第十四話 「鍛えているからだッ!」
日も登り切らぬ朝方。
レオは基地周辺の坂道を大鳳や根古、館とともに走っていた。
大鳳に誘われ、早朝トレーニングに参加しているのである。
今日は土曜日で学校は休み。
昼過ぎまでみっちりと時間をかけて鍛錬を行う予定だ。迷彩服のズボンとタンクトップを借り受け、三者お揃いの格好で一列に並んで山頂を目指す。
「へっほへっほ」「おいっちにおいっちに」
「声を出していくぞォ!」
「「「おおぉー!」」」
むさ苦しい偉丈夫三人の中に一人、年頃の少女が混ざっているというはどうにも奇妙な取り合わせだった。
「いい朝日だな! マイ弟子たち」
「「「…………」」」
頂上に辿り着くとちょうど太陽が昇り、顔を見せ始める頃合いになっていた。
ほぼ休みなく走りっぱなしだったため、大鳳以外のメンバーはへとへとで風景を楽しむ余裕などない。
大鳳は登山用のバッグを背負ってレオたちを先導していたのにも関わらず涼しい顔。驚異的としかいいようがない。
「……師匠はなんでそんなに元気なんですか?」
「鍛えているからだッ!」
では鍛えれば自分も彼のようになれるのだろうか。
とてもそうとは思えないレオだった。
大鳳の用意してきたポットのお茶と握り飯で休息する一同。
「うんめえ! うんめえぞぉ!」
「身体に染み渡るゥー!」
美味そうに頬張り次々と平らげる根古や館とは対照的にレオの食はあまり進まない。
「どうした、レオ君。暗い顔をして。もしかして七緒君に言われたことを気にしているのか?」
昨日の陰鬱さを引きずって表情を曇らせているレオに気付いた大鳳が隣に腰掛ける。
「……わかりますか?」
レオはぎこちなく顔を上げ、目を合わせた。
「大丈夫さ。うちの組織に軍法会議なんてものはない。あれは七緒君なりのジョークだ」
大鳳は親指を立てて気さくに笑い励ましてくれるが、
「いや、気にしてるのはそこじゃないんですけど」
ガハハと豪放に笑う大鳳を白けた眼で見つつツッコむ。
「というかあれ、ジョークだったんですか?」
「気難しいように見えるかもしれないが、あれはただ不器用なだけでね。本当は繊細で心の優しい子なのだよ。威圧的になり過ぎないよう、彼女なりに言い回しに気を遣ったんだろう」
大鳳はそう言うが、レオにはとてもそんな好意的な解釈はできなかった。
「ちょっと信じられないです。少なくとも、今のあの人を見た後じゃ……」
レオが呟くと大鳳は視線を落とす。
「そうだな。確かに昔から頑固なところはあったが、あそこまで極端な考え方をする子じゃなかった。変わったよ、彼女は」
互いに沈黙し、微妙な間が生まれる。
レオは気になっていたことを訊ねてみた。
「師匠、本当なら四年前に戦いは終わっていたって本当なんですか? 諸星先輩が言ってました。二人で戦っていたら勝てていたとも」
大鳳は逡巡し、言葉を選ぶようにしながら口を開く。
「……その可能性もあったというだけの話さ。確証はなかったし、二人なら勝てたという保証もなかった。だが彼女は相棒が死んだことも、戦いに負けたことも。そして戦いが終わらなかったことも。すべてを自分の責任だとして重く受け止めてしまった」
「責任……」
レオは大鳳に七緒から言われた選択する覚悟について話した。
「わたしは目の前の一人一人を大事にしていきたい。それが正しいことで、正義とはそういうものだと信じてきました。だから覚悟があるのかって訊かれて何も答えられなくて。それじゃたくさんの人を救うことはできないって言われて……」
「…………」
大鳳はレオの言葉に静かに耳を傾けて聞いている。
「諸星先輩に言われたことも一理あって。だけどわたしは四年前に見た諸星先輩の姿を目指してきたから。それがこの世界の希望だって思い続けてきたから。だから本人に否定されて、何を信じたらいいのかまったくわからなくなってきちゃって。目の前が塞がって見えるんです。昨日の戦闘でも上手く変身できなかったし。また変身できなかったらどうしようって。……先輩にはもう戦わない方がいいって言われるし」
レオはコップを両手で包みながら胸中の不安を吐露する。
「人の考え方は変わるものさ。七緒君は他者にも厳しいが何より自分に厳しい。過去の失敗を悔やみ、良心の呵責から逃れるため、自分がするべきことは何かを突き詰めて考えた結果、時に非情になるということが彼女の行きついた新しい答えだった。それだけのことだよ」
「なら、諸星先輩のその答えは正しいんでしょうか?」
「何が正しいかなんて誰にもわかりはしないよ。自分にとっての正義が他の誰かには悪であるのかもしれないのだから。正義とは一概にこうだと決めつけられないものだ」
大鳳はゆったりとした口調でレオを諭した。また、それはここにはいない誰かに言い聞かせるようでもあった。
「師匠も悩んだりするんですか?」
「当たり前だろう。私だって人間だぞ」
「なんか想像できないなぁ」
弱々しく笑うレオを見て大鳳は遠くの景色に目線をやり、
「……ちょっとだけ昔、いや、君にとってはだいぶ昔の話をしようか」
どこか過去に思いを飛ばすような顔で語りだした。
「私はスケイルギアが発見される前、対デウスの特殊部隊を率いていてな。自衛隊や警察から選抜された気概ある仲間たちとともに前線でデウスと戦っていたんだ」
対策本部の皆が彼を隊長と呼ぶのはそのためだという。
「ただまあ、当然のことながら事態が好転するような戦果をあげることはかなわなかった。しかし私は諦めなければどうにかなると信じ、先陣を切って突き進み続けた。けれど仲間たちは一人死に二人死に。次々と犠牲になっていった」
大鳳はそこで一旦言葉を区切る。
益荒男の精悍な顔つきに暗い影が差した。
「そうやって戦い続け、ふと気が付いた時。私の後ろには誰もついてきてはいなかった。唯一生き残った一人も結局、私のやり方では世界は救えないと愛想を尽かし私のもとを去って行ってしまった。その時に初めて考えた。はたして自分のやっていたことは正しいことだったのかと。自分一人、無我夢中に暴走し、周囲に無謀なことを強要していたのではなかったのかと。それまでは自分の行いは絶対の正義なのだと疑いもしなかった。なまじ前線で私個人ではそれなりに手応えのある戦いをできてしまっていたのもよくないことだった。他者の側に立って考える思考が欠落していたんだな。隊を預かる長としては失格もいいところだ。だからこそ悩んだし、後悔もした。今の君と同じようにな」
「…………」
「わからなくなったのならもがけばいい。君の正しいと思うこと。七緒君の正しいと思うこと。どちらが正しいかなんて答えはない。それぞれの正義を照らし合わし、よりよい選択を探しだせばいい。三歩進んで二歩下がって。それくらいの頻度で振り返って確かめて。正義とはそうやって懊悩しながら紡いでいくものだ。だから俺は迷うことは悪いことではないと思う」
だからそれでいいんだと大鳳は言った。
迷いの中で、自分の信じるものを見つけ出せと。それは正義というよくわからないものを振りかざす者として負うべき責任なのだからと。
「長話をしすぎたな……。もう数十分ほどしたらサーキットトレーニングをするとしようか」
大鳳はズボンについた砂を払い落としながら立ち上がった。レオに話した過去はできることならあまり口にしたくはない話だったに違いない。
だけど大鳳は話してくれた。
師として、弟子が進む道を照らそうとしてくれた。
出会ってまだ数日しか経っていないけれど。彼の器の大きさは本物だ。彼の思いに応えたい。彼の示してくれた道標に対して答えを出したいとレオは強く思った。
「……ああ、そうだ。変身ができなかったといったな。私には詳しいことはわからないが、スケイルギアは持ち主の心に強く影響を受けるものらしい。君が変身できる媒介となるイメージを頭に浮かべてみれば、案外それが形になるかもしれないぞ」
ふんわりとした直感的なアドバイスを送られた。
(イメージ……?)
その一言で何かを閃ければよかったのだが、レオの脳裏に浮かんだのは特撮ヒーローが変身ポーズをとる姿だけであった。
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