16 罪には罰を、謎には答を

 さいわいな事に、リコ先輩は死なずに済んだ。

 どうやら植えこみがクッションになったおかげで、奇跡的に助かったらしい。経過も良好のようで、私は本当に胸を撫で下ろした。

 しかもそのおかげで、リコ先輩の悲鳴は突き飛ばされた瞬間にあげたものだったと本人に確認が取れたため、私の無実も証明された。

 ――そして迎えた日曜日の朝。

 私はみんなの前で犯人を暴くべく、事件の関係者全員を呼び集めた。

 もちろん入院しているリコ先輩を外に呼び出すわけには行かないので、集合場所は病院のリコ先輩の個室だ。

「――本日はお呼び立てして申し訳ありません」

 全員がそろったのを確認して、私は重々しく口を切った。

 私とリコ先輩以外で集まったのは、いっき、愛子、ユイさん、庵先輩、真理亜先輩、柴皮先生。

 それからこの場には、捜査一課の刑事である私のお父さんにも同席してもらった。お父さんが病院側の許可を取ってくれたおかげで、この病室にみんなを集めてもいい事になった。

 ――なお、スフィーはナイロン製のバッグに入れて私が持っている。

 当然動物を病院に入れるのは禁止なのだが、スフィーの指示を受けられないのは流石にまずいので、手荷物を装って隠し持ってきた。

 パイプの丸椅子が全員分用意されていたので、私はみんなが見渡せる病室の隅に陣取った。

 そして膝の上に、スフィー入りのバッグを載せる。不思議な事に、それだけでなんだか心が落ち着いた。あるいは肝が据わったと表現したほうが適切だろうか。

「――皆さんご存じの通り、今回お集まりいただいたのは事件の解明……即ち今まで起こった全ての事件の真相と、その真犯人を暴くためです」

 私がみんなを見据えてそう告げると、いきなり柴皮先生が口を挟んだ。

「日根野さん、それは当てずっぽうではなく、本当に確かな犯人がわかった――ということかしら?」

 私が頷くと、柴皮先生は厳しい口調で続ける。

「自分の父親とはいえ警察の方まで同席させた上で他人を犯人呼ばわりする以上、いい加減な告発をした後で『間違いでした』、『濡れ衣でした』では済みませんよ? それは冗談では済まされない、とんでもない行為です」

 柴皮先生は一度にそうまくし立て、一息ついてからさらに付け加えた。

「探偵ごっこのつもりなら、今すぐにやめるべきです。今なら謝ればみんな許してくれるでしょう」

 私はそれにゆっくりと答える。

「――私の仲間達は、これまでずっと犯人に狙われる危険を冒して捜査を手伝ってくれました。もちろん私も、正体を暴くのに失敗すれば殺される覚悟で犯人を追い続けてきました。また力及ばず、死なせてしまった方もいました。私は今日、それら全ての責任を背負った上で、自信を持ってこの場に臨んでいます」

 その言葉が嘘でない事を信じてもらうため、私は丁寧に一人一人の目を見つめた。

 そして全員の瞳に私の意志と覚悟を伝え終えたのち、私は冷たい声で言った。

「私は今日、冷酷な犯行計画に基づいて人を殺しておきながら、未だ罰を受けずにこの場にいる殺人鬼を断罪するため、ここにやってきたのです」

 その言葉で、ようやくみんなこの場に殺人鬼が同席している事を意識したようだ。

 わずかに残っていたゆるんだ雰囲気が消え、みんな盗み見るように互いの様子を窺い始めた。

 病室内に満ちた疑惑の空気の中、私は静かに語り始めた。

「皆さん、最初の生首事件から考えて、一番実行が困難な犯行は果たしてどれでしょうか? それを考えれば、自ずと答えは出ます」

 私の問いかけに、真理亜先輩が口を開く。

「――第一のムツ生首事件、第二の阿武戸あぶと殺害事件、第三のリコ突き落とし事件……この中でって事ね?」

「はい、その三つの中で」

 私が答えると、愛子が少し考えて言った。

「部室に生首が置かれた事件も実行が難しいですが、そもそも『犯行が可能な人物』すら存在しない事件がありますね。ひねりさんの問いの答えは、恐らく最後に起こった『突き落とし事件』かと」

 私は頷いて言う。

「その通りです。しかし皮肉なことに『犯人でありうる人物』が少なすぎたゆえに、逆に犯人が特定できてしまったのです」

 そこで庵先輩が待ったをかける。

「おいひねり、ちょっといいか? もちろん犯人も大事だが、あんな状況で一体どうやってリコを突き落とせたのかも解ったのか?」

 いっきもそれに同調して言った。

「そうそう、あれは犯人が誰であれ犯行方法自体が存在しないよね。不可能だよ」

「――方法だけであれば、一つの仮説として存在はします」

 二人の疑問に対し、私はそう答えた。

 するとみんなが一斉に説明を求めてきたので、私はその方法について解説することにした。

「――まず犯人は最初からあの教室内に隠れておき、リコ先輩が窓際に行った時を狙って背後から突き落とします。そしてすぐさま入口脇の壁に張りつき、私と愛子が教室に入ってきた瞬間、反対側の入口から素早く廊下に出ます。これが『入れ替わり脱出説』です」

 この説がスフィーの言っていた『二つの方法』のうちの一つだ。これと『ひねり犯人説』だけが、突き落としを実行できる方法だった。

「そっか、ひねりすごい! これで誰が犯人でもおかしくなくなったね!」

 いっきの絶賛に、私は返事に困ってしまう。

 しかもこの推理だと最有力容疑者は、教室の近くで真っ先に鉢合わせたいっきになってしまうのだが……。

「――無理ですね」

 さいわい愛子が先に言ってくれたので、私は頷いた。

「そう、無理です。あの教室内はガラガラで何一つ物が置かれていない状態で、窓にもカーテンすらついていませんでした。もし犯人が潜んでいたなら見落とすことはないでしょう。一番最初に入ったリコ先輩も、当然教室内を見回したはずです」

 ベッドの上のリコ先輩がその言葉に頷いたので、私は話を続けた。

「扉も横開きのスライド式で、蝶番ちょうつがい式ドアの場合存在する死角もありません。つまり犯人が教室内に初めから姿を隠しておくのは無理なのです」

「でもそれだと、やっぱり実行は不可能ってことになるんじゃないの?」

 いっきの言葉に、私はあっさり頷く。

「そうですね。不可能です」

「ひねきち、馬鹿言ってんじゃないわよ! 不可能な事がなんで起こるのよ?」

 その返事が無責任に聞こえたのか、ユイさんが怒り出す。

「――ところが、この事件を起こす事自体は不可能ではないのです」

 私はそう答えると、例の一節を引用した。

「『あとは最後の一人を殺せばこの事件は終わりを告げる』……」

「――あの最後の予告状ね」

 真理亜先輩がぽつりと呟く。

「そうです。この『最後の一人』とはリコ先輩のことでした。ですが、なぜリコ先輩が『最後に死ぬ人物』でなければならなかったのでしょうか?」

 私がそう疑問を投げかけると、ユイさんは不機嫌そうに言った。

「アタシが徹底的に調べ上げたけど、リコ先輩は事件と何一つ接点がなかったわよ。あんたにも伝えたわよね?」

「もちろん聞きました。ユイさんも調べた通り、リコ先輩は事件はおろか、その関係者とすら接点がない、いわば『』が全く繋がっていないはずの人物でした。それが予告状まで書かれた上で、最後の標的に指名されたのです。そうである以上、リコ先輩は当然今回の事件に重大な関係があるはずです」

「重大な関係って?」

 いっきが不思議そうに尋ねる。

「重要関係者でありながら、これまで全く浮かび上がってこなかった立場……それに当てはまる、残された『関係』はたった一つです」

 そこで私は一度言葉を切り、みんなに問いかけた。

「皆さん、事件の相関関係の中で、重要人物にもかかわらず未だに抜け落ちたままのパズルのピースはどれでしょうか?」

「まさか……」

 愛子が青ざめて言う。

 私は頷き、静かに告げた――愛子ではなく、『犯人』を見つめながら。

「そう……全ての事件を終えたのに、最初から最後まで消えたままだった人物――それは『首盗り鬼』ただ一人です。即ち、姿なき殺人鬼の正体――それは、リコ先輩だったのです」

 水を打ったように静まり返る病室。

 ただ視線だけが、リコ先輩に集まった。

 しばらくして、いっきがようやく口を開く。

「それ、自分が自分を突き落としたとでも――あ……」

「そうです、リコ先輩は突き落とされたのではなく、自ら飛び下りたのです」

 私はリコ先輩を見つめて続ける。

「最後のあの事件はリコ先輩以外には実行不可能でした。あの状況では、誰もリコ先輩の背後に忍び寄って突き落とす事などできないからです。それは言いかえれば、『あの事件の犯人は、リコ先輩でしか有り得ない』という事になります」

 しかし、いっきは腑に落ちない様子で言った。

「でもなんでリコ先輩がそんなことするの? しかもたとえ植えこみを狙って飛び下りたって、そんなことしたらかなりの確率で死んじゃうじゃん?」

「――そう、これは死を覚悟した偽装でした。リコ先輩は、この事件を終結させる際には自分も死ぬ覚悟があったのです。その証拠が、自ら告げたあの言葉――」

 私は再び例の一節を引用する。

「『あとは最後の一人を殺せばこの事件は終わりを告げる』――リコ先輩は『最後の一人』として自分自身を殺すことで、『首盗り鬼』の正体と事件の真相を闇に葬り去り、この『首盗り鬼事件』を永遠に謎のまま終わらせようとしたのでしょう」

「最後の偽装自殺が、犯人であるリコ先輩の計画の締めくくり方だったというわけですか?」

 愛子の言葉に頷き、私は続ける。

「そもそもこの事件の動機の根底に、深い恨みがあるのは確実です。その復讐が終わったなら、人を殺してしまったけじめとして自分も死ぬ……それがリコ先輩なりの責任の取り方だったのかもしれません」

 私がそう説明を終えた時、愛子が難しい顔で言った。

「――ですがリコ先輩を犯人とした場合、今度は逆に第一の生首事件と第二の阿武戸先輩殺しのほうが実行不可能になってしまうのではないでしょうか?」

 庵先輩もそれに同調して言う。

「そうだよな。しかも阿武戸殺しの時なんて、リコは発見者だぜ? しかもおまえと一緒に現場に駆けつけて、逃げる栗栖と、それから阿武戸の死体まで発見したんだよな?」

「――ではまず、その第二事件の絵解きから始めましょう。ですがその前に、阿武戸先輩の死体発見直前に聞こえた、あの大きな物音と悲鳴について話しておく必要があります」

 私がそう告げると、庵先輩が解せない様子で言った。

「あの阿武戸の悲鳴の事か? なんで今さらそんな話を持ち出すんだ?」

「――なぜなら、阿武戸先輩が殺されたとみんなが認識している時間には、実は既に阿武戸先輩は殺されていたからです。その重大な点を誤認させた原因こそが、あの音と悲鳴なのです」

 みんなが言葉を失う中、私は説明を続ける。

「あの音と悲鳴は、阿武戸先輩がまさにその瞬間犯人と争って殺された証拠だと思われていました。ですがそれは誤りで、真実は栗栖先輩が証言した通りだったのです」

「じゃあ悲鳴はやっぱりあの人の――」

 真理亜先輩の呟きに私は頷く。

「はい。あれは阿武戸先輩が殺される際にあげた悲鳴ではなく、元々あった死体と突然の崩落音ほうらくおんに驚いた栗栖先輩があげた悲鳴だったのです」

「おいおい、阿武戸がもう死んでて争いがなかったってんなら、なんで机が崩れるんだよ?」

 庵先輩がそう問いかけてきたので、私は答えた。

「おそらくリコ先輩が現場の外から、大量に積んであった机を崩落させたのでしょう。人寄せのためと、驚いた栗栖先輩を逃走させて犯人のように見せかけるために」

 そこでいっきが首を傾げて言う。

「リコ先輩が現場の外にいたなら、どうやって机を崩したの?」

「それは簡単です。細かいパターンがいくつも存在するような機械的仕掛けについて推理する意味はありませんが――可能性の高い例をあげておきましょう」

 私はその仕掛けについて解説を始めた。

「――まず教室内に山積みしてある机の足に、紐を結びつけておきます。そして開かずの窓のわずかな隙間から、その紐の先端を少し出しておけば――」

「あとは廊下からそれを引っ張るだけで、机は激しく崩れるってわけだね!」

 いっきが手を打ってそう叫ぶ。

「そうです。それではここで、阿武戸先輩殺しの流れを解りやすくするため、犯人の――リコ先輩の動きを最初から説明しておきましょう」

 私は念のため頭の中で一連の流れをもう一度確認してから、ゆっくりと語り始めた。

「リコ先輩はまず現場の教室内で待ち伏せして、手紙で呼びつけた阿武戸先輩が窓を乗り越えて入ってきた所をバットで殴り殺します。そして死体を置いたまま外に出て、呼び出しておいた栗栖先輩がやってくるのを付近に隠れて待ちます。その後まもなく現れた栗栖先輩が死体を発見した瞬間、紐を引くなどの方法で机を崩して激しい音を立てます。そのままリコ先輩は急いで一旦その場を離れ、音を聞きつけた人がやってくるのを見計らって自分も今駆けつけたかのように走ってきて――」

「あとは目撃者として栗栖先輩を犯人に仕立てあげて、自分は無関係な第一発見者を装うってわけだね!」

 いっきがまた結論を先取りする。

 私は最後にもう一つ付け足した。

「それと焼却炉で発見された学ランと真理亜先輩の上履きの件ですが――当然あれもリコ先輩の行った偽装です。リコ先輩は学ランと真理亜先輩の上履きを盗み出して焼却炉に捨てておくことで、なすりつけをはかったのです」

 すると、息つく間もなくいっきが質問してきた。

「第二事件については解ったけど、生首事件のほうはどうなの? リコ先輩にはウチの部室に生首を運びこむのは無理でしょ」

 私は少し考えをまとめてから答える。

「これは仮説ですが――共犯者がいるなら実行自体は簡単です。そしてもし共犯だとすれば、現場のすぐ隣にいた庵先輩ですが……猟奇殺人にまで協力してくれるほど親しい間柄であるならば、そんな大事な仲間が真っ先に最有力容疑者になるような状況をわざわざ作ってから事件を起こすでしょうか?」

「――起こしませんね。私なら別の機会を作ります」

 愛子の言葉に、私は頷いて言う。

「私もそう思います。仮に捨て駒と考えていたとしても、共犯者が捕まってしまえば自分の事も芋づる式にバレてしまう可能性が高いですから。もし庵先輩が仲間であったのなら、逆にあんな状況で晒し首など行わなかったでしょう」

「でも共犯者がいなかったんなら、結局リコ先輩が部室に生首を置くのは不可能だよね?」

 いっきがそう疑問を挟む。

「いえ……私は、リコ先輩が自分ひとりで生首を置きに来たのだと考えています」

 私の答えに、愛子がうわべは冷静ながらかなり驚いた様子で言った。

「――ですがその説で考えた場合、リコ先輩は生首を持った状態で外部から部室前廊下に侵入してくる以外方法がありません。それは言いかえれば、生首を校内で堂々と持ち歩き、人のたむろしている場所さえ誰の印象にも残らず通過した上で、部室に入って生首を置いた、ということになりますが――」

「そうです。リコ先輩はそれをやってのけたのです」

 そう告げた私に、みんな驚きと疑いの視線を向けてくる。

「――皆さん、そもそもこの事件を不可能たらしめている要因はなんでしょうか?」

 私は全員に質問を投げかけて、少し待った。

 ――だが誰も口を開く者はいなかったので、そのまま説明に入る。

「この事件の実行にあたって、唯一にして最大のネックとなっているのが『生首』です。しかし逆に言えば、それさえ自然に隠し持てたなら、他に何一つ難しい事はないのです。単に通行人を装って廊下に入る程度であれば、もとより誰の印象にも残さないのは容易ですから」

 そこでいっきが鼻息を荒くして言う。

「その『自然に隠し持つ』のが一番難しいんだよ。どうしたって大荷物になって目立つし」

 それとは対照的に、愛子が静かに言った。

「生首を所持しているせいで、『単に通行する』という普段は容易な事が、最大の困難になってしまっているのですね」

 いっきと愛子のあげた『最大の困難』の謎を解くため、私は最後の説明にかかる。

「二人が言う通り、それは普段であれば確かに困難な事でした。ですが、あの日のリコ先輩に限っては、それを容易に行う方法があったのです」

「え……そんな方法、本当にあるの?」

 いっきが問いかけてきたので、私は逆に問い返した。

「あの日の事件当時、リコ先輩の所属する剣道部は近くの中学校へ練習試合に向かいました。剣道の試合をするとなれば、不可欠な物がありますよね?」

「え、もしかして――」

 いっきが気付いたようなので、私は頷いて言った。

「そう、剣道の防具です。そしてそれは防具袋に入れて持ち歩くもの……つまりリコ先輩は練習試合にかこつけて、自分の防具袋にムツ先輩の生首を入れ、何食わぬ顔で部室前廊下を通過したのです」

 私は改めてあの時の状況を説明する。

「生首が発見される少し前、練習試合に行くため防具袋を持って歩く剣道部員達がたくさんあの廊下を通っていました。あの時間に付近にとどまっていた人達はみんな、防具袋を持った人など見慣れていたのです。そんな状況では、リコ先輩が通ったところで誰も気にとめません。完全な盲点となります」

 つまり『首盗り鬼』であるリコ先輩は、こうして『心理的透明人間』になることによって、生首と共に姿を消したのだ。

 私はリコ先輩を睨み、最後の言葉を告げる。

「あとは通行人が途切れて廊下に人目がなくなった隙を狙って、素早く部室に入りこむだけ……以上の方法で、リコ先輩は白昼堂々と部室に生首を置いたのです」

 ――全ての推理を終えた私は、大きく息を吐き、瞑目めいもくして口を閉ざした。

 ……長い沈黙が続く。

 やがて、今度はリコ先輩の方が大きなため息を吐くのを、まぶたの向こうに感じた。

「……最後の最後で、幕を下ろすのに失敗するとはね」

 自嘲的なリコ先輩の声。

「……全てあなたの推理通りよ」

 私はそこでゆっくりと目を開き、リコ先輩に尋ねた。

「――教えて下さい。ムツ先輩と阿武戸先輩を殺した動機について」

 リコ先輩はうつむいて、重たげに口を開いた。

「……あの強盗殺人の被害者は、私の実のお父さんだったの」

 それを聞いたユイさんが驚いて言う。

「えっ……リコ先輩のお父さんは、今も生きてるはずじゃ……」

「今のお父さんは、私が生まれた時に認知しただけの、血の繋がらない父親なの。私が生まれて以来、この事実はずっと隠され続けてきたから、この件は警察でさえ知らないわ」

 リコ先輩は寂しげに続ける。

「他人の目があるからめったに会えなかったけど、私はずっと本当のお父さんだと慕ってたの」

「それじゃ、今回の事件はその復讐で……」

 ユイさんの呟きにリコ先輩が答えた。

「許せなかった……絶対に強盗犯を殺してやろうと誓った。私自身の手で……」

 リコ先輩は自分の手のひらを見つめながら呟く。

「私はその誓い通り、首謀者のムツをこの手でバラバラにしてやったわ。死体を解体したのは、林に捨てる時に運搬を楽にするためもあったけどね……」

 リコ先輩は自分の手を、恐ろしいものでも見るような目で見つめた。その両手が、まるで今も血に染まっているかのように。

「……死体を切断するのには、どこの場所を使ったんですか?」

 私は沈黙を破って尋ねる。

「――お父さんはあの自宅以外にも、普段は使ってない小さな家を持ってたの。お父さんは私達しか知らない秘密の隠れ家だって言って笑ってたわ。身寄りもないから、俺が死んだらお前にやろうって……」

 リコ先輩はそこで声を詰まらせ、深く頭を垂れた。それから少し間を置いて、顔を伏せたまま言葉を続ける。

「その家はちょうど人気のない場所にあったから、使わせてもらったの。まさかあんな使い方をすることになるなんて夢にも思わなかったけど……」

 その時、真理亜先輩がおずおずと質問した。

「……どうして私達が強盗犯だと知ったの?」

「――あの夜、私が人目を忍んでお父さんに会いに行ったら、あなたたち三人が家の中から飛び出してくるのを見たの」

 リコ先輩は顔を上げずにそう答え、憎々しげな声で付け足した。

「……ひどい殺し方だったわ」

 その言葉に、真理亜先輩はいたたまれなくなった様子で目を伏せた。

 リコ先輩はそちらに目もくれなかったが、明らかに真理亜先輩に向けて語り始めた。

「ムツを縛り上げた時、真理亜は強盗事件に一応参加したものの、犯行中はずっと離れた場所で見てただけって聞いたわ。だから真理亜に関しては脅すだけで殺すつもりまではなかったけど、お父さんを見殺しにした代償として窮地に陥ってもらおうと思ったの。恋人の栗栖と一緒にね」

 ――それが『なすりつけ工作』に繋がったというわけだ。

 リコ先輩はさらに言う。

「その過程で強盗殺人の件を警察に自白するようなら、それで許そうと思った。でもまさか栗栖が、あそこまでして真理亜を守り抜くなんて……」

 リコ先輩はしぼり出すような声で続ける。

「……彼を死なせるつもりなんてなかった。栗栖の自殺は、人の命をもてあそんで計画を続けてきた私に対する思いがけない罰だった。もちろんそれくらいの罰じゃ足りないから、人殺しである私自身にも『死』という罰を与えなきゃって思ったの」

「……それで、あの最後の飛び下りを決行したんですね」

 私はぽつりと言う。

「ええ、そうよ。でもこうして生き残ってるなんて、悪運だけは強いようね。まるで呪われてるみたいに――」

 ――私は悲しくなって、リコ先輩をこのままそっとしておいてあげたい気持ちに駆られたが……残る最後の疑問を解くために、仕方なく質問した。

「――リコ先輩。復讐のためとはいえ、どうして見つかるリスクを冒してまで生首を晒したんですか? それにあの予告状だって――」

「見つかった方がよかった」

 リコ先輩は顔を上げて私を見つめ、きっぱりと言う。

 ――その頬を、涙が伝った。

「あの晒し首と予告状は、強盗犯達への脅しの意味もあったけど……わざと証拠を増やして捕まることになったとしても、それはそれでよかったの。それ以上罪を重ねないで済むんだから――」

 リコ先輩は震える声でそう告白し、再びうなだれた。

 ……これで、やっと事件は終わったのだ。

「――以上で、真相解明は終わりです」

 私はみんなに向かって終わりを告げた。

 ――と、その時リコ先輩が下を向いたまま呟く。

「……無様なものね。死に損なった上、正体まで暴かれて……姿なき殺人鬼も、明るい所に引きずり出されれば、しょせん醜態をさらすだけの化け物にすぎないわね……」

 リコ先輩はしゃくりあげながら、切れ切れに声を漏らした。

「やっぱり……人殺しは……虫のいい死に方なんて、できないみたい……ね……」

 リコ先輩は体を折ってベッドのシーツに顔を埋めると、激しく泣き出した――。

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