第十三話 「驕り高ぶった者の末路」
「す、すごい……」
七緒の手にブーメランがもう一度返ってくると、その時にはもう、あれほどの数がいたデウスは一網打尽にされた後だった。
(わたしは一匹倒すのにあんなに手こずったのに……)
一瞬で複数の敵を殲滅させた七緒。
まざまざと力の差を見せつけられ、レオは唇を噛みしめる。
「うぐっ……」
当初からあったオレンジ色の発熱部分は今や両足、胴体、右腕にまで広がっており、戦闘を終えた七緒は苦しそうな声を上げた。
「だ、大丈夫ですか?」
見るからに不調そうな七緒の様子にレオは駆け寄ろうとする。
「心配は無用だ」
七緒は気丈にそう言い、地面に刺さる刀を抜く。
するとレオと身動きのできずにいた少女を守っていたバリアーが解かれ、七緒の身体から発せられる高熱がじんわりと伝わってきた。
「諸星先輩……」
「邪魔だ、どけ」
甲冑の紅蓮の眼光でレオを退けさせると、七緒はまだ熱の行き渡っていない左腕で少女の動きを封じている瓦礫を持ち上げた。
レオもそうだったが、変身中はもともとの身体能力よりも力が増幅するらしい。
「……今のうちに出ろ。……出れないのなら四号、お前が引っ張り出してやれ」
七緒は息切れをしながらレオと少女に言う。
「は、はい!」
少女が動けないことを瞬時に察したレオは手早く救出活動を実行した。
「……ぐっ」
レオが少女を抱きかかえて隙間から助け出すと、七緒は膝を地面に着いて体勢を崩す。変身が解かれ、鎧が消え去る。
「子供は助け出せたか?」
「はい……!」
レオは少女を抱きかかえながら答える。
「そうか。ならばよかった……」
心から安堵したように、七緒は一瞬だけ柔らかな微笑みを浮かべる。
「諸星先輩……」
疲弊しきった様子の七緒は何とか立ち上がると手持ちの連絡端末で司令本部と通信を試みる。
「こちら諸星、デウスの討伐に成功した。なお、軽傷の一般市民を保護。直ちに応援を要請する」
報告を済ませると七緒は額の汗を拭って息を吐く。
辛そうだ。
彼女の変身はそれほどまでに身体に負担をかけるものなのだろうか。自分はただ体力を消耗した程度であったのに。
「諸星先輩……どうしてなんですか?」
「何の話だ」
胡散臭そうなものを見るように七緒は視線を向けてきた。
「先輩はどうしてあんなことを言ったんですか!?」
「……だから何の話だ」
「四年前はわたしたちを助けるためにあんなに一生懸命になってくれたじゃないですか! 今だって、たくさんの敵がいる中でわたしたちのことを気遣って戦ってましたよね。なのにどうして困っている人を見捨てるのを良しとするようなことを言うんですか!」
即座にデウスと戦っていくことを決断できたのはあの日、必死になって自分を救ってくれた七緒の姿を見たからだ。
彼女と一緒に戦えるようになりたいという思いがあったからだ。なのに、目の前の本人はその過去を否定するような発言ばかりをしてくる。
「そうか……四年前……。そういうことか……」
七緒は何かを思い出した様子で、合点がいった顔をする。
「……やめろ。当時の私を見て何を思ったのか知らんが、私はあの日のことをずっと後悔しているんだ。あの時、君たちを助けに行ったのは間違いであったとな」
七緒の言葉はレオの頭をガツンと殴りつけるように響いた。
「……え? なんで……なんでそんなことを言うんですか」
レオは自分の心の中にある、信じていた肖像が崩れていくのを感じた。
「お前は知らないだろう? あの日、本当ならデウスとの戦いは決着を迎え、終結してるはずだったということを」
「…………?」
困惑するレオを鋭利な瞳で睨みつけると、七緒は穿いていた黒ストッキングを破って右足のソックスを脱ぎ捨てた。
「……っ! 諸星先輩その足は……!?」
七緒の右足、膝から下。
ちょうど鎧が熱を発していた部分に当たる箇所は黒鉄色に覆われていた。
いや、違う。足そのものが金属のパーツになっているのだ。
つまり義足ということだ。
「この右足はあの日、私が戦闘で失ったもの。私の過ちの象徴だ。鎧装表皮を持たないこの足のせいで私はスケイルギアを四十秒間しか維持できない。お前も見ただろう? ここから拒否反応が起こって全身がオーバーヒートしてしまう様を」
四十秒……。あの変色してしまう症状はその変身限界が影響していたということなのか。
「四年前、私は適合実例体第三号とともにすべてのデウスを束ね、生み出しているデウスとの戦いに挑もうとしていた。だが途中、デウスに囲まれた君たちを見つけた私は三号を一人先に行かせ、バスの救助に向かった」
「…………」
「その結果が! 目の前の小さな命に固執した結果がこの様だ! ここに広がる景色だ!」
七緒は廃墟と化した街並みを険しい表情で見据えて言う。
「戦いは終わらず、今もこうして多くの人が、街が。傷つき悲しみに暮れている。二人で戦っていれば勝てたはずなんだ。私が余計な寄り道をせず、もっと先を見て軽率な行動を取らなければこんなことにはなっていなかった。ここで暮らしていた人々も。街も。四年間の間に犠牲になったすべてのものも。全部を救おうなどという私の自惚れがなければ何事もないままでいられたんだ。本来ならば傷つかずにいられたはずのものだったんだ」
七緒は深く悔いるように自身の右足に視線を向け、唇を噛みしめる。
「なぜ私の担当範囲がもう一人の適合者よりも狭いかわかるか? 変身時間が極端に短い私には広大なエリアをカバーしきれないからだ。戦いを長引かせたうえ、満足に戦うこともできない。後悔だけを募らせて罪を償うことすらも叶わない。これが愚かな選択をした者の末路だ」
七緒の鬼気迫る雰囲気に押され、レオは身体が強張るのを感じた。
「お前に覚悟はあるのか?」
「……か、覚悟?」
「そうだ。多くを救うために少数を切り捨てる覚悟はあるのか?」
「切り捨てるって……。わたしたちが来なかったらこの子はデウスに襲われていたかもしれないんですよ? わたしたちが来たから助けられたんですよ?」
泣き疲れたのか今はレオの腕に包まれて眠ってしまっている少女を抱きしめ、レオは言い返す。
「ならば、もしデウスが我々のもとへやって来ないで他の避難の済んでいない区域に侵入していたらどうなっていた? この子一人を助けても、もっとたくさんの人たちが死ぬことになっていたかもしれないんだぞ? そうなった場合、お前はどうやって責任を取るつもりだったんだ? 犠牲になった人々にどう顔向けするつもりだった?」
「そ、それは……」
レオが言い淀んでいると七緒は立て続けに言葉を発してくる。
「覚えておけ。一人の人間に救うことができる数は限られている。その小さな両手ですべてを取りこぼしなく守れると思うな。今日のように、救うべき者を天秤にかけなくてはいけなくなる時が必ず来る。その時にお前は正しい選択をすることができるのか?」
「わたしは……」
言いたいことはあるはずだ。
漠然とした思いはあるはずだ。
なのに何も言えない。口にする気力が湧いてこない。
具体的に言葉にすることができなかった。
「正義のため、時に非情に徹する自信が持てないのならもう戦わないほうがいい。お前のためにも。お前が大切に思う人たちのためにも」
「…………」
「私はバイクを取りに行ってくる。救助隊が来たらその子を引き渡すように」
レオの沈黙を答えと受け取った七緒は、そう言葉を残して去って行ってしまう。
呆然とその場に座り込むレオ。
その胸元では、少女が寸前まであったやり取りなどなかったかのようにあどけない寝顔を見せて眠っていた。
七緒はかつて自分が救った少女を置き去り、バイクを停車していた位置にまで戻る。
よく考えればバイクを停めて追いかける必要などなかった。
ただ彼女が無謀に飛び出していくから自分も無意識につられて走って追いかけてしまったのである。
「…………」
……彼女は自分に失望しただろうか。
きっと呆れたに違いない。
現実的な取捨選択を迫る七緒を志に欠けた者と思ったはずだ。
彼女、四号は……獅子谷レオはまっすぐな正義の心を持っている。その彼女には受け入れがたい言葉だっただろう。
だが、あれでいい。力に不相応な理想をいつまでも追いかけ続けていてはいつか彼女もまた自分のように大きな後悔をすることになる。
友を、多くの人を死に至らしめるなどという罪を背負うのは自分だけでいい。
今のうちに。まだ取り返しのつくうちに。
夢見がちな青臭い思想は捨てておくべきなのだ。
全てを万遍なく救えるヒーローなんていやしない。その現実が受け入れられないのなら戦わないほうが彼女のためだ。
自分は驕り高ぶった者の末路を知っている。
同じ道を歩もうとしている者を止めるのは当然のことだ。
例えそれで彼女に嫌われることになったとしても。そうすることで彼女や、多くの人が救えるのなら構いやしない。
相方を失い、言葉に言い表わせぬ想いを寄せていた者が去って行ったあの日から。
揺るがぬ鉄の心を内包し、鬼になってやると。そう誓ったのだ。
一人で重い十字架を背負って正義を貫き通すと決めたのだ。
七緒の歩く道は茨の正義。
孤独の正道なのだから。
※※※
希望を持たず、けれど死ぬ勇気もないわたしにもとうとう本当の死の淵が訪れようとしていました。
課外活動でバスに乗って学外へ移動している最中、出現したデウスに四方を囲まれ逃げ場を失ってしまったのです。
一緒にバスに乗っていたクラスメートたちは助けを求めて咽び泣いています。
隣に座る獅子谷家のメイドの少女も顔を硬直させて恐怖に打ち震えていました。
無駄なことをしている。
同級生たちをわたしは冷めたように眺めていました。
助けなんて、来るわけがない。
それなのに彼女らは慌て、泣き、無駄な体力を消費している。
この世界は本当に困っている時には誰も手を差し伸べてはくれないのだ。
わたしはそのことを知っている。
だから、こうやって最期の時も取り乱すことなく受け入れることができる。
驚くほど想像通りの落ち着き具合に自分でも驚いていました。
そんな時、あの人が現れたのです。
遥か空の彼方から。まるで天から現れた救いの神のように。
それはかつてわたしが臨んだ救世主の姿でした。
『私が絶対に助けてみせる。だから諦めるんじゃないッ』
なんだ、この世界にもいるんじゃないか。
そう思ったとたん、わたしの世界は急に色を取り戻しました。
たった一人でたくさんの化け物と戦うその姿。
わたしたちを守ろうと必死になる姿。綺麗だと思った。美しいと思った。
だけど多勢を相手にするのはやはり無理があったのかもしれません。
その人は押さえつけられ、身動きを封じられてしまいました。
――あの人を死なせてはいけない。
そう思った瞬間、わたしは窓を開けて外へと飛び出していました。
今考えれば何も力のない自分にはできることなんてあるはずないのに。
わたしはその人の危機をただ見ていることができなかったのです。
※※※
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