プラモバトルセット【マフィンとほうじ茶】

「あれやりたい」


「ん?」

 指差した先には入荷したばかりらしきゲーセンの筐体。


『ガソダムブレイカー2』


 国民的ロボットアニメのアクションゲームだ。

「少し遊んでいくか」

「やった!」

「金は出さんぞ」

「えー」

「バイト代出たばっかだろうが」

「わかったわよ」

 1プレイ200円と割高だが、プレイするなら懐に余裕がある今しかない。

 二人で肩を並べてプレイする。

「ロボットゲームって感じがあんまりしないわね」

「たしかに普通のアクションだな」

 ロボット特有の動きの硬さや重さを感じられない。

 まるで人間のように動いている。

 ボタンを連打しているだけで攻撃が繋がり、ビームサーベルなのに敵を上へ跳ね上げ、空中でラッシュを叩き込むこともできる。


 ガードボタンを押しながら攻撃ボタンを押すことで必殺技も繰り出せた。


 どれもかなりの威力があり、しかも発動中は無敵。

 非常時の緊急回避としても使える。

 おまけに必殺技はゲージ制。

 ゲージは時間経過で溜り、だいたい12秒。

 長くても20秒ぐらいだ。

 ガンガン使える。

 ロックオンも楽だ。


 索敵範囲内に敵がいれば自動的にロックオンしてくれるので、手動でロックオンサイトを敵に合わせる必要がない。


 ただ自動なのが逆にやりにくさにも繋がっている。

 ロックオンしている敵を中心にカメラが動くので、ロックオンしている間は自分の思い通りにカメラを動かせない。

 敵も多いのでロックオン対象を切り替えるとどの敵に切り替わるのかもよくわからないし、切り替えた際にカメラも動くので混乱する。

 周囲を見回したいのならロックオンを解除するしかない。

 個人的にはガトリングガンなどでロックオンを外すのが好きだ。

 ロックオンしていれば銃も自動的に敵へ向かって撃ってくれるのだが、ガトリングガンなどは自分で照準を合わせないといけない。


 ロックオンを解除して周囲を見回すより、ガトリングガンでロックオンを外して銃を掃射しながら横を向くほうがいい。


 命中率こそ下がるものの、銃は連射が効く。

 弾切れにもならないし、シールドやバリアを張っていないザコなら一発当てれば死ぬまで撃ち続けることができる(攻撃を当てると硬直するので、攻撃を当て続ければ死ぬまで動けない)。

 他に問題があるとすればジャンプ。

 前を入力した状態でジャンプボタンを押すと、ジャンプではなく前へ加速(ブースト)する。

 レバーをニュートラルの状態にしてないとジャンプできない。

 もう一つ厄介なのがボタンの長押しだ。

 アイテムの入っているコンテナを開けたり、設置されている設備を使う時には攻撃ボタンを長押ししないといけない。

 カタパルトで向こう岸へ飛ぼうと攻撃ボタンを長押ししたら、


「げ、落ちた!?」


「なにやってんの」

 長押しと認識されずに攻撃してしまう。

 このゲームでは近接攻撃をする時にガソダムが大きく前へ踏み込む。

 崖っぷちにあるカタパルトで前に踏み込んでしまうと、そのまま崖から落ちてしまうのだ。

 向こう岸へジャンプするつもりが前方へブーストしてしまい転落。

 カタパルトでの長押し失敗で落下。


 基本操作を覚えるためにジャンプやカタパルトが必要なステージ構成にしているのだろうが、基本操作が身についていないプレイヤーには迷惑なことこの上ない。


 落ちても多少のダメージを食らうだけでゲームオーバーにはならないものの、マップのスタート地点に戻されるのがうっとうしい。

「ん? これ、ロボットじゃなくてプラモなんだな」

「やってることはほとんどロボットと同じだけどね」

 主人公が組み立てたプラモデルを動かして戦っているという設定らしい。

 ストーリーモードではガソダムのイベントを再現して遊んでいるらしく、ロボットがプラモであることに途中まで気付かなかった。


 ロボとプラモの最大の違いはパーツ外し。


 連続で攻撃を叩き込んだり、強打を打ち込むと相手のパーツを外すことができる。

 もちろん外されたパーツを回収すれば元に戻る。

 体力ゲージが0にさえならなければ、パーツが外れることはあっても壊れることはない。

 いかに相手のパーツを外すかが重要だ。

 相手のパーツを外せば敵の手数を減らせる。

 ボス相手ならできるだけ攻撃を集中してパーツ外しを狙いたい。

 斧タイプの武器で攻撃するか、素手で殴るとパーツを外しやすいようだ。

 ただ斧は振り下ろす攻撃がメインで攻撃範囲が狭い。

 素手も武器より攻撃回数は多いものの、間合いが短い。

 一長一短だ。


「パーツには互換性があって、手に入れた敵のパーツを使えば自由にカスタマイズできるのよ。しかもリアルで作ったプラモを3Dスキャンすることもできて、ゲームにそれが反映されるの!」


「マジか」

「細かい改造は反映されないけどね」

「どういうことだ?」

「改造すれば関節の可動範囲とか広くなるでしょ? これはあくまで表面上のデータしか読み取れないの」


「プラモを盛って装甲を厚くしたり、逆に削って軽量化したりは?」


「無理ね。表面上のデータは反映されるけど、装甲値も重量も当たり判定も変えることはできない。それがゲームの大前提なの」

「……どのパーツをどういう風に組み合わせるか、どういう塗装をするか。できるのはそれだけか。まあ、あらゆる情報を読み取ってたらキリがないわな」

 情報が多くなれば必ずどこかで不具合が出る。

 それに複雑な改造ができるようになれば、子供は大人の資金と技術力に太刀打ちできない。

 ミニ四駆では大人の組んだ機体が大暴れしているらしいので、プレイヤーの改造でパーツの数値を操作できないようにしたのは妥当だろう。


ちゅどーん


「あ」

 ボスのパーツ外しに失敗して逆にボコられる。

 俺がいなくなったことで手が足りなくなり、間もなく瑞穂も力尽きた。

「……やっぱり課金しないと厳しいわね」

「課金ってプラモか?」

「そうよ。ソシャゲと違って実物が手元に残るんだから損じゃないでしょ」

「そうだな」

 久しぶりにプラモを組み立てるのも悪くない。

 というわけで近所の駄菓子屋でスキャン可能なプラモを買い、さっそく店で組み立てることにする。

「組み立てる前におやつ作っとくか。なにがいい?」


「マフィン!」


「焼き菓子なら玄米茶が妥当だが……。カフェオレもいいな。変わり種だとほうじ茶オレも合うぞ」

「じゃあほうじ茶オレ」

「あいよ」

 俺はカフェオレにしよう。

 バターを効かせたマフィンにはミルクの風味がほしくなる。

 パサつくマフィンをお茶にひたすのもまた美味い。

 こうしてマフィンをつまみながらプラモを開封していると、


 パチン


「……なにしてる?」

「え、パーツ切ってるんだけど」


「なんで爪切りなんだ」


「だってニッパーがなかったんだもん」

「プラモ舐めんな!」

 昔から城や軍艦、航空機、戦車のプラモを作ってきた身としては、この暴挙を看過できない。

 やむなく家中のタンスをひっくり返し、小学生の頃に使っていたプラスチック用のニッパーを発掘する。

「これを使え。ゲートを綺麗に切りたい時は薄刃のこっちだ」

「ゲート?」

「ランナーとパーツを繋いでる部分だ」

 プラモのパーツは『ランナー』と呼ばれるプラスチックの太い骨に固定されている。

 ランナーとパーツを繋ぐ細い骨が『ゲート』だ。


「まずランナーからパーツを切り離す。ここでゲートを綺麗に切ろうと思うな。ランナーが邪魔だから失敗するぞ」


「はーい」

 ニッパーを薄刃に持ち替え、パーツに残ったゲートをカットしていく。

「ゲートを切ったら対応するパーツ同士をはめ込む」

 接着剤が必須だったのは俺たちが生まれる前の古いプラモで、今のプラモはパーツにあるピンを穴に入れるだけのはめ込み式。

 設計図通りに組み立てるだけなら接着剤は必要ないのだ。

「あ、このパーツ中に入れるの忘れてた。んー、固い。爪も入んない!」

「無理にパーツをバラそうとすると壊れるぞ。はめ込んだパーツをバラしたい時は、パーツとパーツの合わせ目にナイフを入れて左右に動かすんだ。これで隙間ができる」

「へー」

 順調にパーツを組み立てていく。

 順番さえ守れば特に難しいことはない。

「組み立てると塗装と改造がやりづらくなる。今の内に加工しておこう」

「どうすればいいの?」


「まずはこのパーツとパーツの合わせ目の線。本来の機体にはない線だし、これがあるといかにもプラモデルって感じでかっこ悪いだろ?」


「そういえばそうね」

「だから紙やすりで削る。『パーティングライン』もだ」

「ぱ、パーティー?」

「プラモは金型で型を取る。問題はお菓子みたいに上から型を押しつけても、下はまっ平になるだろ? ちゃんとしたパーツを作るためには、上下から金型を押しつけないといけないんだよ。上と下から金型を噛みあわせれば、当然真ん中に金型の合わせ目ができる。それがパーティングラインだ。それとパーツを型から出す時にピンで押すから、『押しピン』っていうピンの跡もできる。だいたいパーツの裏に出来るからあまり目立たないんだが、パーツによっては目に入るからこれも削っておいた方がいい。ゲートを綺麗に切れなかった部分も削る」

「ふむふむ」


「それからツノやアンテナ、サーベルだな。安全のために丸くなってるから尖らせる。銃口も塞がってる場合があるからピンバイスで穴を開ける。地味な加工だがこれをするのとしないのとじゃ印象が全然違う」


「……細かくなってきたわね」

「そんなに難しくはないだろ。シールを張る場合は、削りカスなんかを歯ブラシで払っておく。指でシールをつまむとゴミが付着しやすいから、ナイフの先端でシールを張ってもいいな」

 シールを貼ったら綿棒や爪楊枝で押さえてパーツにぴったり密着させた方がいい。

「後は塗装だが……。初級者ならマーカーだな」

「ペンで塗れるのね」

「プラモ用だからな。塗る前に振れよ」

「シャカシャカヘイ!」

 マーカーを振り、キャップを外してペン先からインクを染み出させる。

「プラモに塗る前に試し塗りだ。ランナーに塗ってみるのが基本だな」


「あれ、なんか薄い?」


「中でインクが分離してるからだ。塗ってればそのうち本来の色になる」

「へー」

 塗る時は明るい(薄い)色から。

 暗い(濃い)色を下地にすると、その上に明るい色を塗ったらにじんでしまう。

 色を塗る時はまず塗りたい範囲をふち取りし、ラインで囲ったら中を塗っていく。

 塗る時はマーカーを同じ方向へ動かすのが鉄則だ。

 最初に左から右へ塗ったのなら、それ以後は全部同じ方向へ。

 インクが乾いたら『重ね塗り』。


 最初に塗った方向と交差するように塗る。


 つまり横へ塗ったのなら、縦に重ね塗りする。

 こうすることでムラがなくなるのだ。

 広い部分を塗る場合、ペンではきついので皿にインクを出して筆で塗った方がいい。

 筆に慣れたら塗料がオススメだ。

 色の塗り方はマーカーとだいたい同じ。

 ただ塗料にはアクリル、エナメル、ラッカー、ホビーカラーと色んな種類があり、下に塗った塗料を溶かす力がそれぞれ異なる。

 色の濃さだけでなく、溶解力も把握していないと大変なことになるのだ。


「後はツヤを出したり消したり、メタルシールを貼ったり、マスキングして室外で缶スプレーを使ったり……。エアブラシならグラデーション、シャドーで陰影を付け、金属的な塗装もできる」


「……簡単なのはないの?」

「なら溝を深くしてみろ。プラモも人間の顔みたいに彫りを深くした方が見栄えがよくなる。自分で新しい溝を掘ってもいい。溝にスミを入れればラインが際立つから完璧だ」

「ここね」

「それは合わせ目だ!」

 スミ入れは黒でなくてもいい。

 緑や青のパーツなら黒でもいいが、白なら灰色、黄色や赤には茶色がオススメだ。

 パーツの色によってスミ入れの色も変えた方がいい。


「後はウェザリング。いわゆる『汚し塗装』だ。たとえば茶色のマーカーを塗って、それを濡らした綿棒で上から下にふき取るとドロがはねたような感じになる」


「おおー!」

「短くカットした筆に塗料を付けて拭き取り、乾燥させたのをこすりつける方法もある。だいたい銀の塗料だな」

「あ、いい感じに塗装が剥げてる!」

「これがドライブラシだ。歴戦の機体っぽくてかっこいいだろ?」

「うん」

 黒いパステルを粉末にして綿棒ですりつければスス汚れっぽくなる。

 ただしパステルは定着しないので、クリアースプレーをしないといけない。

「そういえば『機動戦士ナデシコ』のアニメでプラモに穴開けてたわね。ドリルで」

「ドリル? 被弾跡の再現か?」

「そうそれ」

 ピンバイスのドリルで穴を開け、エッジをデザインナイフで加工すれば弾痕のようになるのだ。

 これでますます歴戦の戦士っぽくなる。


「できたー!」


「まあまあだな」

 初めて作ったにしては上出来だ。

 組み上げたプラモはカラーリングを統一してある。

 これなら腕や足、頭を外し、他の機体とパーツを交換しても違和感はない。

「じゃあ対戦だ」

「望むところよ!」

 さっそくゲーセンに向かい、壊れないように梱包していたプラモを取り出して3Dスキャンした。

「おお、本当に再現された!」

「でもなんかフラフラしてない? 機体のバランスが悪いのかも」


 他に客もいないのでパーツを交換して調整し、スキャニングを繰り返す。


「これでよし」

 満足のいくカスタマイズができたので、さっそくプレイ開始。

 6対6のマルチプレイでは連邦軍と公国軍に分かれて対戦するので、俺と瑞穂は敵同士になった。

 顔も知らぬプレイヤーたちと協力しながら戦場を駆け抜ける。

「見つけた!」

 あっさり瑞穂に見つかった。

 しかし俺のチームにはゲーマーが多いらしく、一歩も引けを取らない。

 それどころか、

「あああ、なんで私ばっかり狙うの!?」

 ……強すぎて集中攻撃されていた。

 チャンス。


「行くぞ!」


 味方の援護をもらいながら敵陣に突入。

 集中攻撃されていた瑞穂の機体を空中に跳ね上げ、斧の必殺技を発動。

「ぎゃー!?」

 コンボを叩き込んでパーツ外しに成功する。

 一番厄介な奴を真っ先に無力化できた。

 これでだいぶ楽になるだろう。

 残りは一人一殺。

 相打ち覚悟で撃破していけば、数の差でこっちの勝ちだ。

 ……かと思いきや、


「バラモンよ、私は戻ってきた!」


「な!?」

 突然の奇襲。

 撃破したはずの瑞穂の機体が本陣へ突っ込んできた。

 予想外の事態に誰も対処できない。


「面・胴・小手!」


 瞬く間にビームサーベルで味方を切り刻んでいく。

 ……おかしい。

 明らかに今までの機体とはレベルが違う。

 速すぎる。

 機体のカラーリングも3Dスキャンした時とは違っていた。

 こんなちぐはぐな色ではなかったはずだ。

「お前、なにやった!?」


「ふふふ、これは6対6のマルチ対戦。そして機体を構成する主なパーツは6個。つまり頭部、胴体、右腕と左腕、右足と左足。この意味がわかる?」


「な!? まさか戦闘で外れたパーツを繋ぎ合わせて、7体目の機体を作ったのか!?」

「そのまさかよ! コクピットさえ破壊されなければ、私は何度でもよみがえる!」

「くそったれ!」

「あはは、遅い遅い」

 相打ち覚悟で猛攻を仕掛けるものの、かすりもしない。

 調整すらされていないのに、瑞穂の機体は奇跡的な完成度を誇っていた。


「ジ・エンド!」


 ビームサーベルを一閃。

 あっけなく俺の機体は爆発四散した。


「あ、この脚使えそう」


 ……こうして残骸からパーツをもぎ取り、戦場で繋ぎ合せて7体目の機体を作る『フランケンシュタイン戦法』がゲームを席巻(せっけん)したという。

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