星のこどもたち

花咲風太郎

帰り道。夜。

今日は帰りが随分と遅くなってしまった。アルバイト先のファミリーレストランでも、年末はなんだか忙しい。あがってから山本さんと少し話でもできるかと思っていたのに、僕が厨房の後片付けに手間取っている間に帰られてしまった。なかなかうまくいかないものだ。やっぱり彼女は年下の僕など相手にしていないのだろうか。彼女は、今は茂野さんの彼氏である高濱さんと以前つきあっていてふられたのだと人から聞いたのだが、僕はあんなのに負けていないと思うのだがなあ。今夜はとても寒い、今夜から冷え込むと予報で言っていたが本当だ。こんな寒い夜に山本さんと一緒にいられたら。彼女が鼻のあたまを紅く染めて、寒さに肩をまるめながら、暖かいスープを啜る姿を見るのが、僕はたまらなく好きなのだ。

 駅前の歩道がやたらと狭くて歩きにくい通りの、川と交差しているところを左の住宅街の方に折れると、急に街灯が少なくなり闇がふんわりと僕の身体を包みこんだ。ここから家まではこの川に沿って進んで行く。川なんて言っているが、実際は生活排水が流れ込むドブである。「ドブ」とひとことで言ってしまえばミもフタもないのだけど、余り整備されないままの土の地肌に、雑草からたくましい季節の花までが生い茂り、川床には大小さまざまな石の転がっているこの「川」を僕は愛していた。労働の後の身体のほてりが取れてきて寒さがじんわり沁みてきた頃、ふと空を見上げたらとんでもないことになっていた。夜空が星に支配されているじゃないか。雲ひとつない晴れ渡った空、冷たく荘厳な雰囲気さえ漂わせる黒い幕が張られた内側に、無数の星がちりばめられて瞬いていた。なかでもとりわけ光の強い星のまわりに、星雲のように小さな星のこどもたちが取り巻いているのが見える。

「うわあ本当かよ、すごいなあ、信じられないなあ。」などととりとめのない言葉がついつい出てしまう。東京でこれだけの星が見えるとは、よほど条件が良かったのだろう。そして自分の眼の良さに感謝した。幸運にもこんな素晴らしい星空に気づいてしまったら、もう眼が離せない、もったいなくて視線を下げられなくなってしまった。人通りのない夜更けの川沿いの道を、顎を上げた格好でふらふらと歩く姿を誰かに見られたら、酔っ払いと思われたに違いない。しかし、それもあながち間違いではなく、美しい光に魅入られてしまった僕の精神状態は、もしかしたら酔っ払いと極めて近かったのかもしれない。寒さもいつしかどこかへ消えてしまい、身体の内側は反対に熱くなっていた。もう家へ帰ると云う目的も寒さと一緒にどこかへ消えてしまい、ただ遠くのひときわ輝く星を見つめながら、一歩でもそこに近づこうと歩いていた。どこまででも、どこまででも、歩いていたかった。月も大きく光を放ち、僕を呼んでいるように見える。歩いても、歩いても、同じだけ離れていってしまうのだけど、気のせいか僅かばかり月が大きくなったようだ。気をよくして、さらに歩く。月ばかりではなく星たちも近づいたみたいだ。こんな美しい星空は、生まれて初めてだ。いつのまにか僕は、瞬く星たちの真っ只中にいた。

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