(7)ー1
欧州―第十三地区。九日目。
普段から早起きの習慣がついているため、翌日、デュカスは朝早くに目が覚めた。特にすることもないので階下に降りてゆくと、ミトが朝食の準備をしているところだった。
「おはよう、ミト姉」
台所の入り口で、声を掛ける。ミトはちょうど、棚から食器を出しているところだった。デュカスを振り返るとにっこりと笑い、おはよ、と返してきた。
「もっとゆっくり寝てたらええのに」
「勝手に目が覚めたんだ。この時間はいつも、水汲みをしてるから」
言いながら、デュカスは席についた。そしてちらりと
ミトは二人分の皿を食卓に並べると、竈に近付いた。その上に置かれた鍋の蓋を開ける。
「昨夜のスープがまだ残ってんねんけど、食べる? 冷たいまんまでも大丈夫なやつやで」
「うん、少しだけもらう」
火を使わないよう、ミトも気を遣ってくれているのだ。
「ハルトさんは? まだ寝てはるん?」
「……知らない」
「ま、ええか。ウチは店の準備もあるし、先に食べさしてもらうわな。デュカくんも共犯者やで」
いたずらっぽい笑みを浮かべ、ミトは鍋からスープを皿に装う。デュカスも少しだけ破顔する。
「オレも店を手伝うよ。体、動かしたいんだ」
自分の分の皿を受け取りながら、デュカスはミトを見上げる。ミトは目を細めた。椅子を引いて、自分も席についた。
「ありがとう。助かる。――ところでな、デュカくん。デュカくんは、その……これからどうするん? どっか、行く当てとかは……」
ミトの言葉に、デュカスの顔から表情が消える。目を伏せた。その姿にミトは狼狽する。
「あっ、いや、その。ごめん、デュカくん、ウチはただ……」
「違うんだ、ミト姉」
「え?」
「あいつにも……同じこと聞かれたんだ。これからお前はどうするつもりなんだ、って」
デュカスはスープの表面を見つめる。
「村の皆はもういない。オレが一人で村を立て直しても、一緒に暮らす人がみんな死んでるんじゃ、意味がない。そう、言われた。悔しいけど、あいつの言う通りだ。だからオレ、言い返すことができなくて。自分でも何をしたらいいか分からなくて」
座ったまま、服の裾を握り締める。
「そしたらあいつが、言ったんだ。一緒に来いって」
「一緒にって……どこに?」
「分からない。でもあいつには、どこかに行ってやることがあるらしいんだ。それについて来いって言われた」
「やること……か。それで、デュカくんの気持ちはどうなん? ハルトさんについて行く気はあるん?」
正直に言って、自分でも分からなかった。あの時はただ、テトの村から出るのだという結論に達することで精一杯だったので、それから先のことは考えていなかったのだ。
これから、あいつに伴われ、どこへ行こうというのだ。一体何をするのだ。第一、あいつは――。デュカスは歯の奥を軋ませる。やわらかに微笑む姉の姿が、脳裏をよぎった。
考え込んでいるデュカスを見つめ、ミトは言葉を選びながら口を開く。
「あんな、もしデュカくんさえ、よければの話やけど。しばらくの間は、ウチん家で寝泊りせん?」
デュカスは顔を上げる。
「なんていうか、デュカくんが自ら進んで、ハルトさんについて行くって言うんやったら、ウチも止めへん。でも、そうじゃないんやったら……ここに残る方がええんと
「オレ……は」
「今、無理に答えんでもええよ。デュカくん自身のことやから、ゆっくり考え」
ミトの物言いは、先日のハルトのそれとよく似ていた。
二人、言っている内容が正反対なだけで、最終的な決断はデュカスに委ねてくれている。それがよいのか悪いのかは分からないが、少なくとも今のデュカスにとっては、困惑を増幅させるだけでしかなかった。
しかし、ミトの親切な申し出に心が動いたのは事実だった。
あんな奴に連れられて知らない所に行くよりは、ここウラカの町で、顔馴染みの人間に囲まれて暮らす方が、よほどいい。デュカスは座ったまま、服の裾を更に強く握り締めた。手に、汗が滲む。
「ほら、そんな怖い顔せんと。とりあえず今は食べて、店の手伝いしてくれんねやろ?」
ミトに言われ、自分が眉間に深く皺を寄せていたことに気付く。息を吐き出し、無理やりにでも、笑顔を浮かべた。
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