古将棋セット【パンケーキと木星コーヒー】

「『奔王(ほんおう)』は古将棋の中でも特に強力な駒だ」

「中将棋のクイーンですね」


●  ●  ●

 ● ● ●

  ●●●

●●●奔●●●

  ●●●

 ● ● ●

●  ●  ●


「はい。中将棋では成れませんけど、天竺大将棋では『奔鷲(ほんじゅう)』に成れます」

 駒をひっくり返す。

「複数回行動できる駒だっけ?」


「それは大局将棋の奔鷲だな。天竺大将棋の奔鷲は動きこそクイーンだが……。飛車、つまり縦横に走る場合だけ敵味方問わず『駒を何枚でも飛び越える』ことができる」


●  ○  ●

 ● ○ ●

  ●○●

○○○鷲○○○

  ●○●

 ● ○ ●

●  ○  ●


 ○の範囲では駒を飛び越えることができる


例 鷲─金─銀─桂─香→王


 間に何枚の駒がいても、それを飛び越えて駒を取ることができる。


「地味に強いわね」

「だな」

 たとえ穴熊に組んでいても、間に7枚の駒がいても、奔鷲なら軽く飛び越えて玉を取れるわけだ。

 どんな駒も飛び越えるので合駒も利かない。




奔鷲に王手をかけられると、



○←合駒



合駒(玉と相手の駒の間に駒を打って盾にする)を打っても奔鷲はそれを飛び越えられるので意味がない



 能力こそ地味だが、実は古将棋で一番重要な駒の1つである。

「奔鷲みたいに天竺大将棋と大局将棋で動きが違うと、動かし方を間違えませんか?」

「……あー、たしかに紛らわしいですね。プロでも金と銀を間違えた人がいますし」

「金と銀をどうやったら間違えるの?」

「金と『銀の成り駒』を見比べてみろ」

 銀の駒をひっくり返す。


「全?」


「金の崩し文字だ。駒を美術品として観賞する場合、金に成れる歩・桂・香・銀はそれぞれ漢字の崩し方が違ってて面白いんだが。銀の成金と『金将の金』はそこまで大きな違いがないだろ? 一文字駒だと見間違えてしまう危険性がある」



全 金


銀の成り駒は全にしか見えず、一文字しか彫られていない駒だと金と見間違えやすい



「『金を取ったつもりが銀だった』ならともかく。駒台の成り銀を金と間違えて打ったらその時点で反則負けだ」

「古将棋は名前が同じなのに動きの違う駒がいくつかありますから、駒台に置く時は気を付けないといけませんね」

「代わりの駒はないの?」

「じゃあ、こっちにしよう」


 奔王を仕舞い、『車兵』という駒を取り出す。


「車兵は横に2マスしか動けないクイーンだ。でも『四天王』に成るとクイーンの動きで駒を飛び越えられる」


●  ●  ●

 ● ● ●

  ●●●

 ●●車●●

  ●●●

 ● ● ●

●  ●  ●


 横には走れない


○  ○  ○

 ○ ○ ○

  ○○○

○○○四○○○

  ○○○

 ○ ○ ○

○  ○  ○


 飛行駒の中でも最強の駒のようだ。


「……シャレにならない駒が増えてきたわね」

「特殊な駒はほとんど紹介したから、これ以上酷いことにはならんぞ」

「え、もうないの? それはそれで物足りないかも……」

「贅沢な奴だな。なら広将棋の『神僧』はどうだ?」

「強いの?」

「戦闘力自体は低い。ただ『聖燈』に成ると、五路以内にいる高道の成り駒『五里霧』を高道に戻すことができる。広将棋では高道を取られると旗と鼓も成れないし、招遥と霹靂も元に戻るから意外に重要な駒だな。それに能力を拡大解釈すれば『特定の成り駒を元に戻す』ってことになるだろ?」


「四天王・火鬼・法性・太子が元に戻るんですか?」


「はい」

「面白いルールですね。それでやりましょう」



● ● ●


● 神 ●


● ● ●


 神僧の移動範囲。


 特殊な駒で『神僧以外の駒は取れない』。

 ただし移動した後なら、自分の周囲八マスにいる駒を一つ取ることができる。



 『聖燈』に成ると、一手で神僧の動きが二回できるようになる。

 しかも一手目と二手目の両方で、移動した後に自分の周囲八マスにいる駒を一つ取れる。


●    ●    ●

 ●   ●   ●

  ●  ●  ●

   ● ● ●

    ●●●

●●●●●聖●●●●●

    ●●●

   ● ● ●

  ●  ●  ●

 ●   ●   ●

●    ●    ●


 聖域の範囲内にいる成り駒は全て元の駒に戻る。



「聖燈を活かすんなら、強い古将棋の駒を使わないとね!」

 今日紹介された神僧、車兵を中心に、酔象や水牛などを加えてデッキを組む。

 激しい勝負になりそうだ。

「今日はなに食う?」

「私が作る!」

「……お前が?」

「なによ、その目」

「別に」


 不安しかない。


「まあ、作りたいなら作れ。……で、メニューは?」

「パンケーキよ」

「無難ですね」

「自分で作るのに冒険なんてしないわよ」

 瑞穂が材料を混ぜ、フライパンで焼き始める。

「……ちょっと待て」

「なに?」

「膨らんでるじゃねえか」


 火を通したパンケーキがふっくらと膨らみ始めていた。


「パンケーキなんだから当たり前でしょ」

「……パンケーキでこんなに膨らし粉は使わん」

 膨らし粉はベーキングパウダーのことだ。

「そうなの?」

「こんなに膨らませたら積みにくいだろ」

「あ」


「積んだとしても、こんなに厚いと美味そうに見えない。パンケーキは薄く焼いて積むもんだ。これはホットケーキだ」


「へー。じゃあこれ、あんたのね」

「……お前な」

 分厚く焼き上がったホットケーキを渡される。

 仕方ない。

 ホットケーキをフォークで刺して、バケツ一杯のガムシロップにくぐらせた。

「……胸焼けしそうですね」

「一度やってみたかった食い方です。それにガムシロは砂糖を水分で薄めたやつですから、見た目ほど甘くないですよ」

「串カツをソースにくぐらせる感覚ね」

 言い得て妙だ。

 コーヒーにもガムシロとミルクをぶちこんでかき混ぜる。


「あ、木星コーヒー!」


 白と黒が混じりあい、まるで木星のようになった。

 やはり棋士とパンケーキ(正確にはホットケーキだが)といえばこの食い方だろう。


 将棋漫画『ハチワンダイビング』ではこういう風に糖分を補給し、脳をフル稼働させて盤上に宇宙を見ていた。


「コケモモのジャムはありますか?」

「ありますよ」

「『スプーンなおばさん』のやつね!」

 生地に材料を追加して膨らし粉を薄め、薄く焼いたパンケーキを座布団のように何段も重ねてコケモモのジャムを塗る。


 『機嫌の悪い男にはパンケーキにコケモモのジャムを付けてやればいい』という名言があるのもうなずける味だ。


「ふふ、それなら私はこれよ!」

 中途半端なホットケーキ1枚では足りないので、先生と同じく座布団のように何段も重ね、たっぷりのハチミツを垂らし、頂上にバターを置いた。

「『漫画でよく出るホットケーキ』っていう名前で漫画に出てくるのよ」

「メタなホットケーキだな」

「そしてこうよ!」

「人形?」

 スプーンで作ったらしき、小さなパンケーキの人形を焼く。


「『大草原の小さな家』よ。食べる時は手、足、お腹、頭の順番でね。こっちのそば粉のパンケーキは『あしながおじさん』にもちょっと出てたわね」


 ハチミツでもガムシロでもなく、メープルシロップをかけていた。

「んー、泡みたいに軽くて、ブラウンシュガーがたっぷり染み込んでる!」

「……お前、自分のだけ相当気合入れて作ったな?」

「な、なんのことかしら?」

「罰として1枚没収な」

「あー、私のパンケーキ!?」

「では先生も」

「ああー!?」

 自業自得だ。

「さて……」

 腹ごしらえも済んだところで賭け将棋だ。

 全員で無駄にパンケーキを高く積んだから、そこそこの値段になっている。

 是が非でも勝たねばならない。

「行くわよ!」

 瑞穂が車兵が成れるようにジリジリと前線を押し上げてきた。

 だがこちらは陽動だろう。


 真の狙いは神僧だ。


「これでどう!」

 瑞穂の神僧が聖燈に成った。

 これで成り駒を片っ端から元に戻していく。

「危ないですよ」

「え?」

「強い駒だけが元に戻るわけじゃないからな」


 金をひっくり返す。


「ぎゃー!?」

 それは『相手の駒を取って金に成った天狗』の駒だった。


「将棋には『成ると弱体化する駒』がいくつかある。うかつに元に戻すと自爆するぞ」


 天狗で瑞穂の玉を取る。

「ま、まだ太子がいるんだから!」

「アホか、何で先に玉を取ったと思ってる」

「え」

「王手」

 聖燈で王手をかける。

「あああ!? 太子が酔象に戻った!?」

 『王将の跡を継ぐ』という能力は太子特有のもの。


 聖燈の能力で酔象に戻れば、当然その能力も失われてしまうのだ。


「あー、もう何で勝てないのよ!」

「コケモモのパンケーキでも食べて落ち着け」

「私のお金でしょ!」


 機嫌の悪い女にはパンケーキにコケモモのジャムを付けても効果はないらしい。

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