フードファイトセット【ラーメンとわんこそば】
「メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ」
「……今度はラーメンか」
「イエス。れっつふーどふぁいと!」
懲りずに大食いに挑戦したいらしい。
「私は豚骨味噌牛筋大盛り、ネギトッピングね」
「ニンニクラーメンチャーシュー抜きでお願いします」
「あいよ」
無駄に忙しい。
特にアリスのラーメンは固めに麺を茹で、スープを濃い目に、大量の野菜を盛り、すりおろしニンニクと背脂をこれでもかとぶっかける。
「いただきマス」
猛然と食い始める。
最初はチャーシュー。
後半になると脂がきつくなるので最初に始末しようというのだろう。
次は麺だ。
時間が経つほど麺はスープを吸って伸びる。
不味くなる上に量も多くなるので最悪だ。
麺を固めにしたのは少しでも伸びにくくするためだろう。
バリカタやハリガネレベルにすると噛む回数が増える上に消化に悪い。
少し固めなのが無難だろう。
ただここで麺を食べるのは間違いとはいえないが、正しいともいえない。
「あうち!」
まず出来立てのラーメンは麺もスープも熱い。
「ふーふー」
冷ましながら食べていると無駄に時間を使ってしまう。
そこでアリスが取った手は、
「ダブルソード!」
まさかの二刀流。
右手では普通に麺をすすり、同時に左手でも箸で麺を上げて外気にさらしていた。
右手で食べた後は左手で、そして左手で食べている時は右手で麺を冷ます。
効率のよい食べ方だが、この麺の量では二刀流でもどんどん麺が伸びていく。
アリスもそれに気づいたのだろう。
すかさず第二の手を打った。
「脱出(えくそだす)!」
アリスはどんぶりから麺をすくいだし、皿に分けた。
賢いやり方だ。
つけ麺のようにスープにひたしながら食べる。
これなら熱さに悩まされることもないし、麺が吸う水分も格段に減る。
しかしこれでも完璧とはいえない。
やるなら最初から麺・スープ・野菜を分けておくべきだった。
店が注文に応じてくれるか微妙だが、先に野菜とスープだけを持ってきてもらい、野菜が減ったら麺を茹でてもらう。
それが理想だろう。
なぜなら大食いの基本は最初に野菜を食べることだからだ。
野菜は脂を吸収してくれるので、最初に胃に敷き詰めておいた方がいい。
米やパン、麺などの炭水化物を取ると血糖値が上がって満腹中枢が刺激される。
特にラーメンはすすりながら食べるので空気も吸いこんでしまう。
おまけに胃の中でも水分を吸って膨れるから、炭水化物を食べる時は一気に食べきるのがコツなのだ。
時間制限と麺が伸びるという事実に意識を囚われ、大食いのセオリーを見失ってしまった形だ。
そして案の定、
「……参りまシタ」
「毎度あり」
いつものようにうちの店に大量出資してくれた。
これで少しは赤字が減るだろう。
まだ何も食ってないので、この金でブタダブルラーメンヤサイマシニンニクアブラカラメでも作ろう。
「うう、無念デス……」
「そんなに悔しいか? なら商店街で大食い大会やる予定なんだが、お前も出てみるか?」
「エントリーしマス!」
懲りない奴だ。
こういう客がたくさんいるからこそ、大食い店は繁盛しているのだろう。
そして大食い大会当日。
『競技中にトイレにはいけません』
『過食症の方は出場できません』
注意書きを張って出場者を募る。
「過食症は限界超えても食べ続けるわけだから、危険なのはわかるけど……。なんでトイレ禁止なの?」
「トイレで胃の中のものを吐き出すやつがいるからな」
「うえ……」
「ローマ貴族のようですね」
古代ローマの貴族は自由自在に胃の中のものを吐き出せたという。
美味い物はいつまでも食べていたい。
だが食べ続けていれば満腹になってしまう。
なら腹の中にあるものを吐き出せばいいという発想だ。
ローマ式の健康法や、毒を盛られた際の緊急策といわれることがあるものの、やはりそれは建て前で飽食の極みを尽くすのが貴族のたしなみだったらしい。
「それと入れ替わり防止だな」
「チェンジリング?」
「双子や親兄弟がトイレで待ってて、中で入れ替わるんだよ」
「……大食いのためにそこまでするの?」
「賞金も手に入れられるし、一人では大食いでも二人で分ければ適量だ。腹いっぱい食えて賞金もゲットできる、これほどボロい商売はない」
「なるほど」
大食いもスポーツ化されているから、こういうところでは非常にチェックが厳しくなっていた。
チェスのような頭脳スポーツでも、ソフトが人間よりも強くなり、なおかつ世界中の人間と一瞬で通信できるようになったことから、トイレに行くにも厳重なチェックをされている。
「さて、ちゃんと人が集まるかな」
大食い種目はわんこそば。
日本伝統の大食いメニューだ。
1杯ごとに分けられているので、リタイアしても廃棄される量は最小限にできる。
なお既定の量を食べたとしても賞金を手に入れることができるのは一人だけだ。
全員がリタイアして一人残っても、既定の量を食べていなければ賞金は出ない。
できれば全滅させたいものだ。
「15人そろったわよ」
「よし、そろそろ第一弾を始めるか」
わんこそばはそれほど調理の手間はかからない。
問題はわんこそばを食う人間と同じ数だけ給仕(きゅうし)、すなわち『おわんにそばを入れる人間』が必要だということ。
だから他の大食い競技に比べて人手がかかるものの、可愛い女の子が給仕している姿は絵になる。
「ぬふふ、賞金はアリスのものです」
「食えればいいがな」
全員におわんが行きわたり、給仕が横にひかえる。
「第一回わんこそば大食い大会、スタート!」
制限時間は40分、規定量は400杯。
正確には大食いではなく早食いだ。
瞬発力勝負の早食いは男が強く、持久力勝負の大食いは女性向きだといわれているが……。
アリスはどこまで食らいつけるだろう。
ずずー
早速ほぼ全ての参加者が第一のトラップにハマっていた。
わんこそばは総合的に量が多くなるだけで、1杯ごとの量は大したことがない。
だからつい汁(つゆ)ごと麺をすすってしまう。
10杯から20杯ぐらいならそれでもいいだろう。
だが50杯、100杯ともなれば致命的だ。
わんこそばは麺だけ食べて汁は捨てる。
それが基本なのである。
テーブルを見ればちゃんと汁を捨てられる桶があるのだが、いざ実食となるとなかなか気づかないものだ。
汁は捨てなければならないと全員が気付くまでに10杯はかかった。
これは大きな痛手だ。
なおもさまざまな困難が参加者を襲う。
一杯の量が少ないので、一口で口に収めることができる。
そしてその一杯のそばを噛んで飲みこむ前に次の一杯が放り込まれ、反射的に口に入れてしまう。
そしてまた次の一杯。
量が少ないから口の中に入ってしまうのがわんこそばの恐ろしいところ。
それを繰り返していると、5杯ぐらいで口の中はいっぱいになるだろう。
いっぱいにしてしまうと噛んで飲みこむのも苦労する。
ちゃんと考えて口にしなければ無駄な時間を消費してしまうのだ。
リズムの問題もある。
早食いとなると常に一定のリズムで、テンポよく食べなければ時間内に食べきれない。
口に入れる、次の一杯をもらう、噛む、飲みこむ、汁を捨てる。
給仕さんと息を合わせ、これら一連の流れをできるだけスムーズに切れ間なく行うこと。
口に溜まる最大量5杯を1つのローテーションと考えると、400杯ではそれを80回繰り返すことになる。
ローテーションのどこかで1つでも切れ間があると、ロスは80倍になり、タイムオーバーは確実。
わんこそばの大食い(早食い)は一筋縄ではいかないのだ。
おわんの持ち方も重要である。
一回一回おわんを上げ下げするのは時間と労力の無駄。
常に口元におわんがあれば、腕の疲れも抑えられるし、距離が近い分だけすする力を少なく、吸い込む空気の量も減らせる。
味に飽きてきたら調味料や薬味を使う。
「明暗がわかれてきたわね」
「だな」
開始から20分。
10人は時間内に食べきるのは不可能だと気付き、ペースはがた落ち。
優勝は5人に絞られた。
そしてその中の一人が早めのスパートをかけ、猛然と食べるペースを上げた。
周りもそれに合わせてペースを上げる。
時間内に規定量を食べるだけでは優勝にならない。
あくまで規定量完食+他の参加者より麺一本でも多く食べること。
ただここでペースを上げるのも、それについていくのも得策とはいえない。
スパートをかけるのが早すぎる。
早食いで一番危険なのは手を止めること。
一度止まったら、もう時間内には満足に動けない。
スパートをかけると手が止まってしまうリスクが急激に高まってしまう。
アリスは周りに振り回されず、マイペースに食べ続けた。
それが功を奏したのか、35分を過ぎた頃にはトップを争っていた。
そして満を持してラストスパート。
一躍トップに躍り出る。
規定量にも到達した。
残り時間はわずか。
もう誰もアリスには追いつけない。
アリスは勝利を確信しておわんを置いた。
それが最大の油断だった。
「まだ終わってないぞ」
「ほわい?」
アリスのおわんに新たなそばが放り込まれる。
「たしかにもう少しでタイムリミットだ。誰もお前に追いつけない。だがわんこそばは終らない。おわんにそばが残っているうちはな。なぜなら『フタを閉めるまでがわんこそば』だからだ。完食してフタを閉めることが出来なければ、ルール上ギブアップになる」
「しっと!」
アリスが舌打ちしてそばをすすり、おわんを空にしてフタをしようとした。
しかし給仕がそれを許さない。
流れるような速さでそばをおわんに放り込んだ。
「のー!?」
給仕は手に持ってる一杯をおわんに入れるだけ。
アリスは食べる、フタを掴む、閉めるという3アクション。
純粋な速さ比べなら給仕が勝つ。
限界なのにフタを閉めない限りいつまでもそばを入れられ続けるという無間地獄。
それがわんこそばの真の恐ろしさだ。
大食い早食いに集中するあまり、おそらく参加者のほとんどがこの特性を忘れていただろう。
しかもアリスはさっきまで勝利を確信していた。
食べている最中はアドレナリンが分泌され、満腹感を忘れることができた。
だが緊張感が緩むことでそれが一斉に襲い掛かってくる。
それも忘れていた分、強烈に。
「ぐぬぬ!」
アリスが歯噛みする。
本来ならもっと食えたはずだ。
だが満腹感を思い出してしまった以上、もう箸は動かない。
「……参りまシタ」
「毎度あり」
こうしてフードファイトはまたしても俺の勝利に終わったのだった。
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