第一印象=魔法少女⁇
「・・・・・・・どうぞ」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・飲まないん、ですか?」
そんなこと言われても、真っ暗な部屋の中で、見知らぬ女の子から
見知らぬ部屋で、お茶を御馳走されるのなんか初めてで、どうしたら良いか
分からない。ここは多分、この子の部屋なのだろう。床には花柄の絨毯が敷かれ、
部屋の隅には、まるでお人形が寝るような小さなベッドが置いてある。
素朴ではあるが、中々可愛らしい内装に私は見惚れた。
「どうしたん、ですか?」
余所余所しく、目の前に座った女の子が尋ねて来る。
私とその子は、白い円形の、おままごとで使われるようなテーブルに、
お互い向かい合って座っている。すごく・・・・・・気まずい。
まだ出会って三十分くらいしか経っていないのに、目の前の女の子は
怖いくらいに社交的、しかも自分の部屋の天井からいきなり現れた
わけわからない少女に茶まで振舞っているし・・・・・・・・
あれっ? まさかこの子・・・・・・・・怯えてる? いきなり現れた
私に。まぁ、それが当たり前の反応だが。ああ、だからお茶なんか出したのか!
私は、ようやく合点がいった。
しかしそう考えると、私は彼女に対し、酷く申し訳ないことをしている
ように思えてきた。どこの誰か判らない。自分にとって脅威かも判らない。
ならせめて、それを探るのも兼ねてお茶を出してみよう――彼女は恐らく、
そう考えたはずだ。それなのに私ときたら、ますます硬直して、彼女を
凝視している・・・・・・・・・怯えて当然だ。
「いっ、いえ! あっ、これは何という茶葉ですか?」
私は持てる力総ての笑顔で、テーブルに置かれたTカップを持ち上げて訊いた。
「茶葉・・・・・・・・・・」
「そうそう、匂いも独特で、私、恥ずかしながらそれに疎くて・・・・・・」
苦笑で頬を掻きながら自虐する私に、目の前にチョコンと正座している女の子は、
「・・・・・・・・茶葉って・・・・・・・なんですか?」
と、目を瞬かせて聞いていた。その問いから察するに、この子は
『茶葉』というワード自体知らないといった感じだった。
ああ~~やってしまったぁ! 恰好から私と大差ない年齢と思ったが、
どうやらそれでも、私と彼女とは、教養の量が異なっていたようだ。
・・・・・・・・そんなこと思ったら失礼でしょ私‼
(もっと、この子に合った聞き方をしなければ・・・・・・!)
「しっ、失礼しました。えっと・・・・・・こ、これは何というお茶なのですか?」
「麦茶」
女の子はあっさり答えた。
麦茶・・・・・・・・・・・・聞いたことない茶葉だ・・・・・・
(ど、どうしよぉ~~・・・・・・・)
取り合えず、飲んでみないことには何も始まらない。
「い、頂きますね!」
私は両手でカップをしっかりと支えて持つと、中に注がれたお茶をずずずっと
口へと運んだ。おいしい?―と聞かんばかりに女の子が顔を覗き込んでくる。
「ここ、このお茶、香りも独特で・・・・・・あ、味わい深いですね!」
全力笑顔で評価する私に、意味不明と言った感じに目をぱちくりさせる女の子。
(もぉ~~どうしたらいいのですかぁ~~~!)
途方に暮れて半分泣きそうになる私。すると、
「おいしい、ですか?」
と、女の子が訊いてきた。
「と、とても!」
反射的に私がそう言うと、女の子の表情が微かに緩み、嬉しそうに微笑んだ。
あ・・・・・・・・・可愛い・・・・・・!
「上手ですね。お茶を淹れるの」
「この間、お母さんが・・・・・教えてくれたから」
褒められたことをはにかむように、女の子は俯いて言った。
少しでも心を開いてくれたと思い私は安心して、彼女が淹れたお茶を
ゆっくり堪能出来た。仄かに甘い香りがする、優しい味わいの『ムギチャ』。
「大変美味しかったです。有難うございます」
飲み干してカップを置いてそう言うと、女の子は部屋を飛び出し、
暫くすると、彼女は両手に沢山包みを抱きかかえて戻って来た。
「お菓子もあるので、良かったら・・・・・・」
「いっ、いえ。お気持ちだけで十分ですよ」
本当は・・・・・すごく食べたかった。だけど、他人様で、
たとえ出されたとしても、無闇やたらに食べたり飲んだりするなと、
エディお姉様から強く申し付けられていた。だから私はそれを何とか堪えて、
やんわりと断った。それに私が食べてしまうと、彼女も食べてしまう、と思う。
部屋が暗いことから、恐らく今は夜だろう。子供がそんな時間に菓子を
食べるのは身体に毒だし、眠らなくなる可能性だってあるから。
それでも彼女は、折角私の為に持ってきたのに、断られて、少し悲しい顔をした。
(なんとかしなくちゃ・・・・・・!)
「あっ、私まだ自己紹介まだでしたね! 私、マギコと申します。
差し支えなければ、貴女のお名前を教えてくれませんか?」
ここは、互いに自己紹介し合い、そこから会話を膨らませる方が自然体だろう。
女の子は若干戸惑っている様だったが、やがて、菓子を戻しに行きテーブル
に再び正座しなおすと、
「・・・・・・・宇崎・・・・・雨・・・・・です・・・・・」
ウサキアメ・・・・・・・変わった名前だなぁ。ここは、それを褒めるべきか。
それとも、それには触れないでおこうか・・・・・・・私は長考の末、
(止めておこう。もしかしたら本人は、自分の名前を気にしているかもしれないし)ならここは・・・・・・
「ここは、雨の部屋ですか?」
訊いてすぐ、私は後悔した。 こんな小さな女の子がこんな真夜中に自分の部屋以外何処にいるってのよぉ! 私のバカバカッ‼
「はい」
当然すぎる回答になんて返したら良いか、逆に悩みます・・・・・・!
「そ、そーですか・・・・・・可愛い、お部屋ですね!」
雨は黙って、仏頂面で私を見つめている。ああ、会話が全然弾まない!
もっと盛り上げたいのは山々だけど、長いこと誰かとこうして向かいあって
会話したことないし・・・・・・・最近向き合ってしたことと言えば、
エディお姉様から受けたお叱りばっかりだったし・・・・・・・
私姉妹の中で、ずば抜けて人見知り激しかったし・・・・・・・・・
などと私が縮こまっていると、雨が、
「雨からも・・・・・聞いていい?」
「なっ、何でしょうか?」
まさかの質問返し! 私はホッと胸を撫でおろした。そして飛び込んで
来た質問は、
「マギコは・・・・・・ヨーセイさん?」
何ですかその質問!!! なんて答えるのが正解ですか⁉
「どーして、ですか?」
「だって、天井から降ってきたから」
確かにそれは、私をニンゲンではない別の“何か“と思う一つの要素かも
知れない。だけど、それでもやっぱり解らない。何故彼女が、私を妖精と
勘違いしたのか。すると雨は続けて、
「それに昨日・・・・・・にゅーし抜けたし」
え、にゅーし?―それは、『乳歯』が昨日抜けたということ?
しかし、昨日抜歯して、それをマギコ妖精説とどういった関係が・・・・・
「マギコは、にゅーしの妖精さん?」
まるで私の答えを期待するように、雨は瞳を輝かせて尋ねてきた。
にゅーしの妖精、にゅーしの妖精・・・・・・ああ、そう言えば欧米辺りで、
乳歯が抜けた次の日に、その子の元に妖精が訪れてくる、というのを
聞いたことがある。雨もそれを何処かで耳にして、それで私を妖精と
勘違いしたんだろう。
「いえ、私は妖精ではありません」
「じゃあ、なに?」
「私は、魔法少女です」
「・・・・・・・・・」
ぽかんと口を開けて、雨は固まった。まあ、いきなり目の前に現れた
謎すぎる少女がこんなこと言ったら、混乱するのが道理だろう。
「ま・・・・・・ま・・・・・・マホーショウジョ!!?」
テーブルから思い切り乗り出し、雨は私の顔をまじまじと見つめてきた。
えっえっ、何なに⁉ 突然の彼女の変化に混乱してたじろく私に雨は、
「マギコ本物の魔法少女ですか⁉ ホントに魔法少女ですか⁉」
「えっ、ええ。そうですよ」
勢いに押されて、私は苦笑いで応えた。
「魔法とか使えちゃうんですか⁉」
雨がさらに食い入るように訊いて来る。
「それはもち・・・・・」
言いかけて私は、そのまま口を開けて固まった。勿論私は
魔法少女。それは幾ら我がままな神様が怒鳴ったって変えようの
ない真実。だけと私は・・・・・魔法少女であって、魔法少女では
無かった。此処でゆっくりまったりお茶を飲む数刻前、私はアリカお姉様から、
『マギコはもう魔法少女じゃないヨ』宣告を受けていた。
だから私は現在魔法の力は〈組合〉に根こそぎ没収されているし、それは魔法を発動させるステッキも、例外では無かった。
「もち・・・・・・なんですか?」
続きの言葉をなんて言えば良いのか判らず、頭の中が真っ白になる。しかし、
(さっきまでの余所余所しい態度はどうしたんですかぁ〜〜‼)
女の子が魔法少女と名乗る者を目のあたりにして興奮するのは納得出来る。
だがしかし、雨の其れは、まるで人格が入れ替わったと思わんばかりの変わり
ようだった。なら、ここは彼女の気を逸らすのも兼ねて!
「雨は、御好きですか? 魔法少女」
「はい! 一度でいいから会ってみたいとずっと待っていました!」
彼女の答えに、私は血の気が引いた。想像以上の答え。
雨は魔法少女が好きなどころか、その、いるかいないか確かめようがない
魔法少女を・・・・・ずっと待っていた‼
私は、目の前でうっとり私を見つめる彼女が・・・・コワい。
「それで・・・・・もち、なんですか?」
しかも全然逸らせていないし!
ここは如何するのです⁉ 考えなさいマギコ!
私は誇り高い魔法少女の姉を二人も持っている、故に私にも、お姉様と同じ血が
流れている。それ即ち・・・・・私は如何なる時でも決断出来る子、ということ
に他ならない証! さぁ考えるのです! こう言う時は、こう言う時は・・・・・
「もっ、もちろん! 私魔法使えますよ!」
私は上ずった声で・・・・一番ついてはいけない嘘をついた。
ですが・・・・・他にどうしろと仰るのですか⁉
ここで『本当は使えません。御免なさい』と謝った所で夢と期待を木っ端微塵に
打ち砕かれた純粋無垢な女の子が私を素直に許してくれると御思いに⁉
そんな訳ないでしょう! 絶対怒りますよ。泣きますよ!
最悪追い出されますよ‼ この寒い冬の夜に。
そうなったら私、本当に魔法使えるようになる前に、死にますよ・・・・
ですからこの場は私・・・・・・彼女の為にも、この嘘は
必要なのです。と、尤もらしい言い訳を心中で連ねている私に、
「じゃあ、何か一つやってください!」
と、雨がおねだりしてきた。
早くも・・・・・・嘘がバレそうだった・・・・・
私が人間界に堕とされて、一時間ちょっと。
誰に〈奉仕〉するのか、彼女は今回の私とどのような関わりが
あるのか判らぬまま、私は・・・・・・最大の危機を、不覚にも自分で招いていた。
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