ガンシューティングセット【フルーツサンドとウインナーコーヒー】

「ブラウン管ある?」


「なんの缶詰だって?」

「缶詰じゃなくてテレビ。ガンシューティングしたくてハンドガン型のコントローラー買ってきたんだけど、これハイビジョンとか液晶のテレビには対応してないみたいなの」

「俺の部屋にあるのは多分ブラウン管だな」

 客が来るかもしれないので部屋ではプレイできない。

 やむなくテレビを店内に運ぶ。

「ゲームセンターみたいに立ってプレイしたい」

「……プレシジョンの的の代わりにテレビ置くか」

 液晶テレビと違って無駄に大きく重いので苦労する。

 なんとかテレビを理想の高さに設置すると、ゲーム機を繋いでガンコンをセットした。


『照準を調整してください』


「照準?」

「家庭によって使ってるテレビが違うから、調整しないと狙った所に弾が飛ばないみたい」

 瑞穂が画面に表示されている十字を狙って引き金を引いた。


BANG!


 弾こそ発射されないものの、ガンコンが上に跳ねた。

 ちゃんと反動も再現されているらしい。

 反動があるので連射しても同じ場所には飛びにくい。

「的の動かないプレシジョンと違って、ガンシューティングゲームだと敵が動く上に連射しないといけないわけだから。両手でプレイした方が安定しそうだな」

「そうみたいね」

「ん、お前ガンシューティングやりこんでないのか?」

「……ガンシューティングって腕疲れるし」

 目を逸らしながらつぶやいた。

 明らかに別の理由がある。

 あえて深くは追求しないでおこう。

「えっと、両手でっと……」


 瑞穂は右手でグリップを握り、左手をグリップの下に添えてガンコンを支えた。


 映画や刑事ドラマでよくある『カップ&ソーサー』という握り方だ。

「それはダメな握り方だ」

「え」

「下から支えるだけじゃ反動は押さえられない」

「ふああ!?」

 後ろから抱きつくようにして構えを矯正する。


「左手は右手にかぶせるようにホールドしろ。プレシジョンみたいに腕はまっすぐ伸ばさない。少し肘を曲げろ。腕と肩で二等辺三角形を作って、ダーツの時と同じように重心を前にする」


「こ、こう?」

「ああ。それなら反動にも負けない。それから力を込めるのは右手よりも左手。だいたい6・4か7・3の割合だな。右手に力を入れすぎると、指がこわばって引き金を上手く引けない」

「へー」

 30発ほど撃って照準調整を終え、ゲーム開始。


『ベスト3ガンシューティング』


 それがゲームのタイトルだった。

 名作ガンシューティング『クロノデンジャラス』『聖霊機導弾』『ザ・ホームセンター・オブ・ザ・デッド』がセットになっているらしい。

 瑞穂は一番上にあるクロノデンジャラスを選択した。


『ヒャッハー』


 ハリウッドのB級アクション映画のようなムービーが始まり、エリア1スタート。

「え、あれ、なんで?」

「どうした?」

「た、弾が撃てないんだけど……」

 カチカチと引き金を引いても、ハンドガンに装填する弾の種類が変わるだけで発射されていなかった。

 そもそも画面表示もどこかおかしい。

「なんだこれ?」

 まともに敵が見えない。

 状況がわからないので説明書を読む。


「これは物陰に隠れながら敵を撃つゲームだな。ガンコンのボタンを押すと物陰から出るみたいだぞ」


「ボタンを押して隠れるんじゃなくて?」

「ボタンを離すと隠れるシステムらしい」

「変なの」

 ゲーセンでは足元のペダルを操作して隠れるようだ。

 家庭用移植の際にボタン操作にしたようだが、普通ならボタンを押して隠れるシステムにするはず。

 あえて離す仕様にしているのは、こうした方がプレイしやすいからなのだろう。

 瑞穂が左手でボタンを押して物陰から顔を出し、敵を撃ち抜いていく。

 そして敵に反撃されると、ボタンを離して物陰に隠れた。

 同時に弾を装填(リロード)する。

 隠れる=リロードなのだ。


BANG!


「もしかして照準ずれてる?」

「右にずれてるっぽいな」

「ちゃんと調整したはずなのに……」

 さすがにテレビが古すぎたのかもしれない。

「でもこのズレが逆にリアルかも」

 わざと少し左を狙い、敵に弾を当てていく。

 銃身が歪んでいて右にずれてしまう弾を、自分で微調整しながら撃っているイメージか。

 たしかにリアルだ。

「なにこれ、すっごい面白いんだけど!」

 ヒャッハーと叫び出しそうな勢いで銃を乱射しまくる。

 それもただ撃ちまくるだけではない。


 隠れる前に敵の位置を覚えて、物陰から飛び出すと同時に的確に敵を撃ち抜いていた。


 敵の反撃が激しくなっても、必ず弾切れになってリロードする瞬間がある。

 相手がボスなら相手の弾数を数えるのも重要だ。

 リロードする一瞬の隙を突いて冷静に反撃し、順調にステージ1クリア。

「あ、指名手配犯発見! ……殺さずに捕まえろって、足を撃てってこと?」

「ゴム弾をリロードしろ」

「これ?」

 物陰に隠れてゴム弾をリロードする。


「ゴム弾を使えば一人も殺さない『不殺』プレイもできそ」


「……そんなガンシューティング聞いたことないぞ」

「ゴム弾だと3発当てないと倒せないから大変だけど」

「しかも一定時間が経過すると起き上がってくるらしいぞ」

「……つまり敵が多い場合、他の敵を撃ってる最中に復活するかもしれないから。まず2発当てて、最後の一発でまとめて倒した方がいいってことね」

 難易度が桁違いだ。

 普通にクリアするだけなら、ゴム弾縛りは辞めてあらゆる弾を使った方がいい。

 弾の種類は豊富だ。

 貫通力があって後ろの敵も攻撃できるものの、威力の低いフルメタルジャケット。

 破壊力はあるものの貫通力はないホローポイント。

 敵を捕獲するためのゴム弾。

 めくらましの発煙弾。

 暗い場所では照明弾。

 光学迷彩で姿を消す敵にはペイント弾。

 撃てる弾の種類が多すぎるのもゲームなら許容範囲だろう。

 そして、


「ああ!? 右にずれてるから左端の敵に当たんない!」


「マジか」

 こちらが撃てないのを察しているように、敵がガンガン撃ちまくる。

 隠れていれば弾は当たらないものの、時間(クロノ)デンジャラスとタイトルにあるように、各エリア(1つのステージは数十個のエリアで構成されている)には40秒の時間制限が存在する。

 このままタイムオーバーすると、ペナルティとしてライフが1つ減ってしまう。

「散弾(ショットシェル)だ! 弾が飛び散るからギリギリ当たるはず」

「そうだ、ショットシェル!」

 隠れて散弾をリロードする。

 貫通力がなくて連射もできないが、広範囲に攻撃できる弾だ。

「やった、倒した!」

 攻撃範囲の広さを利用して相手をハチの巣にする。

 ……まさか一人の雑魚相手に、こんな形で撃つことになるとは思わなかったが。

「でもショットシェルってショットガンの弾でしょ? ハンドガンで撃てるのおかしくない?」


「散弾を撃てるリボルバーならあるぞ」


「それなんて漫画?」

「実在する銃だ!」

 実戦で使えるのかどうかは知らないが。

 弾を切り替えながら先に進んでいく。

 従来のガンシューティングでは射撃の速さと正確さが全てのはずだ。

 敵の攻撃を防ぐには『撃たれる前に撃つ』か『相手の攻撃を撃ち落とす』しかなく、また敵の配置を覚えるためには何度かプレイしなければならない。

 しかも武器を持ち替えるのも銃撃戦の最中になる。

 初級者にはきつい。

 だがクロノデンジャラスは違う。


 隠れて攻撃を避わしつつ、敵の配置を覚え、弾を入れ替えられる。


 隠れるというシンプルなアクションながら、ガンシューティングをプレイする上でこれほど優しいシステムはない。

 よく考えられたゲームデザインだ。

「あー、死んじゃった。……まあ、そろそろ腕も限界だからコンテニューできても死んじゃうけど」

 安定性のある両手撃ちのはずが、プルプル震えていた。

「じゃあ次は俺だな」


 クロノデンジャラスはやめてザ・ホームセンター・オブ・ザ・デッドを選択する。


「え、HODするの!?」

「これが一番有名なやつだろ」

「そ、そうだけど……」

「?」

 そわそわして落ち着きがなくなった。

 こいつまさか、

「こわいのか?」

「こ、こわくないし! ゾンビとかぜんぜん平気だし!」

 明らかに目が泳いでいる。

 そもそもお化け屋敷でビビりまくっていたのだから、今更隠しても意味がない。

「じゃあ2人プレイしよう」

「て、手が疲れてるから! それにお腹すいたでしょ!? おやつ用意してくる!」

 逃げた。


 もしかしてガンシューティングをやりこんでなかったのは、近所のゲーセンにHODの筐体しかなかったからか?


 苦笑してゲームをスタートする。

 舞台はアメリカ。

 生物学的危害(バイオハザード)によって全米の人間がゾンビ化し、主人公はホームセンターに逃げ込んだらしい。

 やはりゾンビものといえばホームセンターだろう。

 隠れることができないことを除けば、基本システムはクロノデンジャラスと同じだ。

 弾を切り替えながらゾンビを倒していく。

 ホームセンターだけに商品があふれており、これを撃つとアイテムが入手できたり、スコアが上がるらしい。

 積極的に狙っていきたい。

「やっぱりクロノとは違うな」


 クロノデンジャラスは敵が弾を撃ってきたのに対し、こちらは肉弾戦が主体。


 遠距離から狙われることが少ない代わりに、数が多く一発では倒せない敵も多い。

 とりあえず近づいて来たら撃つ。

 遠い位置にいるゾンビは無視していい。

 引きつけて撃つのがコツだ。

 引きつけるほど的が大きくなって狙いやすい。

 一発で倒せないのも手足や胴体の話で、ヘッドショットならさしものゾンビも一撃だ。

「げ、掴まれた!?」

 慌ててガンコンを振る。


 ガンコンにセンサーがあるらしく、振ると主人公が暴れてゾンビを振りほどくことができるらしい。


 押し倒されると大ダメージを受けるので必死だ。

 なんとかゾンビの魔の手から逃れて撃ちまくっていると、


『ぬわー!?』


「あ、人間か!?」

 ゾンビの中に生きた人間が混じっていた。

 これを撃ってしまうと、ペナルティとしてライフが1減らされてしまう。

 ホームセンターには主人公を援護してくれる警官もいるのだが、この警官を撃ってもペナルティだ。

 警官はゾンビを撃つため積極的に前へ出るので非常に鬱陶しい。


 誤射してやりたくなる。


 なお警官は何発撃っても死なない。

 多分こいつはゾンビ化進行中だ。

 絶対途中のステージのボスになる。

「……敵多いな」

 フルメタルジャケットは無限にリロードできるものの、一度に装填できるのは6発まで。

 フルメタルジャケットを貫通させ、散弾で薙ぎ払っても、次から次へとゾンビが湧いてくる。

「もしかしてこれ二丁拳銃(ダブルプレイ)を想定して作られてるんじゃないだろうな?」

 でなければ、こんなにゾンビが出てくるのはおかしい。

 あるいは2人プレイ推奨かもしれない。

 どちらにしろ銃が2つなければ対処するのは困難だ。

「一人じゃきつい! 手貸してくれ!」

「い、今おやつ中だから!」

「じゃあ食べ終わってからでいい」

「う」

 スタートボタンを押してゲームを中断。

 お茶を淹れておやつをつまむ。


 おやつはフルーツサンドだった。


 甘い生クリームに酸味の効いた果物の組み合わせ。

 形こそサンドイッチだが味はケーキに似ており、かりがね茶によく合う。

「ウインナーコーヒーね」

 一方、瑞穂はコーヒーだった。

 濃厚で量の多い生クリームに口内が満たされ、それをコーヒーで流し込むのがいいのだろう。

 エスプレッソのような濃いコーヒーにホイップクリームを載せたものを『ウィーン風』コーヒー、すなわちウインナーコーヒーと呼ぶ。

 なおナポリにナポリタンがないように、ウィーンにウインナーコーヒーなるコーヒーはない。

「……多いな」

 画面から目を背けるために作り続けていたためか、生クリームの代わりにカスタードを挟んだフルーツサンドもあった。

 うちのメニューにはないものの、こってりしていて意外に美味い。

 しかし二人では食べきれない。

 やむなく平蒔絵の弁当箱につめる。


 プラスチックではなく漆器だから保湿力があり、時間が経ってもパサパサにならない。


 パンや和菓子など、湿気るものの保存には最適だ。

「さて……」

 指を吹き、瑞穂に目線をやるとビクッとした。

「ホラーゲームの名作ってどれくらいあるんだ?」

「え? 『セイレーン』とか『フェイタルカメラ』とか『レジデントデビル』とか『グロックタワー』とか『ブルーオーガ』とか『静かな丘』とか『その日暮らしの泣く頃に』とか……」

「お前が実際にプレイしたことがあるのは?」

「……ない」

「そしてこれからもプレイすることはない、と。もったいないな」

「う」

「ここで慣れておけば明日から名作をプレイし放題だぞ?」

「うう……」

 迷っている迷っている。


「……1回だけだからね?」


「充分だ」

 その1回がゲーマーにとって致命傷になる。

 一度プレイし始めたらクリアするか財布が空になるまでプレイし続けるのがゲーマー心理。

 家庭用だから金の心配もない。

 2人プレイモードにしてプレイ再開。

『かゆ……うま……』

 わらわらとゾンビが殺到する。


「ぎゃー!?」


 色気のない悲鳴を上げながらやみくもに銃を乱射した。

 画面いっぱいにゾンビがひしめいているので適当に撃っても弾は当たる。

 これでプレイはグッと楽になった。

「いやー!?」

 撃つたびに断末魔の悲鳴が響き、血しぶきが上がり、腕が千切れ、頭が吹っ飛び、腹に風穴が開く。

 ……グロい。

 10年前のゲームとはいえ、既にCGは実写に近いレベルまで発達している。

 悲鳴を上げるのも無理はない。

 一発撃つたびに目を閉じ、画面から目を背けた。

「ひゃっ!?」

 そして最終的には俺の背中に隠れながら撃った。

 撃っては隠れ、隠れては撃つ。

 背中に柔らかいものを感じながら、改めて納得する。


 やはりクロノデンジャラスは名作だ。

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