07-2 一番摘みダージリン

「お姉様。お兄様とのデート、いかがでした」


 陽芽は、ティーカップをソーサーに戻した。淹れたての、一番摘みダージリンの香味が、湯気と共に立ち上っている。


「うん」


 紅茶を口に含むと、南部神社での出来事を事細かく、花音は妹に語って聞かせた。


「ふふっ、微笑ましいですわね」


 陽芽は優しい目をしている。


「いい方なのですね。最初にお見かけしたときは、眉を寄せて怖そうな印象でしたけれど。わたくしも、プレイ一辺倒でなく、心の面からも、もう少し本気で迫ってみようかしら。セフレから彼氏候補に格上げして差し上げて。当面、お姉様と共有すればいいだけの話ですし」

「それでね、陽芽。私、言っちゃった。サミエルくんとのこと。……だって、やっぱりイラくんがあの人だと思うもの。猫アレルギーの原因だってわかったし。闘鑼に咬まれたからなの」


 七年前の南部神社での一件、伊羅将が覚えていたすべてを説明した。


「そうですか……」


 ティーカップを口の前に持ってきたまま、陽芽はしばらく考え込んでいた。それからカップを口に着ける。


「なら、なおのこと、今のうちに手を打たなくては。お兄様をフィアンセに推挙するために」


 顔をじっと見つめてきた。


「王家の珠という証拠には、誰も逆らえません。ただし、あれはもう見つからないでしょう。珠が失われただけで『運命のお兄ちゃん』なのは間違いない。その証拠に『ふたりは強いつながりを持っている』と、物語を作らなければ」


 陽芽に、手を包むように握られた。


「お姉様、パーシュエイションをさっさと始めましょう。あと十日の猶予しかありません。逆転の秘策として、彼こそネコネコマタ王家にふさわしいという世論を作る必要がある。お兄様を連れ、殲滅派でいちばん与しやすい『猫権重視派』の里を訪れましょう」

「クルメ族ね」


 人類殲滅派は、ネコネコマタに多くの分派を持ち、それゆえ広く大衆にアピールしている。


 猫権重視派の主張は、身も蓋もなくまとめれば「もっと遊んでくれ。遊んでくれないのはネコの生存権侵害だ」というもの。「ヒトがネコと遊ぶ時間を増やす」解決策の可能性を示せれば、比較的容易にその主張を覆すと思われた。


「わたくしがお兄様を誘っておきます。嫌とは言わせませんから、ご安心を。お姉様は、パーシュエイションの心の準備をしておいてくださいませ」

「うん。陽芽」


 てきぱきとした妹の差配に感心しながらも、花音は伊羅将のことを考えていた。顔を思い浮かべると、胸がキュンとする。今日のデートで、自分の気持ちがはっきりとわかった。「運命のお兄ちゃん」だからではなく、物部伊羅将という男子のことを、女子として好きなのだと。


 ――イラくん……。結婚してってお願いしたら、どんな顔するかな。「ま、まだ早いよ俺たちは」かな。それとも「いいよ」って、優しく笑ってくれるかな。


 ドキドキして、頬が熱くなってきた。いずれにしろ、「……ごめん」だけは嫌だ。そうなったらサミエルと婚約し、事実上の新婚生活に入らないとならない。


 ――でも、同情で婚約してもらうのは嫌。イラくんの人生がだいなしになっちゃうもの……。ああ、イラくん……。花音のこと好き? 花音はねえ……イラくんのことを考えると、胸がいっぱいになっちゃうんだよ。イラくん……イラくん……。


 紅茶がすっかり冷めるまで、花音は、甘い幻想に浸っていた。そんな姉の姿を、陽芽が瞳を和らげて眺めていた。

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