第2話 「出会いと救い」

主人公、という言葉からどんなイメージが浮かぶ?

勇者だろうか?それともどこにでもいる普通の高校生だろうか?

イケメンだろうか、それともスポーツ少年だろうか?


いや、男とは限らない。可愛い女の子かもしれないし、少し頭のおかしい幼女とかかもしれない。

人間以外の生き物かもしれないし、そもそも生きているものではないかもしれない。


そしておそらく大体の主人公に共通しているのは、魅力的だということだ。


力が強いのかもしれない、頭がいいのかもしれない、顔が良いのかもしれない。

大した力はないけど、努力し続けることができる主人公もいる。

決して諦めることなく、自分の信念を通すかっこいい人間、おそらくそんなのが主人公と呼ばれるのにふさわしい。


「すいません!!すいません!!!お慈悲を!お慈悲をぐだざい〜〜〜!!!!」


そんな観点から見ると、私は全くもって主人公には向いてない。


私は土下座していた、さっき盗賊らしき2人に遭遇してすぐに。

プライド?そんなものは持ち合わせていない。そんなものに囚われているから、上手く動けなくなってしまうんだ。くだらない。


しかし、今はそんなものを持ち続けるだけの強さを持った人間が少し羨ましくもあった。


ちらっと目だけをあげて先ほどの2人の表情に目をやると、1人は私を指差しながら、もう1人は腹を抱えながら笑っていた。

2人とも、ぼろぼろの半ズボンに、薄茶色に汚れた半袖といったいでたち。

髪が禿げあがっていて、耳のあたりに少しばかり毛が残っている程度。

左の男は右目に眼帯を、右の男は左目に眼帯をつけている。

顔がよく似ているからもしかしたら双子かもしれない。


もしかしたらこの世界では土下座は人を笑わせるパフォーマンスだったりしないかと期待するが、その可能性は低いだろう。


2人の笑い声に耐えきれなくなり、私は上半身を起こし、膝をつけた姿勢のまま恐る恐る2人に向き合って座る。

すると左の男が私に指をさしたまま口を開き、

「هل هو سيохо всء في Я пл удчиكل الحظواемаشت علت لنا」

と叫んだ。


それを聞き、私は困惑する。

なんだ?いま、なんて言った……?

全く聞き取れない上に、何を言ったのかも理解できない。


いや、これは本来自然なことだ。

私は異世界に来たのだ、私が使っていた言語など通じる方がおかしい。

ほとんどの異世界ものは通じるのに…!

のっけからハードモード仕様なのには怒りを感じる。


すると先ほど私に叫んだ男とは別な方が、にやにやと薄汚い笑みを浮かべながら背中にかけているバッグを降ろし、黒い持ち手に幾つにもわかれた先端を持つ、革製の鞭を取り出す。

「WorMe შეë neსვენებ-s」


何を言っているのかは全く理解できないが、ろくでもないことを言っているのはわかる。

いや、もしかしたらこの世界では鞭で相手を打つのが正式な挨拶なのかもしれない…それは無いか……


鞭を持った男は一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。

恐怖のあまり、背後に手をつき、背中から倒れこむ

本来なら今すぐ逃げたいが、情けないことに腰が抜けて立てない。


ああ、涙まで出てきた。

私は全くなんて惨めで愚かで救いようが無いんだろう。どこまでも哀れだ。


男が鞭を持つ手を振りかざすとき、私は(これが綺麗な女王様とかならまだ良いんだけどなあ…)などと、くだらないことを考えていた。


恐怖に目を瞑ったその瞬間ーーー


ヒュン、という小さな音が目の前を通り過ぎ、何事かと思って目をやると、切られた鞭がひらひらと落ちていった。


咄嗟の出来事に何が起こったのか理解できず、腰を抜かしたまま鞭の残骸を眺める。

盗賊にとっても予想外のことらしく、2人揃って片目を丸くしている。


ふと、左を見やると女性が立っていた。

顔はよく見えない、女性だと判断したのは、後ろから見た容姿からだった。

確定では無いが、どうやら彼女は騎士であるようだった。


彼女は昔漫画で見たような、美しい銀色の鎧を身に纏っていた。

その鎧から彼女のスラッと洗練された身体が強調されている。黒髪は腰のあたりまで伸びていて、風を受けて穏やかに揺れていた。


しかし彼女を騎士と判断した理由はそれだけでは無い。

彼女の右手には、剣が握られていた。

持ち手はよく見えないが、すらりと伸びた美しい刃は斜め右下を向いている、日本刀のように片側にしか刃が無いが、どことなく洋風な感じがするから不思議だ。


突如として現れた異質な存在に、私も盗賊も身動き1つ出来ずに呆然としている。

一体彼女は何者だ?


時間して約10秒にみたない時間が過ぎ、女騎士はゆっくりと振り返る。


彼女は美しかった。

整った顔立ちに凛々しい眉と目、口元はキッと強く閉じられている。

どうせ鞭を打たれるならこんな美人がいいものだと考えていると、彼女はこちらに向き直り、盗賊に向けて刀を向け、強い目で盗賊を睨みながら

「Weпл удч libère l'ena」と、何事かを口にした。


あんな強い目つきで毅然とした口調で言われたら、近くにいるだけで少し震え上がる。

しかし、彼女はなんと言ったのだろう?


「その子を解放しなさい」とかなら良いのだが、「それは私の獲物だ」とか、「そいつを殺すのは私だ」とかだと非常に困る。

いくら美しい人だからといって、内面までそうとは限らない。見た目だけで物事を判断するのは愚かで非常に恥ずべき行為だ。


しかし、どうせ殺されるとしたら、薄汚いおっさんよりは美しい女騎士の方が良い。

私を殺す気なら、おっさんどもの鞭で苦しむ前に早いとこ首でも切ってもらいたいところだがーーー


するといきなり盗賊Aが鞭の残骸を投げ捨て私に近づき、左手で私の首を掴み、よく人質にするみたいな拘束をした上で、右手でナイフを取り出し、私の首に近づけた。

「Pdescಸಂಪೂ qourಚಲಿಸುtat! 」


やはりわからないが、おそらくそれ以上近づけばこいつの命は無いぞ!とかだろうか。

まったく日本語で喋って欲しい。


女騎士は閉じた口を更にきつく結び、盗賊たちを強く睨む。


やれやれ、助けっぽい人が来ても、私の圧倒的に不利な状況はさほど変化してくれないようだ。やはりここでバッドエンドなのだろうか…?


ーーー突如、背後から淡い薄紫のようなドームが、私と盗賊ABを包見込み、女騎士の前まで広がっていった。

いきなりのことが続き過ぎて私も若干疲れているが、これには驚かないわけにはいかない。


綺麗な半球状のドーム、視線を上にやっても頂点は見えない。

ずっと後ろから伸びて来たようだ。

盗賊たちも慌てた様子で周囲を見渡そうとするが、それより早く、


「סאַפּרעtaminen צו」

と、低く暗い声が後ろから聞こえてくる。


すると突然盗賊Aは私から手を放し、武器を手から落とした。

その後いきなり後ろを振り向き、土下座する。盗賊Bも同様だ。


一体何事だ?先ほどまで騒々しかった2人が、今ではまるで人形のように地に伏している。

このドームの影響か?もしや催眠術か、操心術の類でもあるのか……?


盗賊2人の土下座する方向を見ると、1人の男が立っていた。


濃く、暗い緑色のローブを身に纏った男は、それについたフードに自身の頭を押し込んでいる。長い髪が片目を隠し、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。

下は黒色の長ズボンで、靴は焦げ茶色、割と上等そうだ。


よく見ると、ローブの胸の部分には勲章のようなものがついている。

もしかしたら、この2人はどこかの国の軍人なのかもしれない。


女騎士は慣れた手つきで盗賊2人を拘束した。

2人はずっと動かず、先程までの威勢が嘘のようであった。


それが終わると、女騎士とローブの男が私の方を向く。

騎士が私へと歩み寄り、何事か喋りながら未だ立てていない私に手を差し伸べる。

やはり言っている内容はわからないが、柔らかい微笑みを浮かべているので、悪意のある内容では無いと推測する。


しかし…不味い……どうするのが最善か……?


数秒悩んだ挙句、体制を立て直し、今日二度目の土下座をする。


「言葉が通じないことを承知で申し上げます!」

「わたくしは滝山というものでありまして、信じ難いとは思いますが、異世界から迷い込んだ次第でございます!」

「どうか!どうか!お慈悲をくださいーー!!!命ばかりはお助けを……!」


そう一気にまくし立て、土下座の姿勢を続ける。

顔を上げるのが怖かった。

頭のおかしい奴を見るような目を向けられていたらどうしよう、という考えが頭から離れない。


言い終えてから、10秒ほど経った頃だろうか、いきなり頭を掴まれて、上へとあげられる。

顔を上げるとオーブの男の方であった。


すると次の瞬間私の頭を掴む手から光がいくつかの流れとなって溢れ出し、その幾筋かが自分の頭に入って来る……!?!!?!


「あ…ああ…あ…………!」


あまりの刺激に口から言葉が漏れる。

不思議な感覚、多くの情報が一気に流し込まれるような、気絶しそうな衝撃の連続。不思議と痛みはない。


少しして、ローブの男は私の頭から手を放す。


「悪いな…言葉はわかるか……?」


男の言葉に私は目を丸くし、小さく何度か頷いた。

なんでだ?先程まで少しもわからなかった言葉がスラスラと理解できる。


「あ、あの…えっと……なんで、言葉が……」

通じることを祈り、絞り出すようにして言葉を発する。


「ああ、それは俺の魔力でお前の知識に手を加えたからだ。」


魔力?この世界には魔法のようなものがあるのか?

そしてこの男は催眠系の能力者か?


そんなことを考えていると、女騎士が近づき、握手を求めるかのように手を伸ばして来た。


「初めまして、私は王国軍第13支部所属のハイユ、こっちは同じ所属の…」

「……ヤーデルだ。」


「あっ…わ、私は滝山と言います…それで、あの……」


「大丈夫、君の言ってることは信じる、こことは異なる世界から来たんだね?」

「…!は、はい!そうなんです!」

まさかこんなすぐに信じてもらえるとは…ヤーデルという男が私の記憶を見て真偽を確かめたのかもしれない。


「山賊に襲われて怖かっただろうけど、もう大丈夫。私たちがいるからね。」

「もう心配はいらない……」

女騎士に優しく微笑まれ、泣きそうになるが必死で堪えようとする。


「ありがとう…ございます……!」


まだ完全に信用はできない。

だが、知らぬ間に異世界へと移され、強盗に襲われかけた後にこうして人の優しさに触れると、感激する衝動を止めることはできなかった。

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