指きり村
枕木きのこ
【長編】指きり村
依頼
「はい、これで詰みね」
ぱちりと音を立てて駒を進めると、柊所長は満面に笑みを浮かべて私のほうを見た。私はしばし顎に手を当てどうにかして逃げ切れぬかと思考を展開してみるが、この顔にそれも無謀と思い頭を下げて投了した。
盤上の駒を、腕を使い豪快に掻き集めると、柊所長はうんうんと頷きながらさっさと将棋盤を隅に追いやり、代わりにガラス製の灰皿を引き寄せて煙草に火をつけた。じりじりと火の燃える音がする。
「朝霧くんはいつまで経ってもうまくならないね」
「将棋が出来ても、人生において何一つ得はないですからね。基本的なルールと、ある程度の腕前があればいいんです。暇つぶしですよ」
「おやおやこりゃひどい言い草をするもんだ。これで飯を食っている人間がたくさんいると言うのに」煙をもわっと中空に吹き出す。「大体ね、そんなことを言い出すとたいていのことに得なんてものは存在しないよ。人生を円滑に生きるには物事を損得の埒外に置いて考えないとならないんだから。何言っているかわかる?」
大きな笑い声を立てて恰幅のいい身体を揺らすので、私は少し意地悪い気持ちになって続ける。
「じゃあ所長がここを開いたのも損得勘定を度外視した道楽だと?」
しかし意外にも返答は早かった。
「それは違うよ」
「どうしてですか? 所長は例外だとでも言うんですか?」
私はぬるいコーヒーを啜りながら、半ば睨みつけるようにして柊所長に視線を向けた。
「拡大解釈して物事を考えると、この世に例外というものは存在しない」
「また良くわからないことを」
「まあまあ聞きなよ。最近の若い子は自我が強すぎてならない。人の話を聞く辛抱というものが出来ない。朝霧くんは世代なんかで一緒くたにされることが嫌いだろ? だったらもう少し落ち着いて話を聞きなさいよ」吸い始めが美味しいという自論のため、柊所長は四口吸っただけで煙草を灰皿に押し付け、次の煙草に火をつける。「例外というのは、全てが同一条件下にある前提の上で、そこから逸脱することを意味する。我々人類は全てが同一なわけではないだろ。格言なんかでよくあるね、みんなそれぞれ違うから誰かと比べる必要はないんだよ、というやつ。だから当然例外だとか普通だとか、そういう理論を持ち出すことが不健全というか、ナンセンスなんだよ」
「結局何が言いたいんですか」
「例外というものが存在しない以上、僕もまた、損得勘定抜きにここを開いたということだよ」
当たり前の顔をして言うので、私はため息を吐いた。それは違うと否定したのはあなたではないか、と言外に込めたつもりである。
柊所長は基本的にのんべんだらりとしていて他人がどう思うか、他人にどう見られるかといったような事には一切気を配らない。だから当然のように矛盾した主張を繰り出すし、それについて突っ込まれたところで「どこか、何か可笑しいのかな?」とにこにこしながら反論されるのが落ちだ。暖簾に腕押しという言葉があるが、言うなれば彼はその暖簾どころか、もっと無抵抗な、空気のような人間だ。
人間は流動的であって、主義や主張はその瞬間瞬間にも移り変わっていくのだから、言動に矛盾があっても何一つ可笑しなことはない。
それが彼の、生きる上での理念のひとつなのだ。
それも、この温厚そうな体型と顔と声が揃っているから、なおのこと性質が悪い。
私はゴールデンバットの吸い口を叩いてから、咥える。柊所長がこれ見よがしにピースを叩くので、この人の子供っぽさというものが嫌というほど伝わってくる。
「おはようございまあす」
ノックもせずに出入り口を開いて顔を覗かせると、吉原美津子はそこから一番近いデスクの上にヴィトンのバッグを放り投げて、深々と腰を下ろした。それからパタパタと眼前で手を振り、
「なんだかすっごい煙いんですけどお」
「お疲れ様」
柊所長はそれを見るなり、応接用のソファから腰を上げると、まず窓を開け、それから吉原美津子のためにインスタントコーヒーを作り始めた。本来事務員として雇われている吉原のほうこそが所長に対してすべき仕事を所長である彼自らが率先して行っているのは、全く持って、彼の女性的な好みの問題である。要するに、スケベ親父なのだ。
私が母の猛反対を押し切ってこの柊探偵事務所にて勤務し始めた頃は、柊所長はもっとスリムで、きびきびとした男だった。彼曰く「朝霧くんの出来栄えが予想以上だったから僕はもういいや」ということで、現在では仕事のほとんどを私が行っている上、二人でも十分に立ち回れる仕事量のところ事務員まで雇っているのは、やはりここの全てが柊所長の道楽以外のなにものでもないという証拠になろう。
柊所長の淹れたコーヒーを啜ると、吉原美津子はノートパソコンを立ち上げる。一応彼女にも良心というものはあるらしく、お金を貰っている以上それなりに仕事はこなしてくれるので、爪を赤く染めていようが、髪が金に近い茶色だろうが、胸を強調した服を着ていようが、私は文句ひとつ言わない。そもそも彼女の雇い主は私ではないのでそんな権限など持ち合わせていないが、そこはそれ、私は彼女の上司に当たるので、堪忍袋の緒が切れればなんとしてでも辞職させる心積もりではいる。それを女の勘で察知しているのか最低ラインまでは放棄しないので、手を出しづらかった。
私は一人応接セットのテーブルに足を投げ出し、煙草を吹かし続けた。根元まで存分に味わう。貧乏性と言われればそれまでだが、ポリシーと言えばある程度格好がつくだろうか。
「メールが一件来てますねえ。今日の午後四時から相談をしに来たいって」
「四時ね」
吉原美津子が言うと、柊所長は苦悶の表情を浮かべた。
「何かありましたっけ」
「何もないよ。予約も調査もね。ただほら、僕、その時間、あれだからさ」
「ああ、再放送ね」これで所長を名乗るのだから、大した男である。「私が面談します。了承の旨、返しといて」
「はあい」
吉原美津子の間延びした返事と、キーボードを人差し指のみで叩いていく不規則な音が所内に響いた。本当に、最低ラインである。
柊所長はなにやら熱心に手紙を読み込んでいて、それを気にもしない。自分で面接をして採用したわけだから、決まりが悪いのかもしれない。いや、そんなことを気にするタイプでもないか。
ひとり考え、私は、大仰なため息を隠そうともしなかった。
依頼人は四時を五分程度回った頃に事務所のドアをノックした。吉原美津子が扉を開き、相手の確認を行い、応接室に通した。応接室と言っても、入り口からと所員のデスクからとを衝立でシャットアウトしただけの簡素なもので、当然上部は空いているので声は筒抜けだった。ビルのワンフロアを借りているとは言え、狭い事務所なのである。
私が応対のため応接室に入ると、依頼人の女性は腰を浮かせて会釈をした。年のころは私と同年輩か、少し上くらいだろう。セミロングの髪を後ろでひとつに束ね、スーツを着込んだ格好である。化粧は薄く、全体的に地味な印象だった。
柊所長が二人分のコーヒーをそれぞれの前に置き、応接室を去る。彼ほど名ばかりのリーダーは、歴代の総理を調べても居ないだろう。
「私、今回お話を伺わせていただきます、立花と申します」
言いながら私は、左の胸ポケットから、いくつかあるうちメインで使用している偽の名刺を取り出した。依頼人とは言え、商売柄、本名を名乗ることは少なかった。ここは興信所ではないので、信頼は最低限で良い。
女性は名刺をしげしげと眺めている。「柊探偵事務所」の文言と「立花優」という名前以外何も書かれていないので、怪しんでいるのだろう。もしくは、
「所長さんが話を聞いてくれるわけではないのですね」
こう言った主張のためであろうとは予期していた。
「ええ。彼は忙しいもので。何せ三人ばかりの事務所ですからね。お宅さん以外にも依頼人を多数抱えているのです」
これも、私が面談に応じた理由のひとつである。いかにも自分は大物であると思わせるのは、客の絶対数が少ない商売では当然の商法だろう。逃すわけには行かないし、出させられるならば多くの金を出させるのが、探偵という稼業だ。
ただし我が柊探偵事務所の場合、最初に応対した吉原美津子、そして眼前の私以外に登場した人間は、先ほどコーヒーを差し出した恰幅のいい男だけである。三人ばかりの事務所、と言った手前、柊という人間はその使用人のごとき男一人しかいない。その上その男は今衝立の向こうで小型テレビにイヤホンを繋いでテレビドラマの再放送を見ているというのだ。
つまり、忙しいはずもない。
そこに気付くかどうかで、まず依頼人の質を見極める。信用する人間は単純だし、気付く人間は駆け引きが出来る。
女性はこの簡単な罠に、当然のように気付いた。視線を衝立の奥に向けたが、
「まあ、話を聞いていただけるのならばどなたでも構いません」
と受け流した。
「理解の早い方で助かります」私は笑みを向け、「しかしここ、わかりにくいところでしょう」世間話に身を転ずる。「両隣は大きなビルだし、看板も出していませんからね」
「ええ……」女性は責め立てられたと思ったのか、「見つけられなくて、少し遅れてしまいました」
「構いませんよ。皆さんそうなんです。探偵とは潜むのが第一ですから、でかでかと看板を出すわけにはいかないのです。ホームページも、簡素を極めるように、あえてしています」実際は吉原美津子の技術の拙さゆえだが、そこまで晒す必要はなかろう。「ただし、口コミが主な分、実力は本物ですよ。あなたもどなたかにここのことを聞いて来たのでしょう?」
「はい。友人に。以前犬を探してもらったみたいで。仕事が速いし、応対も丁寧だったと聞いておりました」期待にそぐわなかった、というような顔をしている。「申し遅れました。私、金子菜々美と申します」
メールにて依頼を寄越してくる場合、それに対して了承が来るまで名前を伏せている場合が多い。当然、こちらが受けなければ、ざっくりとした依頼内容と依頼主の名前が記録として残ってしまうため、それを嫌う人間が多いのである。と言っても、「浮気調査を」「犬を探して」などという情報をどこかに漏洩するほど、私たちは暇でも馬鹿でもないし、そもそもそんな些末なもの、需要がない。金にならない無駄はこちらとしても極力削減しているのが現状である。
つまりこちらが思っているより、依頼人とは常に怯えた存在なのである。
「金子さん、それでは早速本題に入りましょうか」
「はい。今申しましたとおり、友人はここ、柊探偵事務所さんに、犬を見つけてもらったと喜んでおりました。随分と前のことでしたが……、今回その話を思い出して、メールさせていただいたのです。お願いです、私の恋人を、探してください」
金子菜々美は深々と頭を下げたが、私は内心、滑稽に思う気持ちを抑えられなかった。当然我が事務所は人探しも行う。
しかし、犬と同列に扱われる恋人とは、なんと哀れな。
「詳しくお話願えますか?」
金子菜々美はひとつ頷くと、続けた。
「恋人の名前はナカマチユズルと言います。町中を反対にして中町、譲渡の譲で、中町譲。三年ほど前から交際しておりました」
「年齢は?」
「お互い二七です。共通の友人に紹介されて知り合ったのをきっかけに」
事務的なものだったので、メモを取る振りだけをしながら、
「そうですか。それで?」
「はい。先月彼のほうからプロポーズを受けて、年明けに結婚しようという話をしておりました。そして独身生活最後の記念に一人で旅に出ると言ったきり、かれこれ二週間も、音沙汰がないのです」
「警察には?」
「届けを出してありますが、当てになりません」
「どうしてそう思うのです?」
「まだ二週間でしょう、結婚前にナーバスになって行方をくらませてしまうことは良くあることだ、と……」
「彼らにとっては些末な仕事に過ぎませんからね。この手のものは良くあるんです。ですがここへ足を運んだのは懸命ですよ。我々はひとつひとつ手を抜かないのがモットーなのです」愛想笑いを見せてやる。「行き先に心当たりは?」
「出かける前に聞いた限りでは、東北のほうへ向かうとだけ」
「東北に中町さんの親族や友人などは?」
「少なからず友人は住んでいないと思います。大学へは行っていないので遠方の方と友人になる機会は極めて少ないと思いますし、彼のご両親にも連絡はしてあります。心当たりには連絡をつないでくれるよう頼みもしました。東北に親戚が居るのならそこへも当然連絡が行っているかと思います」
「東北の親戚の家に潜伏しているが帰りたくないから連絡を寄越してこない、という可能性は?」
「ほとんどないと言って良いと思います」
自信満々に即答するので、
「どうしてそのように?」
「彼のご両親、親戚とはうまくいっていないんだそうです。だからもしお情けで何夜か泊めてやったんだとしても、疎んでいる人間の息子を、二週間も匿うなんてことはしないはずです。連絡を取ることさえ最初は拒否されたくらいですから、仲は相当なものかと思います」
「なるほど。わかりました。それでは、容姿の特徴などを教えてください」
「写真があります」
そう言って金子菜々美は携帯電話を取り出し操作を行うと、画面をこちらに向けた。両手を顔の横に添えた上半身だけのピエロのストラップがあざ笑うように揺れている。
顔は、一般的に言って濃いほうだった。両目の感覚は広く、彫が深い。鼻梁は高く、唇は厚めだった。顎の付け根、右耳の下辺りにぽつんと打ってある黒子が特徴といえば特徴だろう。小汚いくらいの長髪だった。
「わかりました。あとで印刷させていただきます。背格好はどうですか?」
「そうですね……。体型は、立花さんくらいだと思います。男性にしては細く、筋肉も脂肪も余りありません。身長も余り大きくありません、百七十かそこらだと思います」
「ついでに聞いてもいいですか」
「なんでしょう」
「プロポーズを受けたと仰っていましたが、婚約指輪は?」
私は金子菜々美の指に光るものがないことをちらりと確認してから聞いた。
依頼人は露骨に顔をゆがめた。
意識したものかは不明である。
「それは、何か関係あることですか?」
「一応。中町さんもつけているのかどうか、それを聞きたいだけです」
「貰っていません」
「わかりました。そのほか、装飾品を好む傾向は?」
「ないです。指輪もネックレスも、ピアスもつけていません」
「それは?」ピエロを指差す。「おそろいのストラップですか?」
「はい。そうですね、おそろいといえば、これくらいしかありません」
「なるほど。ちょっと失礼」
私が煙草をちらつかせると、金子菜々美は頷いた。拒否感は余りない。直接聞こうと思っていたことだが、どうやら中町譲も煙草を吸うものと思ってよかろう。
火をつけてから大きく吸い、天井に向かって吐き出す。
「あとはそうですね、中町さんの趣味や好みなどを聞かせていただけますか?」
「趣味……、彼はカメラが好きでした。どこへ行くにも、一眼レフを首に掛けていくんです」
「被写体は?」
「廃墟とか、枯れ木とか、そういう、薄ら寂しいようなものです」
「理由は聞いたことがありますか?」
金子菜々美は余り間を取らなかった。
二人の間では何度か交わされた会話だと思われる。
「安心するんだそうです」
「安心?」私は興味深くなって、彼女のほうにしっかりと視線を向けた。「それはつまり?」
「全てのものは、やがて衰退していくんだと。人間も、街も、全てのものが老い、朽ちていくんだと。そういうものを見ると、枠の中に収めると、安心して、落ち着くのだそうです」
「それに対して、金子さんは理解を?」
「私にはよくわかりません」金子菜々美は微笑んだ。初めて敵意が消えたように思われる。「私は、とにかく今を懸命に生きているだけですから」
「そうですか」笑みのあとに、静かに、緩慢に表情が曇っていくのを、私は一度も目を逸らさずに眺めていた。「全力を尽くさせていただきます」
「よろしくお願いします」
「金額の面に関しては、うちの秘書のほうから、後日連絡させていただきます。最初にメールを下さった際に使っていたアドレスで宜しいですか?」
「いえ、あれは急場凌ぎのアカウントですから、こちらに」
と言って、彼女が何か書くものを探すような仕草をしたので、吉原美津子にメモ用紙を持ってこさせた。そこへ電話番号とメールアドレスを書き記すと、
「こちらなら、いつでもつながりますので」
「わかりました。二日に一度、報告書をこちらのメールアドレスのほうに送らせていただきます」
「お願いします」
再度、深く頭を下げると、金子菜々美は事務所を後にした。
「どうなの。人探しでしょ? 見つかりそう?」
金子菜々美の去ったあと、柊所長はコーヒーカップを片手に、まだ温もりの残るであろう対面のソファにどっかと腰を下ろす。
「見つかりそう? ――じゃないですよ。仕事してくださいよ」
「嫌だなあ。僕だって仕事はしているよ。ただ、そろそろ朝霧くんを後継に、隠居しようかなと思っているだけで。まだ現役だよ」
「隠居って、そんな年でもないでしょうに」
「もう四十を過ぎて五年も経った。君は優秀で若いし、うってつけだと思うんだよ。探偵としての素質は十分だし、技術も教え込んだつもりだよ。何より今みたいな依頼人だと年齢が近いほうが話しやすいってものだ」
私は冷ややかに視線を投げながら、
「直接言葉として教えられたことなんて、数えるほどしかありませんよ」
「男は背中で語るものだからね」
すると柊所長はそんな返答を寄越して、いかにも気分が良さそうに笑うものだから、
「じゃあ今回も、こういう旨ですから、お願いしますよ。その背中じっと見ていますから、なにとぞご指南願います」
「何言ってるんだよ。だから、僕はこう見えて忙しいんだって」
ピースに火をつけると、打って変わって嫌そうな視線をこちらに送った。
表情の変化が露骨なところも、子ども染みている。
「私と将棋を指し、再放送を見ている毎日が、ですか?」
しかし私も日ごろの鬱憤を、溜め込むばかりでは耐えられない。
「いいかい朝霧くん」柊所長はしかし、そんなこちらの内心を察してくれるわけも無かった。「さっき話したね。世の中損得じゃないんだ。世のため人のためが常に正しいわけじゃないんだよ。僕がここで遊び呆けていることで結果的に損をしたとしても、そのときはそのときさ」
都合が悪くなるとはぐらかしに掛かるのも、四歳児くらいの対応力である。ボキャブラリがあるから一層鬱陶しいが。
「それが仕事をしている人間の台詞ですか」呆れて、煙をくゆらせる。「おっと、所長は仕事をしていない人間でしたね。私が言ったのでした」
「だから仕事はしているんだって。ま、とやかく言いながらも朝霧くんはやってくれると信じているよ」
またしてもするりと避けられる。
私もやけになり、矛先を拡大させる。
「私ばかり仕事していませんか、この事務所」
「ほらまた損得で考える。悪い癖だな。朝霧くんはいつもそうだ」そして人差し指を立てると、「人って言うのは時折意味もなく行動をしたりする生き物なんだ。それでも君は今回の場合、金子さんからの依頼を受けることで僕から賃金を受け取れるんだよ。意味がある。素敵じゃないか。損得を考えるなら、得のほうを少しは見てみなよ」
私は少しむっとして、
「吉原は仕事をしているように見えませんが、給料は同じですよね」
「彼女は事務員だから。探偵じゃなくて秘書だからね。仕事と言っても種類も方向も違う。君が見えていないだけでちゃんと働いているよ」
「じゃあ私にもそれがわかるように、調査にでも行かせてみれば良いじゃないですか。女だって活躍できますよ」
「そんな危険なことはやらせられないよ。それに目に見えると言えば、美津子ちゃんはもう良いんだよ、ここで僕の目の保養になっているわけだから。わかるだろう?」にこにことスケベ顔を隠そうともしない。「それに男だ女だと言い張るのは野暮ってものだ。みんな人間に変わりはないよ」
「じゃあ所長は、そのみんなのうち、男と女の区別をどう付けているんですか? 現状、社会的に見れば仕事の役割や重みは性別によって大小問わず異なってきますが。そんな違いなどないと?」
わかってないなあ、と呟きながら煙を吐く。
「男女の違いは、乳房が大きいか大きくないかだよ。仕事は一切関係ない。さあさあそんなことはどうでも良いだろ。明日から早速、よろしくね。僕は美津子ちゃんと大人しくお留守番しているから」
頭を掻いて、漏れるため息を隠さなかった。
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