1 探偵部出動

 四月二十五日、清々しい春の早朝。

 私は眠すぎて清々しいとは言いがたい気分でセーラー服に着替え、鏡の前でみだしなみを整えていた。

「さっ、これでいいかな」

 そう呟いて、セミロングの髪に軽く触れる。

 ――うーん……髪、伸ばしてみようかな?

「――おっと、それどころじゃなかった。早く行かないと……」

 休み明けの月曜日だというのに、こんな朝早くから探偵部の召集がかかっている。

 理由は、昨日ウチの男子生徒がバラバラ死体で見つかったからだ。しかも発見場所は、学校のすぐ裏手にある林だった。

「もうみんな来てるかな……」

 カバンを取って部屋を出ようとすると、ふとベッドの上に転がった猫が目に入った。

「……まったく、スフィーはのんきなもんね……」

 すやすやと気持ちよさそうに眠るハゲ猫に、私は呪いの視線を送った。

 スフィーは『スフィンクス』という珍しい種類の猫で、体毛がほとんど生えない体質だ。しわの多い肌色の皮膚があらわになっていて、夏場以外はいつも寒そうに見える。

 私は掛け布団の余っていた部分を持ち上げてスフィーをサンドイッチにすると、急いで家を出た。

 時間に遅れそうだったので、全力疾走で無門学園に向かう。

「よしっ、間に合ったっ!」

 学校に到着した私は、ゴールテープを切ったランナーのように両手をあげて校門をくぐった。

「――って私、人がいないのをいいことに何やってるんだか……」

 唐突に我に返った私は、一転とぼとぼと寂しく歩き出した。と、そこへ――。

「おーっと、待った待った! 抜けがけは許さないよ!」

 背後から騒がしい声が響いてきた。

 振り向くと、ふんわりとウェーブのかかったボブを揺らしながらこちらへ駆けてくる少女。

 それは私の親友『いっき』こと『いつき 久世ひさよ』だった。

「おはよう、いっき」

 近付くのを待って私が挨拶すると、いっきは元気よく抱きついてくる。

「捕捉成功! おっはよー、ひねり!」

 ひねりは私の愛称で、『日根野ひねの 鋭利えり』だから略して『ひねり』。

「さあひねり、早速部室へ行って姫始めといこうか!」

「それを言うなら『事始め』か『仕事始め』でしょ……」

 一応今回の事件が、中等部の新一年生のみで発足したわが探偵部の初仕事……ということになっている。

 私はいっきと共に校舎に入り、探偵部室へと向かった。

「とおっ! 正義の探偵、ただいま参上!」

 いっきがそう叫んで、部室の扉を叩きつけるように開け放つ。

 室内には、折りたたみ式の長テーブルに着いてお茶を飲んでいる長い黒髪の少女が一人。

「おはようございます、いっき、ひねりさん」

 その少女はいっきの荒々しい乱入にも動じる事なくそう言って、私達にたおやかな笑顔を向けた。

 ――彼女は私のもう一人の親友、『倉純くらずみ 愛子あいこ』だ。

 上品で清楚――ではあるのだが、正直結構肝が座っている。

「あはは……おはよう、愛子」

 私はいっきと愛子の醸し出す正反対のノリに気後れして、力ない挨拶を返した。

 中に入って扉を閉めると、愛子が立ちあがって言う。

狭山茶さやまちゃがありますのでどうぞ。いまお淹れします」

「あ、ちょっと待って。その前に資料室で、被害者のムツ先輩のデータを詳しく見て来たいから」

 そう言って私は、部室の奥にある扉の前に立った。

 資料室へは愛子が先に入ったらしく、鍵が開いたままになっていた。

 私はそのまま扉を開けて中に入る。

「……ええっと、ムツ先輩のデータが載ったファイルは……」

 ずらっと立ち並んだ棚の隙間に入りこみ、背表紙を見て歩く。

「……あ、これかな?」

 私は大量のファイルの中から、一冊を抜き出して開いてみた。

 ――『六取むつどり れい』、通称『ムツ』。うん、これだこれだ。

「プロフィールは……中等部三年生、っと」

 でもあまり学校に来なくて留年しているようだ。しかも何度も補導されている不良らしい。

 写真を見ると、険しい表情に鋭い目。さらに刈り上げた髪を赤く染めてツンツンに立てている。

 ……どう見ても関わりたくない人だ。

「うーん……一週間以上前から既に行方不明になってて、昨日やっと裏手の林で発見された、と」

 まあ変わり果てた姿になって、だけど。

 私は一通り目を通してから、ファイルを閉じて棚に返した。

 部室に戻ると、早速いっきが声をかけてくる。

「おかえりー。犯人はわかった?」

「この情報だけでわかったら超能力者だよ……」

「ま、そりゃそっか。――ところで情報といえば、タダさん遅いねー。この肝心な時に遅刻とは、まったくしょうがないなー」

 いっきの言う『タダさん』とは、一年生にして新聞部長代理を務める『万孫樹まんそんじゅ ゆい』さんの事だ。両親がジャーナリストで、本人も情報収集に長けているので、探偵部の大事な情報源となっている。

「んじゃ、今後遅刻した不届き者は異端審問にかけて拷問って事にしよっか」

 いっきの冗談っぽい言葉に、愛子は冗談っぽくない言葉で――。

「ええ、そうですね。唯さんも探偵部の情報奴隷としての自覚がまだまだ足りないようですから」

 ……愛子は根は優しいんだけど、歯に衣着せぬ性格というか、手段を選ばず最短距離を行く性格というか……。

「ま、まあまあ。たぶん情報をまとめるのが大変で遅れてるんだよ。探偵部はユイさんの情報が生命線なんだし、大切に保護してあげないと」

 私がそうフォローした時、廊下から不機嫌な声が聞こえてきた。

「……人を絶滅寸前の保護動物みたいに言うんじゃないわよ」

 そう言って部室の扉を開けたのは、仏頂面をしたおかっぱの少女。

「あ、ユイさん――あはは……おはよう」

 私はごまかすように挨拶したが、ユイさんはそれに答えずテーブルに着いた。

 ――ユイさんの機嫌が悪いのは、今の私の言葉だけが原因ではないだろう。状況的には、探偵部にむりやり協力させているようなものだからだ。

 現在私達は、ユイさん以外の新聞部員がろくに活動していないのをいいことに、弱みを握って部を乗っ取る形で非合法に居座っていた。当然かなり恨まれている。

「朝早くから呼び出してごめんね、ユイさん」

 私が謝ると、ユイさんはふてくされた様子で言う。

「別にいいわよ。どうせアタシはあんたたちの奴隷なんだから。煮るなり焼くなり好きすればいいわ」

「まだ若いのに、そう自暴自棄になってはいけませんよ」

 愛子がたしなめると、ユイさんは勢いよく立ち上がった。

「あんたが自暴自棄にさせてる元凶でしょ! 涼しい顔でぬけぬけと――」

 二人がケンカになる前に、私は仲裁に入る。

「ほらほら、みんな仲良く仲良く。全員で協力して事件を解決しないと」

 ユイさんはぶつぶつ言いながら、しぶしぶ腰を下ろした。

 ――今はこんなふうに私達を敵視してるけど、ユイさんがすごくいい人なのは解っている。

 まだ出会ってから間もないけど、大事な仲間であり友達――私はそう思っていた。

「今に見てなさいよ……下克上は世の常なんだから……」

 ……ただ、ユイさんにそれを分かってもらうには、まだ少し時間が必要なようだけど。

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