孤独な魂を、この手に

水谷りさ

序章 魂の墓場

 魂の墓場と呼ばれる場所がある。

  湿った土に枯れた空気。空は真っ黒に塗り潰され、辺りは常に静寂に包まれている。漂うカサカサとした空気は乾いているにも関わらず、肌にねっとりとまとわりついて不気味だ。やわらかい土は足場を危うくし、足音を吸収してしまう。


  夜月やづきがその場所にやってきたのは初めてではなかった。しかしそこに立ち入るたびに感じる内蔵が煮えくり返るような沸々とした苛立ちと気持ちの悪さは、少しも収まることがない。

  空間の感覚がおかしい。あらゆる方向に曲がりくねり、悪寒が駆け抜けて行く。


  そこら中に散らばっているゴミ・・。そのひとつひとつを見ないようにしながら進む。

 

  魂の墓場。

  捨てられた魂。


  気持ちの悪さの原因はほかにもあった。


(少し……喰いすぎたか)


  身体の底の方から込み上げてくる吐き気。自分の中で何かが暴れている。バタバタと騒がしく。夜月は顔をしかめた。


(黙れ……うるさい魂どもが)


  夜月の目が赤く光った。すっと細い光を放ち、やがて。


(……くっ)


  腰から崩れ落ちた。気づくと仰向けに地面に倒れこんでいた。

  力が入らない。頭が何かに侵されている。神経に入り込んで、自分を壊そうとしている。

  このままでは餌になる。いや、誰にも見つからず絶え果てるのが先か。


  全てを吐き出してしまいたかった。そうすれば楽になる。

  全てを吐き出して、何も残らない身軽な身体になりたい。


  夜月の身体を突き破ろうと激しくうごめいているもの。邪魔で仕方がない。取り込むべきではなかった。


(俺も、廃棄物ゴミになるのか……)


  後悔したが、悔しさを感じる余裕もない。夜月はうめいた。


(月が、見える)


  目は閉じたはずだった。しかし見える。ぼんやりと淡い光を放つ朧月。

  夜月は静かに片手を上げて、右のこめかみに当てた。とっくに身体は蝕まれて動かなくなっていたので、実際には意識の中だけでのことだったのかもしれない。


  意識が狂ってしまっていたのだろう。次に見えたのもきっと幻影に違いない。




  ひとりの少女が夜月をのぞきこんでいた。




  じっと見つめている。表情はわからない。ただ静かに夜月を見つめて佇んでいる。


  夜月はその少女に向かって手を伸ばそうとした。頭の中では何も考えていない。また、身体が動くことがないのも相変わらずだ。手を伸ばそうと意識が働いたのみである。

  少女にもその気配は伝わったらしい。痙攣したように震えている夜月の片手を彼女は握った。


  意識が遠のいていく。何かから解放されていくようなその感覚は快感に近かった。夜月は唇の端をわずかに持ち上げた。

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