第21話 しんぼうたまらん
「どうしたでござるか?」
黒猫が布団から這い出て来た。いたのかよお。なんというタイミングの悪い。
「あ、クロ……少しだけ席を外してくれないかな?」
「ん、ゆうちゃん殿……」
クロは俺の様子を眺めると顔をそらし、ハアハア言い始めた。
そこまで分かるなら、察して部屋を出て行ってくれないか……俺の羞恥心が刺激されるうう。
「そ、そういうことでござるか……わ、吾輩を……」
クロは首を振ってイヤンイヤンとすると、白い煙があがって銀髪に褐色の肌の猫耳少女の姿に変わる。
ま、待ってくれ。今の状態で裸の猫耳少女はまずい。ペタン座りをしているから、いけない部分が丸見えだぞおお。胸は銀色の髪の毛で隠れてはいるけど。
「ク、クロ……いいから、そういうのはいいから……」
「わ、吾輩、このまま、ゆうちゃん殿に。あああ、ゆうちゃん殿ぉおお」
「生えてない、ち、違う! 落ち着け、俺……じゃない、クロ!」
今日もクロは絶好調だな。妄想モードに入った彼女はゴロゴロと転がって、隅っこのほうで体を丸めて悶え始めてしまう。
俺に背を向けているからまずい部分は見えないんだけど、悩ましい声が聞こえて来るし、時折体をビクビクと振るわせるものだから……たまらん。
相手はクロだ。分かっている……だが、もうゴールしてもいいよね俺……
フラフラとクロの方へとにじり寄ったその時、計ったように扉の外から声がする。
「勇人くん、お客様の予約が入ったの!」
咲さんか、ここにきて咲さんなのか。クロがハアハアしているところを見られたくないし、外に出るしかないか。
しかし、俺のアレは絶賛戦闘モードになっているんだが……
「咲さん、伝えに来てくれてありがとう」
扉を開けた俺は、扉のところで咲さんにお礼を言うと、この後どうしたものか考え込む。部屋に戻ればクロがいるから戻れない。
しかし、興奮は収まらない。ト、トイレしかないか。
「ん、勇人くん、なんだか顔が赤い?」
咲さんは俺の額に手を当てると、そのまま自分の額を俺の額に引っ付ける。彼女の体温は低いからひんやりして気持ちいいが、ち、近い、近いってえ。
こんな時に限って咲さんが密着してくるものだから、当たったらダメなところが当たりそうだあ。
このままだと押し倒してしまうぞおうおう。あああ、自分でも酷い奴だと思う。さっきまでクロに襲い掛かろうとしていたが、今度は咲さんを……。
「だ、大丈夫だよ」
俺はなんとか言葉を絞り出し咲さんから額を離す。ぬおお、彼女が夢うつつな目でボーっと俺を見つめている。そ、そんなに見つめないでくれるかな。咲さんの神秘的な緑の瞳はいつ見ても吸い込まれそうだ。
「勇人くん……」
咲さんはうつろな目のまま俺の名を呟いた。何か我慢しているようにも見えるけど……
「咲さん、大丈夫?」
「あ、ああ、ごめんね。勇人くん、勇人くんの気力がすごく高まっていて……つい……吸いたくなっちゃった」
咲さんは頬を紅潮させ、俺に謝ると距離を取る。そ、そうか、俺がいま興奮状態だから、咲さんにとっては気力が高まったように見えて吸いたくなっちゃうのか。
「咲さん、俺が倒れない程度になら吸ってくれてもいいよ」
これしかない。吸われて終了ってのはとても残念だけど。この状況を乗り切るには、致し方ないだろう……
「え、いいの?」
「うん」
咲さんは満面の笑みを浮かべて、俺の首に手をかけると目を瞑る。興奮していることもあって、このシチュエーションにはいつも以上にドキドキしてしまう。
俺は必死に彼女を押し倒そうという衝動を抑え込み、拳を握りしめることで耐える。耐えるううう。
分かっているさ、咲さんはそんなムーディな気持ちじゃないってことくらい。でも、でもお、咲さんが頬を赤らめて唇が触れそうな距離で目を瞑っているんだよ。これで何も思わないとか無いだろう!
俺も目をつぶり、咲さんにそっと唇を寄せ、彼女にキスをすると彼女は俺の頭を撫でて唇を押し付けてくる。お互いの口が開き舌が……
あー、急速に興奮が収まって来る。
咲さんが唇を離すと、俺の興奮はすっかりなくなっていた。さっきまでの俺はなんてやましいことばかり考えていたんだ……これだから男ってやつはダメだよねー。ふふん。
「ありがとう、勇人くん」
「ううん、咲さんのお陰でなんだか頭が冴えてきたよ!」
俺は咲さんにお礼を言うと、後でロビーに行くと告げてから部屋へ戻る。
部屋の隅ではまだクロがハアハア言っていた。
「クロ?」
「ゆうちゃん殿ぉお」
俺の呼びかけに振り返ったクロは顔を真っ赤にして銀髪が乱れ、潤んだ瞳で俺の名前を呼んだ。
さっきまでの俺なら、目のやり場に困っただろう。しかし、今は違うぞ。
俺はクロに近寄ると、彼女を抱きかかえ布団に向かう。
「ゆうちゃん殿ぉお。こんな拙者を見て何も思わないのでござるか?」
勝手に興奮している自覚はあったのか……分かっていても妄想の暴走を抑えることができないのかな?
「少し困ったけど、嫌ではないよ。落ち着いて来たようだし、少し寝るといい」
「ゆうちゃん殿ぉお!」
クロが俺にしがみ付いてくるが、裸で抱きつかれて胸の感触が感じられても今の俺は大丈夫だ。ははは。どんなもんじゃーい。
大人の対応でクロを布団に降ろすと、上布団をかけてやる。
俺は寝転んだクロの銀色の長い髪を撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。
そのまましばらく撫でていたら寝息がしてきたので、俺はそっと彼女から離れると椅子に腰かける。
さっき、突然興奮状態になったのはきっとこの牛乳のせいだと思った俺は、牛乳瓶を手に取り何か書いてないか見てみたが残念なことに何も書いていない。
お、牛乳瓶の蓋に何か書いてあるな。俺はテーブルの上に置いたままになってあった蓋に書いてある文字を読んでみる。
蓋には「うっしーの牛乳」と書かれていた……赤牛の牛乳ではなく「うっしーの」牛乳か……まさか、あのホルスタインを絞って。
あのバカ牛めえええ。なんちゅうもんを「おまけ」に入れやがったんだ。今度会ったらただじゃおかねえからな!
俺は憤る心を全てあの牛女子にぶつけ、留飲をさげる……さがるわけねえだろお!
あ、咲さんが待っているのを忘れてた。すぐにロビーに向かわないと。
◆◆◆
「咲さん、お待たせ」
「ううん、今度のお客様は明後日にくるわよ」
「おおお」
「家族連れでいらっしゃるの。楽しみだね!」
「うん、週に一組くらいのお客さんが来るようになってきたし、これからもっと増えるはずだよ!」
「勇人くんが頑張ってくれたからだよ! ありがとう、勇人くん」
「いやいや……みんなの頑張りと、もともと朧温泉宿は施設も抜群だしね」
「何か思いついたいい施設があったら言ってね。親父さんと骸骨くんが作ってくれるから!」
「う、うん」
すげえな……あの二人。咲さんの言葉から推測するに、この温泉宿は親父さんと骸骨くんで建築しちゃったのかもしれない。
「あ、勇人くん、私はこれから冷蔵庫に行くね」
「んん、手伝うよ。牛もカニも大きいからさ」
「運んだりするのは骸骨くんがやってくれるの。私は冷凍のお手伝い」
「おお、それってまさか……魔法?」
「うん」
「咲さん、見せてもらってもいいかな!」
「うん! もちろんよ」
魔法、魔法かあ。クロのちゅーしかみたことがない
俺としては、ゲーム的な魔法を見てみたいのだ。
咲さんの魔法はどんなんだろう。期待が高まるぜ。
俺は咲さんと手をつないでキッチンの奥へと歩を進めたのだった。
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