第16話 カプリシャス・ロード!(1)

 カチ。弾切れでもしたような間抜けな音が響いた。ケナビェイはレーザーを発射しない銃を不思議そうにながめた。二、三回振ってみて、やっぱり撃てないとわかると今度は銃を叩いてみせる。そして気がついた。銃に銀色のナメクジが張り付いているのを。

 ピピピピピ。キッチンの隅で、機械じかけの小鳥のようにタイマーが鳴った。ケナビェイは反射的に音のした方へ振りむいた。

 膝の高さしかない小さな保温庫が、小さく震えていた。貧乏ゆすりほどだった揺れは、ガタガタと少しずつ大きくなり、最後は激しい音楽にノッてきたように床の上で飛び跳ねる。

 保温庫の扉が弾け跳んだ。閉じ込められていた大量のネズミが解き放たれたように、銀色の金属細胞がドッとあふれ出す。

「おやおや、思った以上によく増えたもんだ」

 銀色の山のなかにちらりと見えた布の切れ端に、カシは「感心感心」とうなずいた。

「保温庫を壊さないように布にくるんで入れたんだが、それを破くくらいに増えるなんて。お父さんはうれしいぞ」

 保温庫の中に残っていたブルナージュの皮が、銀色の波に押し流されてどこかへ消えていった。

「金属っていっても、細胞だからな。栄養やって暖めりゃ増えるんじゃねえかと思ったんだよ。この量だ。精密機械を持っているんだったら、気をつけたほうがいいぜえ」

 カシが忠告すると、ケナビェイはとっさに胸を押さえた。

「そこか!」

 ワニのような頭に向かってカシは銃の柄を振り下ろした。

「旧型の銃はこういう風に使えるんだよん」

 ゴトッとケナビェイが崩れ落ちた。カシは、その懐から濁った目玉のような乳白色の石を取り出す。石の表面にはびっしりと、複雑な形に金属の線が張り巡らされていた。ゴートシップの核だった。生物細胞から守るため、その辺りにあったフキンで核を包み込む。

「ビスラが持ち込んだ物で、本体が隠せる場所っていったら、アレか! くそ、パーティー会場まで遠い!」

 足元を流れる銀色の河を蹴散らすようにして、カシはもと来た道を辿り始めた。飛沫のように金属細胞が飛び散る。あちこちに着けられた爆弾を壊しに行っているのだ。少なくともここ一帯の爆弾は沈黙させられるだろう。

 パーティー会場にたどり着いても、周りを見渡す余裕もない。カシはスイッチを入れ、核を放り投げた。石の砕ける音で、初めて像のある場所を知る。

 相変わらずうさんくさい笑顔を浮かべたジェイソの像を破って、排気筒やディスク、小型のエンジンなどが弾けるように飛びだした。

 はがき大の白い金属の板が弧を描いて飛んでくる。板は布のように曲がると中空で核を受け止め、包み込んだ。その包に管が刺さって、ビンのような形の冷却機と繋がる。火花を散らしそうな勢いで、他のパーツも合体していく。

「やっぱり隠してたな。そりゃそうだろうよ。墜落させる船に乗るんだ。命綱が必要だわな」

 ファイン・アンブレラ号を爆発させたときも、ケナビェイはこの手を使って脱出したのだろう。もちろん石像ではなく、荷物の中にゴートシップのパーツを隠して。マイニャが見た白い鳥は、この小さな船が光を反射した姿だったのだ。事実というのは時には妙に残酷で、そんな物を作る神は少しサドッ気があるに違いない。

 ほんの数分で組み立ては終わり、カシの前にゴートシップが現れた。持ち込む数を少しでも少なくするためだろう。見栄えをよくする白い外殻や、速度を読むメーター、ランプなど、とりあえず飛ぶのに必要のない部品は省かれていて、白いヤギというよりそのガイコツかゾンビ、といった外見だ。

 カシはヤギに飛び乗ると、思い切りレバーを蹴り倒す。ガイコツのヤギは、いななきのように空気を吐き出すと、突っ走っていく。

「いやっほうっ!」

 忘れ物があったのに気づいて、カシは厨房に戻った。ゴートシップから降りないまま、身を乗り出してケナビェイの襟首を引っつかむ。

「まあ、持って帰ってやるか。見殺しにするのもなんだし。俺っていい奴」

 ウロコに覆われた体を旗のようになびかせながら、カシは厨房を飛び出した。

 金属細胞は、早速新しい宿に入りこうもうとヤギを追う。廊下に並べられた鉢植えがカシの巻き起こす風に倒れ、銀色の大群に押しつぶされていった。

 金属細胞の一つが、飛び上がって船にへばりつこうとした。カシが銃をぶっ放すと、小さなパズルになって飛び散った。

「子供でもこんな能力が残っているのか」

 長い間走るにつれ、少しずつ金属細胞が減っていく。あちこちに散らばるチップ爆弾やまだ生きている機械類に気がついた物がそっちを宿主に決めたのだろう。

 廊下の突き当たりで、行く手を遮っている窓ガラスに全弾を叩き込み撃ち砕く。

 窓枠をくぐった瞬間、ドンと衝撃を感じたのを最後に、シャンデリアのゆれる音が、エンジンの音が、捲くれ上がるジュウタンの音が消えた。聞こえるのは、耳のそばでゴウゴウと鳴る風だけ。

 雲のど真ん中に突っ込んだらしく、周りはどこまでも真っ白だ。後ろで砕けた窓ガラスが光の滝になってこぼれ落ちるのが視界の端に見える。カシが思わず吹いた口笛も、異世界のような白い世界では響かずに消えた。

 止まったようだった時はすぐ動き出して、カシは自由落下を始める。

 下に広がる雲の海に、ちらりと光が浮かぶ。その光は勢いよく拡大を続け、ブレイブ・メイス号の甲板になった。

 カシは忙しく機械を操作する。ゴートシップのそこについた噴射口から炎が吹き出した。それでも落下の勢いは完全に消せず、ゴートシップは横倒しになった。角のようなハンドルの先が甲板に擦れ、ドハデに火花を撒き散らす。放り出されたケナビェイは丸い鉛筆のように勢い良く転がると甲板の柵に激突して止まった。

 甲板に立っていた船員が、横滑りするゴートシップにひかれそうになり、双眼鏡を放りなげてマストの影に隠れた。

 シップから振り落とされたカシが甲板に転がる。衝撃で体がしばらく動けなかった。ケナビェイにつけられた傷がさらに大きくなった。しびれる体で、なんとか起き上がる。

「信じられん」

 モニターに移ったカシの姿に、ジェイソはイスを倒して立ち上がった。

「うそ……」

 ぽかんと口を開けているのは、マイニャ。

「あはははは!」

 ガウランディアは足をバタつかせて大笑いをしていた。

「さすがカシだ! 無茶をする!」

「笑っている場合ではないぞ、ガウ嬢」

 ダイキリが低い声で言った。

「見ろ。降ってくる」

 はるばるカシの船を追ってきた金属細胞の残りが、大粒の雨のように雲の隙間をすべり降りてくる。

「ブレイブ・メイス号に取りついたら厄介だ! 打ち落とせ!」

 甲板に警告音が鳴り響く。

 飾りの帆を張っていたマストが、軋みながら角度を変えて金属細胞の群れに先端を向けた。紫がかった青色の電気のボールがマストの先端に生まれ、回転しながら大きくなっていく。

「ま、まさか!」

 カシは両耳を押さえてうずくまった。

 大砲が発射された瞬間、カシは確かに数十センチ飛び上がった。

 青い光に飲み込まれた金属細胞は灰も残さず蒸発した。

「テメエ、ジェイソ!」

 どこかにあるはずのカメラを探してキョロキョロしながらカシは怒鳴った。

 耳をふさいでも音はかなりの物で、目まいと吐き気がするほどだった。

「人が甲板にいるのに砲撃すんな! 死ぬかと思ったぞ!」

「だったら、無駄口叩かず早く戻ってくるんだな、カシとやら」

 イヤホンから聞こえるジェイソの声は、ふざけているようではなかった。

「その一発で死にかけたのなら、今度は間違いなく死ぬぞ」

 頭上が不意に明るくなって、カシは空を見上げた。

 魚ほどの大きさに見えるジョイ・ジェム号の尾の辺りで、オレンジのような火の弾が膨れ上がった。金属細胞に見つからなかった爆弾が炸裂したのだ。

 炎と煙の帯をひきながら、ジョイ・ジェム号ははるか下の海に飛び込もうとしているように船首を下にむけた。

 ある程度上昇したら一気に落ちるよう、細胞にセットされていたのか、証拠隠滅の爆弾のせいなのか、今まで勝手に上がっていったジョイ・ジェム号は勝手に高度を落としていった。

 燃料のこげる匂いが風に乗ってカシの鼻にまで届く。溶けた金属が空中で固まり、小石になって降ってきて、ブレイブ・メイス号の甲板に突き刺さった。

「まずいまずいまずい!」

 カシは頭を抱えて船の中に逃げ込んだ。ジェイソの命令を受けた兵士に案内され、久しぶりにガウランディア達と合流した物の、再会を喜ぶ所の話ではなかった。

「どうするんだよボス! このままじゃ港に落ちるぞ!」

 ジョイ・ジェム号は、海に飛び込もうとしていた。海水ではなく、港の人の海に。

 地上を映すモニターから、悲鳴が上がった。四角い画面の中で、リンゴを売る屋台が逃げようとする群衆に押しつぶされる。店に飾られた旗がちぎれて宙を舞う。逃げ惑う人に踏み潰されまいと、ネコが一匹屋根に避難した。

「ふははは。死ね死ね死ね、死んでしまえ!」

 ビスラがどこか壊れたように叫び続けていた。

「ジェイソ、ジョイ・ジェム号にもっと砲撃を!」

「レディガウランディア、言われなくてもやっている!」

 紫色の柱が、ジョイ・ジェム号に突き刺さる。とどめを刺された船は、殴られたクッキーのようにボロボロと崩れ、いくつかの破片になった。割れたクス球のように、無数に砕けた鉄片が色とりどりの煙を引いて落ちて行く。

 その美しさが許せないというように、ブレイブ・メイス号の砲撃がさらに追い討ちをかけた。汚れた綿のような煙につつまれたジョイ・ジェム号のカケラは、紫の矢で半分ほどに数を減らす。

「爆弾が役に立ったな。破片が細かく砕ける。下に落ちても被害が小さい」

「でも、下の奴ら無傷っていかないだろうな」

 苦々しくカシが呟いた。

 モニターがあるから逃げ惑う姉妹の涙まで映す事が出来るが、肉眼で窓から外を見下ろしたら、港に群がる人々は小さなアリぐらいにしか見えない。しかも、そのアリもかすんで見えなくなりかけている。この高さから、ねじ一本でも落ちたら、当った人間の頭蓋に穴が開くに違いない。

「だめだ、ジョイ・ジェム号は頑丈にできている。それにあの大きさだ。護衛船の武器でも、すぐには」

 取りこぼした破片が弧を描いていく。その一番小さく見えるカケラでも、家一軒ぐらいの大きさがある。

「砲撃手、もっと火力を! 破片を全て蒸発しつくせ!」

「これで精一杯です!」

 マイニャはガクガクと体を震わせていた。両腕で押さえても、肩が震える。

 ジョイ・ジェム号の破片が落ちて行く、ジョイ・ジェム号? 違う。あれはファイン・アンブレラ号だ。

 マイニャの目に、港と逃げ惑う人波の光景はもう映っていなかった。代わりに映っていたのは、いつか見たファイン・アンブレラ号の事故の光景。

 ファイン・アンブレラ号の破片が、流星雨のように降りそそぐ。祈りを捧げるおばあさんの上へ。わけも分からず空を見上げる子供の上へ。父親が作った兵器で落ちた船。

『マイニャ様! キャプテン・ガウランディア!』

 いきなり響いたナルドの声に、マイニャの幻覚はガラスのように砕けて消えた。

 ガウランディアがイヤホンを押さえる。

「確かナルドといったな。どこにいる!」

『カプリシャス・ロードの中ですよ!』

 イヤホンからの声はどこか得意げだった。

「ばかな。カプリシャス・ロードはダイザー達に乗っ取られているはず……」

『何言ってるんですかカシさん! 映像で流れてますよ、あなたがジョイ・ジェム号から逃げ出したことも、ケナビェイが捕まったこともね! 状況が不利になったもんで、下っ端のダイザー達は逃げるのに精一杯です!』

「やっぱり一人で静かにお留守番はできなかったのだな」

 ぼそっとダイキリが呟いた。

「こっそり、カプリシャス・ロードの様子を見に行っていたのか」

 カシが一つ大きく手を叩いた。

「ブラボー! マイニャ、お前の執事はやっぱり食わせ物だよ!」

「ナルド! メインスクリーンのそばにそのイヤホンを置け! その船は私の声で動く!」

 駆け回る足音と、コトリとイヤホンが置かれる音を確認してから、ガウランディアは叫ぶ。

「カプリシャス・ロード、浮上! 座標4565・7852・4891・782にむかって撃て!」

 ほんの数秒間の静寂。塩の砂漠の方向から放たれた白い光が、空を引き裂きながら伸びていった。

 ガウランディアは、スクリーンに身を乗り出した。

「お前も神の名を持つなら、カプリシャス・ロードよ。人の命を救ってみせろ!」

 白い柱はジョイ・ジェム号の残骸を飲み込んだ。

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