付きのベビー服を着た男の子が、可愛らしく足をばたつかせていた。

「あっ、赤ちゃんだ」

雨がうっとりした顔で呟くと、

「もう赤ちゃんじゃないもん。ちゃんとひとりで歩けるもん」

赤ちゃんが喋った⁉ それもしっかりとした言葉で!

だけどそれは、後ろでお母さんが赤ちゃんのフリをして言っているだけ

だった。ああ・・・・・・・ビックリしたぁ・・・・・・・

「もしかしてマギコ、この子がしゃべったって本気で信じちゃいましたぁ?」

「まっ、まさかぁ!」

「うふふ、歩けるってのは本当よ」

するとベビーカーから赤ちゃん(歩けるから違うのかなぁ)が出てきて、

たじろく私の元へ覚束ない足取りで向かって来た。私が黙ってそれを見つめて

いると、まるで石に躓いたかのように、男の子は私に倒れこんできた。

「まだ、ちょっと練習中だけど」

微笑んで言うお母さんと、

「マギコいいなぁ、その子に気に入られて」

羨ましがるように―微笑ましそうに呟く雨。

「そ、そう、でしょうか?」

私が視線を落とすと、男の子は綺麗な瞳を真ん丸くして、こちらを

見上げている。必死に私の裾を、小さくも力強く掴んでいる。

(私も幼い頃、こんな風に・・・・・・お母様やお姉様方に・・・・・・・)

私は男の子の下にしゃがみこんで、

「これが雨です、これが雲です・・・・・綺麗ですか?・・・・・・

・・・・・・私は、綺麗だと思います。貴方には、どう映っていますか?」

流石にまだ一歳かそこらの子には難しかったのか、男の子はポカンと言った感じに私を見つめてきた。

「マギコ、なにをきいてるんですか?」

「いやっ、そのぉ・・・・・・昔、誰かにこんなことを訊かれたような気が

して・・・・・・・」

本当に何を訊いているんだ私は・・・・・・!

「・・・・・・綺麗と思っているよ」

男の子のお母さんが、笑顔でそう言ってくれた時、私は、何だか嬉しい気持ちに

なった。

「そう・・・・・でしょうか・・・・・」

本当は、有難うございますって言いたかったけど、それが恥ずかしくて・・・・・

・・・・・私はそう言う事しか出来なかった。

「じゃあ、バイバイ」

そう言い残すと、お母さんと男の子(手はまだ上手に振れないから代わり

にお母さんが)は手を振って私達の元を後にした。

「どうしましたか? 雨」

二人の背中を、何だか辛気臭そうに、雨は見送っていたから、私が尋ねてみても、

「なんでもない」

と、彼女は前を向いて言うだけだった。すると、親子と入れ違いに、今度は

二人の男女が空き地に入ってきた、

「雨なのに、今日は空き地に訪れる方が多いですねっ」

可笑しそうに笑って雨を見ると、彼女は目を大きく見開いて、こっちに向かって

来る、夫婦と思われる男女を見ていた。やがて二人が私達の前に立つと、

「雨」

「雨ちゃん」

え・・・・どうして・・・・・・雨の名を・・・・・・・?

「・・・・・・・パパ・・・・・・・・ママ・・・・・・・・・?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る