2 顔のない死体

「検死によると、死亡推定時刻は一週間くらい前。林に遺棄されたのもたぶんそれから間もなくでしょうね」

 ユイさんがノートをテーブルに広げ、私達に説明を始める。

「ただ一つ気になるのが……警察が捜索したにも関わらず、首だけは見つからなかった、って点よ」

 首だけ……?

 私が首をかしげると、いっきも不思議そうな顔で言う。

「首なんて一体どうするのかねー。まさか記念に部屋に飾るとか?」

 いっきが気味の悪いことを言う。

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ! そんなことあるわけないでしょ!」

 この手の話が苦手なユイさんが、大声で否定する。――もちろん私もユイさんに賛成だ。

「うん、そうだよね。たぶんまだ見つかってないだけじゃないかな」

 私の言葉にユイさんがコクコクと頷く。

 だが愛子が暗い表情で、私達の希望的観測を打ち砕いた。

「――いいえ、これがこの無門台に伝わる『首盗くびとおに事件』の続きなら、犯人は意図的に首を盗んでいったのでしょう」

「――く、くびとりおに?」

 私は聞きたくないのについ聞き返してしまう。

「馬鹿、ひねきち!」

 ユイさんがあわてて私を一喝する。どうやらどんな話か知っているようだ。

 愛子は不気味な笑みを浮かべてから、ゆっくりとした口調で語り始めた。

「その昔、鬼頭きとう次郎衛門じろうえもんという侍が、無実の罪で打ち首にされました。彼は首を斬られる直前に、『この無念は必ず晴らす。私は鬼と化してこの地で人を殺し続け、その首を盗むだろう』と言い残したそうです」

 私とユイさんは口を挟むことも出来ず、愛子の話に耳を傾ける。

「その予告通り、間もなく『首盗り鬼事件』と呼ばれる連続殺人が起こります。被害者は三十人にものぼり、全員が首をねじ切られて持ち去られていました。ですが犯人はいかなる状況でも煙のように姿を消してしまったため、人々は首盗り鬼は怪力であるばかりか瞬間移動のような能力まで持つのではないかと噂しました。――そして結局、犯人の姿は一度たりとも目撃されることなく事件は迷宮入りし……いまだにその正体は不明のままです」

 そこで話は終わり、愛子は目の前の湯のみを取って口を湿しめした。

 そのまま誰一人口を開かないので、私は沈黙に耐えかねて言う。

「――でも、そんなの大昔の話だよね? 当然犯人はとっくに死んでるだろうし……」

 しかし愛子はゆっくりと首を振った。

「そのはずなのですが……実はこの無門台周辺では近年においても、まるで何かに憑りつかれたように生首を持ち去る殺人鬼が定期的に現れているのです。あの処刑の日から現代に至るまで、数十年ごとの間隔でずっと――」

 私は驚いて愛子に尋ねる。

「まさかその犯人が『首盗り鬼』って言われてるの?」

「そうです。そしていつの事件においても、『被害者は一人では済まない』のです」

「え……つまり、いつも連続殺人になるってこと? じゃあまさか今回も――」

 私の言葉に頷く愛子。

「はい。この事件に深入りすれば、あるいは次の標的は私達――」

「こらぁっ!」

 怒声と共に叩きつけるように開けられる扉。

 私とユイさんは鼓膜が破れそうなほどの悲鳴をあげた。

「こんな早い時間から集まって何をしてるの!?」

 入口に仁王立ちしていたのは、スーツ姿の太ったおばさんだった。

「げっ、シブカワ先生……」

 いっきが呟いて肩をすくめる。

 髪を結い上げた五十がらみのその女性は、指導教諭の柴皮しばかわ 美映みえ先生だ。口うるさく、いつも渋い顔をしているので『シブカワ先生』とも呼ばれている。

「答えなさい! あなたたち何をしていたの!?」

 柴皮先生はふくよかだが険のある顔にお得意の渋い表情を浮かべ、甲高い声で怒鳴った。

「――新聞部の活動ですが」

 しれっと答える愛子。

 ……不意打ちされたにも関わらず、本当に大した心臓だと感心する。

「嘘をつきなさい! 一体なんの悪だくみ?」

「どうして悪だくみしてるなんて、いきなり決めつけるんですかー?」

 いっきが不満顔で声をあげる。

「……あなたたちによくない噂があるからよ」

 そう言って先生はどすどすと部室に踏みこみ、腕組みして私達を見下ろした。

「学校じゅうで噂になってるの。新入生三人組がいつもここにたむろして、いかがわしい行為をしてるってね」

 い、いかがわしいって……。

倉純くらずみさん! いつきさん! 日根野ひねのさん!」

 先生は、テーブルに着いている私達をわざわざびしりと指差し確認する。

「あなたたち三人で、なんでも『探偵部』なるものを勝手に創ったそうね」

 ――ありゃりゃ、早くもバレてる。

 新聞部を乗っ取ってこっそり活動しているわが探偵部は、ありていに言えば無許可の私設部に過ぎず、当然学校非公認の存在だ。

「学校側の許可を得ず、無断で集団活動をする事は禁じられています。まして『部』を詐称するなどとんでもない話です!」

 唾を飛ばして怒鳴る先生に、愛子が冷静な調子のまま言った。

「私達は新聞部員であり、新聞部は公式に活動を認められた由緒ある部ですが」

 ……確かに私達は、一応新聞部に在籍する形となっているが……。

 先生はテーブルを平手で叩いて言う。

「今は新聞部の話をしているのではありません! 探偵部の事です!」

「探偵部などという話は初耳です。私達は新聞部の取材活動の打ちあわせでここに集まっていただけですが」

 柴皮先生にここまで追及されながら、ぬけぬけとそう言える愛子は本当にすごい。

「……いい度胸ね。あくまで『探偵部なんて存在しない』と言い張る気ね?」

 怒りで眉をぴくぴくさせる先生に、愛子は――。

「当の本人が『ない』と言っているものを『ある』と言い張るのならば、当然証拠がお有りでしょうね?」

「――いいわ、見てらっしゃい。証拠をつかんだ時どうなるか――」

 そう言って歯噛みし、勢いよく私達に背を向ける。

 怒りを隠そうともしない足取りで廊下に出た柴皮先生は、扉を閉める際に振り返って私達をにらみつけた。

「最近この近所も物騒です、探偵部だか新聞部だか知りませんが子供が危険な事に首を突っこむのはやめなさい! いいですね!?」

 そう早口でまくし立てて去る。

 いっきは少し待ってから、忍び足で扉に近付いた。

「……うん。大丈夫、行っちゃったみたい」

 そっと廊下を覗いてOKサインを出す。

 私は一気に脱力してため息を吐いた。

「あの柴皮先生に目をつけられちゃったね……どうしよう」

 私の呟きに、戻ってきたいっきが大げさに天を仰いだ。

「闇に隠れて生きる、悲しき正義の探偵……しかしこれもまた宿命!」

 ……いっきはいつでも楽しそうでうらやましい。

「――少々やりにくくなりましたが仕方ありませんね。探偵部の存在を隠さなければならないのは元々同じこと。事件の捜査は新聞部の取材という形で行えば大丈夫ですよ」

 愛子は私達を安心させるように言うが――。

「……でも、万が一バレたら?」

 私のその不安をぬぐうように愛子が答えた。

「その際は私が全ての罪をかぶります。私の独断でむりやり皆さんを付きあわせたと話して、先生に謝りますから」

「そんなの駄目だよ!」

 私が思わず叫ぶと、いっきもそれに同調する。

「そうそう。あたしたち全員が共犯なんだから、死ぬ時はみんな一緒だよ!」

「二人のお気持ちは嬉しいのですが、たった今堂々と先生に嘘をついたのは私ですから、この役は譲れませんよ。まああれだけ正面きって逆らってしまえば、嫌でも私が首謀者という事になるでしょうけどね」

 ……なんか愛子にババを引かせる形になってしまった。本当に申し訳ない。

「ひねりさん、いっき、そんなに心配しないでください。探偵部など存在しないと言い張れば、教師といえども証拠がない限り手をこまねくしかありませんから」

「まあバレた後が怖いけどね」

 私が肩をすくめて言うと、愛子はいたずらっぽく笑った。

「証拠のない犯罪は、全員が秘密を守れたなら発覚しませんよ。それが一番難しいんですけどね」

 その言葉にいっきが大きく頷く。

「そうそう。まったくどうして自分から白状して捕まっちゃう人がいるんだろうねー」

「……あんたたちと違って、まともな人間には良心ってもんがあるのよ」

 今まで黙って聞いていたユイさんが、ボソッと呟いた。

 だがそんな皮肉も意に介さず、いっきは明るく言う。

「――にしても、まさか探偵部の存在が学園の公然の秘密になってたとはねー。いつの間にそんな有名人になってたんだろ」

「もう校内はおろか、とっくに職員室でまで話の種になってるわよ。無認可で堂々と旗揚げして、わが物顔で活動しようとしてる探偵部を忌々しく思う先生も多いみたいね」

 水を得た魚のようにイキイキと語り始めるユイさん。

「特にあの柴皮先生は、『探偵部撲滅派』の最右翼らしいわ。あれだけ逆らったら潰されるのも時間の問題よ」

 も、もうそんな派閥が存在するの? まだそんな悪い事してないのに……。

 その時、愛子が静かに言った。

「――唯さん、解説は結構なのですが……なぜ探偵部の存在が漏れたのでしょうか?」

「……なんでアタシに聞くのよ」

 ついと目をそらしたユイさんに、愛子は無表情のまま問いかける。

「探偵部はまだ設立して間もなく、存在を知る者はごく一部――はっきり言えば、ここにいる四人だけです。それがなぜこの短期間で不自然に学校じゅうに噂が広まったのでしょう?」

「し、知らないわよ」

 愛子は上品な仕種で自分の頬に手を添えた。

「『新入生三人組』と柴皮先生はおっしゃっていましたが、一緒に活動していた唯さんだけがなぜそこに組みこまれていないのか、私とても気になったのですが……」

「――そりゃあ、実際アタシは無実なんだから当然でしょ。単に脅されて協力してるだけなんだから」

「もし噂を広めた主が外部の人間だとしたら、そんな区別などつかないはずです。そんな内情を知る部外者は一人もいませんから、唯さんも私達と同じ穴のむじな――探偵部の一員にしか見えないはずです」

「う……アタシとあんたたちでは、はた目にも怪しさが違うんでしょ……」

 ユイさんの抗弁にどんどん力がなくなって行く。

「探偵部はまだ何もしていないにも関わらず、不自然に広まった噂。噂の内容に見える露骨な悪意。意図的なリークの臭い……」

 愛子は、感情なく淡々と疑惑を並べ立てて行く。

「犯人はおそらく私達三人に恨みを持ち、部の内情に詳しい者。……さて、これに当てはまる唯一の人物とは一体どなたでしょう?」

 ……完全に追い詰められてしまったユイさん。

「つまり犯行が可能なのはタダさんただ一人! 逮捕する!」

 愛子の推理に便乗し、いっきがすかさず手柄を横取りする。

「ふん、知らないったら知らないわよ」

 この期に及んでユイさんはまだシラを切る。

「愛公自身がさっき言ったわよね? 『ない』と言い張れば、証拠がない限りどうにもできないのよ!」

「……ええ、そうですね」

 完全に開き直ってしまったユイさんに向かって、愛子が優しく微笑む。

「――ただ、その言葉には『覚悟』が必要ですよ? 証拠が出て、真実を暴かれてしまった場合の覚悟が――」

 愛子がそこまで言った時、廊下に人の気配がした。

 柴皮先生が戻って来て盗み聞きされたかと思い、私達は身を硬くする。

 次の瞬間、扉がノックされた。

「……どうぞ」

 さすがの愛子もやや緊張して応答する。

「――お邪魔するぜ」

 扉を開けて入ってきたのは、学ラン姿の背の低い男子生徒だった。

 髪はふわっとしたショート。身長は――160そこそこだろうか? 子供っぽい感じだが、面構えは引き締まっている。

 ……なんとなく小柄なガキ大将を連想させる雰囲気の人だ。

「俺は三年一組の布手ぬので いおり。探偵部ってのはあんたたちかい?」

「違います。私達は新聞部です」

 にべもなく愛子が答える。

「へへっ、別にごまかさなくったっていいさ。俺は確かな噂を聞いてきたんだ。探偵部がここを根城にして、怪しい非合法活動をしてるってな」

 それを聞いて愛子が問いかける。

「どなたからそれをお聞きになったのですか?」

「そこの……」

 布手先輩が伸ばした指の先には……ユイさん。

「……早速証拠が出てしまいましたね」

「さあ、大人しくお縄をちょうだいしろ!」

「うう……」

 愛子といっきに追い詰められ、ユイさんもさすがに観念したようだ。

「……そうよ。アタシが犯人よ」

 ユイさんの自白を聞いて、愛子がため息を吐いて言う。

「おかげで校内での捜査がやりにくくなってしまいました。この責任はどう取るおつもりですか?」

「……アタシの負けよ。煮るなり焼くなり好きにしなさい」

「よい覚悟ですね。その覚悟に免じて、情報のみの奴隷でなく実際の奴隷になるという事だけで許してさしあげましょう」

 全く覚悟に免じてない気もするが、疑問を挟む者もないまま愛子が続ける。

「とにかく今は、事件の調査が先決です。唯さんに拷問や思想矯正を施している場合ではありません。――唯さん、とりあえずは可愛い飼い犬のように従順にしていてください。もし次に私達の手を噛んだら……わかっていますね?」

 力尽きたように、がくりと頭を垂れて頷くユイさん。

「あ、あの……なんか知らないけど、俺悪い事しちゃったかな?」

 布手先輩が申し訳なさそうにユイさんに声をかける。

「気にしないで。謀反むほんに失敗した敗残者の末路なんてこんなもんだから。どうぞ笑ってちょうだい」

 世捨て人のような枯れきった目で答えるユイさん。

「それで布手先輩……うちになんの御用でしょうか?」

「ああ、庵でいいよ。――俺、探偵部に協力したいんだ」

 愛子の質問に対する先輩の答えは意外なものだった。

「例のバラバラ殺人事件……捜査するんだろ? 捜査の助っ人として俺を雇って欲しいんだ」

「あいにく一見いちげんさんはお断りしております。それと、うちはあくまで『新聞部』ですから」

 愛子の木で鼻をくくったような返事も気にせず、庵先輩はニヤリと笑う。

「へへっ、そのへんは心得てるさ。秘密厳守は探偵の鉄則だからな」

 ……なんとなく、いっきと同じにおいを感じる人だ。

「ねえ庵先輩、どうして探偵にそんなにこだわるの?」

 同類のにおいを嗅ぎ分けたのか、いっきが口を挟む。

「もちろん探偵が大好きだからさ。男のロマンだよ。あんたたち『あぶたん』とか見てない?」

 その単語にいっきが食いつく。

「うんうん、『あぶたん』いいよね! 女のロマンでもあるよ!」

 ちなみに『あぶたん』とは『あぶない探偵』の略で、鳩山と大平なる探偵コンビが大活躍するドラマの事だ。銃刀法など存在しないかのごとくマグナムやパイソンを持ち歩き、法治国家日本で平然と銃撃戦を繰り広げるハードなストーリーが人気らしい。

 ……だけど私は新番組の『はぐれ探偵純情派』の方が好きだ。

「――探偵への情熱は大変結構なのですが、現在助っ人は間に合っております」

 『あぶたん』の話で盛りあがる二人に、愛子が冷たく告げる。

「すみませんが、私達はこれから聞きこみに出なければならないので、お引き取りください」

「いいや、うんと言ってくれるまで俺はここを動かないぜ!」

 腕組みして床に座りこむ庵先輩。

 愛子も困ったように少し言葉をやわらげた。

「――お気持ちはわかりましたが、今私達は先生方に目を付けられています。正直外部の人間はスパイの可能性もあるので、受け入れは出来かねるのです」

「ああ、そうか……でも俺は純粋に探偵に憧れてるだけで――」

 愛子は首を振ってさえぎる。

「それを証明する事はできませんよね? 私達はもう出ますが、ここは大切な資料も置いてありますので部員不在時は立入禁止です。お願いですから、あまり困らせないでください」

 庵先輩はしぶしぶ立ち上がる。

「……仕方ねえ。でもな、俺は諦めないぜ。認めてもらえるように、独自に捜査して情報を得てやる」

 そう言い残して、気落ちした様子もなく立ち去った。

「――ねえ愛子、協力してもらってもよかったんじゃないかな? 庵先輩はいい人だよ」

 いっきの進言に、愛子があきれたように言う。

「いい人、ですか……その根拠は?」

「探偵好きに悪い人はいない!」

「……さて皆さん、聞きこみに行くとしましょうか」

 愛子にうながされ、私達はぞろぞろと部室を出て校内の聞きこみに向かった。

 ――それから私達は始業までの時間をフルに使って捜査を続けたが……結局新しい情報は何も得られなかった。

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