シン・怪獣探偵渡辺 〜東海道・殺意の最終防衛ライン〜
さいとし
東海道・殺意の最終防衛ライン
「先生、起きてくださいよ。先生」
浅い眠りから起こされた探偵は、ぼさぼさの頭を掻きつつ、テントを這い出した。冷たい風と、鼻をつく臭いに身震いする。木が、家が、ビルが焼ける臭い。街と生活が決定的に損なわれる臭い。
「動き出しましたよ。『奴』は海岸沿いに北上するつもりのようです」
珈琲を満たしたカップを差し出しながら、助手が言った。探偵がぼんやりしたままカップを受け取ると、助手は手早くテントをたたみ始めた。市民公園に臨時で設けられたキャンプ場。探偵たちの他にも、幾つかのグループがテントを設置している。公園入り口近くには、カーキ色の幌をかぶった自衛隊のトラック。
珈琲を啜りつつ、探偵はズボンのポケットから地図を取り出した。何度も折りたたみを繰り返し、書き込みを加えたしわくちゃの地図。現在地から指で海岸線を辿ると、その行く手には電力会社のハブ施設があった。
「いかにもまずい。このままだと、東海の電力網が全滅するではないか」
顔を上げる。丘の上にあるこの公園からは、この県の政令指定都市であるN市が一望できる。しかし、今見えるのは、N市ではなくN市の残骸。街の主要部は黒煙に包まれ、高速鉄道の架線が針金細工のように折り曲げられている。そして、立ち上る黒煙の中心に見えるのは、巨大な影。
長い長い尾が、それそのものが独立した生き物であるかのように、ゆらりと揺れる。
眼下の惨状全ては、黒煙の中に立つ巨大怪獣の仕業であった。
「まあ、電力網については、僕らではどうしようもありませんが」
「わからんぞ。この機に乗じて、真面目な電力会社社員が、不祥事隠蔽のために、謀殺の危機にさらされているかもしれん」
「真面目に言ってます?」
「私はいつでも真面目だぞ。大林くん?」
「そうですか。とりあえず、足の確保をしてきます」
「北の駐屯地までなら、お乗せできますよ」
背後からの声に二人が振り向くと、スーツ姿の男が立っていた。手にはサバの缶詰。日本怪獣研究所の渉外担当で、二人にとっては見知った顔だった。
「一般道は戦車を通すために封鎖されてます。南に向かう道なら、避難用に確保されているものがありますが、そちらに用はないでしょう?」
被災地にいるとは思えない男の姿に、助手がため息をつく。
「怪獣研究所さんにとっては、この世の春でしょうね。自衛隊も顎一つで使ってますし。ピカピカのスーツなんて、どこで配給してるんですか」
「あと一着しか残ってないですよ。怪獣退治後の記者会見用にとっておいているんです。それに、この世の春と言いますが、このままでは日本が次の春を迎えるのは無理でしょう」
男は助手に缶詰を渡し、探偵にはタバコを差し出してきた。
「こいつも、配給じゃないですよ」
探偵はタバコを受け取り、ポケットに残っていた貴重なマッチで火をつける。助手は咎めるような視線を送ってきたが、何も言わなかった。
「よろしければ、先ほど見ていた地図、拝見させてもらえますか」
探偵が地図を渡すと、男はじっくりとそれを眺め、ううむと唸った。
「本土上陸から一週間。ずっと『奴』を追いかけてきたわけですか。うちの調査班でも、ここまでフォローできてませんよ。さすがですね」
「私はあくまで事件を追いかけてきたのだ。怪獣は、私の行く先々に勝手に現れているだけだ」
「相変わらずですね」
「探偵の仕事にとっては、邪魔で仕方がない。餅は餅屋。さっさとあのトカゲを追い払ってもらいたい」
「できるなら、とっくにやってますって」
海風が煙を払い、怪獣の姿が露わになった。溶岩を積み上げたような、あるいは爛れたカサブタの塊のような姿。体躯に比べて酷くバランスを欠いた、小さな手。陰にこもった、軋みのような咆哮が空気を震わせる。怪獣は、100mを超える体躯をゆっくりと揺らし、建物をまるで砂利ででもあるかのように蹴散らしながら、北へ向けて歩き始めた。
「やはり、北に進みますか。現在、自衛隊が総力をあげて防衛線を構築中です。ここで止めきれなければ、首都圏が危ない」
「砲撃はこれまでも散々行ってきたではないか。通用するのか」
「今回は、ちょっと公にできない類の武装も使っていくことになりました。後がないんで。うちの開発班は大喜びですよ」
「迷惑な話だ」
「とにかく僅かでも攻撃の成功率を上げたい。探偵として赴いた先で、怪獣と何度も接触した経験のある『怪獣探偵』たる貴方は、貴重な存在だ。アドバイザーとして、駐屯地まで来てもらえませんか?」
「断る。依頼を受けて、調査している最中だ。仕事が終われば、考えてやってもいい。そもそもなんだ、怪獣探偵とは。私は怪獣を調べているわけではない」
「まあ、そう言われると思っていましたが。ちなみに、どんな調査ですか」
「失踪人調査だ。北海道、長崎と足取りが残っていたが、京都でそれが途絶えた。渋谷にいたらしい情報もあってな。よって、君らには怪獣をしっかり首都圏手前で足止めしてもらう必要がある」
「全力を尽くしますよ」
男はタバコを携帯灰皿に収めた。探偵は、フィルター近くまで灰になったタバコを未練がましく加えている。
「同行が無理なら、アドバイスくらいくださいよ。あの怪獣、『怪獣探偵』から見て、どうですか?」
「どうと言われてもな」
探偵はようやく吸い殻を吐き出した。
「私にとって怪獣とは、私の推理を邪魔するものだ。その点で、地震カミナリ火事の類と何も変わらん。今回も、あの怪獣に旅先での密室殺人事件などなど、不可能犯罪の謎解きを幾度も邪魔された。しかし、だ」
揺れる尾を目で追いながら、探偵は吐き捨てた。
「今回はことさらに不愉快だったよ」
「何故です?」
「運動会が雨で中止になるより、テロで中止になった方が腹が立つに決まってるだろう」
「と言いますと」
「あの怪獣は人間に似過ぎている」
それだけ言うと、探偵は蹂躙された街に背を向け、助手と共に自分の物語へと歩み去っていった。
シン・怪獣探偵渡辺 〜東海道・殺意の最終防衛ライン〜 さいとし @Cythocy
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