ロボットゲームセット【マカロンとローズティー】

「~♪」


 鼻歌を歌いながら上機嫌で大量の箱を開封する。

 どうやらフィギュアをまとめ買いしたらしい。

 それも美少女フィギュアから人型ロボットまでバラエティに富んでいる。

 フィギュアなのでプラモデルのように組み立てる必要はない。

 塗装済みの完成品だ。

「これ高いだろ」


「ワゴンで投げ売りされてたやつばっかりだからそんなでもないわよ。あ、おやつはマカロンね」


「ローズティーとコーヒーと抹茶、どれにする?」

「ローズティー」

「あいよ」

 紅茶にローズをブレンドする。

 さらにドライフルーツのアプリコットを一粒落して、ハーブティーを淹れた。

 ローズは味に癖こそないが、少しフローラルな香りが強い。

 だからといってこの香りを殺すのは問題外で、香りに負けないしっかりした味のスイーツを選ぶ必要がある。

 その点、軽すぎず重すぎないマカロンは最適だ。

 一方の俺はコーヒー。

 豆はコクのあるグアテマラだ。

 シティローストに焙煎すれば酸味とコクが出て、マカロンに負けない味になる。

 こうしてお茶を淹れ、様々な味のマカロンを皿に積んでテーブルへ運ぶと、


「ああ、本当に、今こそあたし、何とも言えないほど幸福だわ」


 芝居がかった様子でマカロンを食いながら、テレビに人型ロボットのフィギュアを飾り、


「だけど、どうしてもやってみたくてたまらないことが、もう一つだけこの世の中にあるのよ」


 そのロボが主人公機らしきゲーム『アームド・コア』を本体にセットする。

 おそらくヘンリック・イプセンの戯曲『人形の家』ネタだろう。



ノラ「主人がマカロンを食べてはいけないっていうのよ。それはね、あたしの歯が悪くなるのを心配しているの。でもかまやしない、1つぐらいは。ああ、本当に、今こそあたし、何とも言えないほど幸福だわ。だけど、どうしてもやってみたくてたまらないことが、もう一つだけこの世の中にあるのよ」


ランク「へえ? それはまたなんです?」


ノラ「あたし、たまらないほど口に出して言ってみたいことがあるの。それを主人にぜひとも聞かせたいのよ」


ランク「じゃあ、どうしてそれを言わないんです?」


ノラ「でも言えないの。だって、あんまりひどいことなんですもの」


ランク「ははあ、それならおっしゃらないほうがよさそうですね。しかし私たちになら構わないでしょう? で、ヘルメル君に聞かせたいとおっしゃるのは、いったいなんです?」


ノラ「あたしね、『こんちくしょう!』って言ってやりたくてたまらないのよ」


ランク「どうかしている!」



 ちなみにこの作品でいう人形とはフィギュアのような愛玩品ではなくノラのことだ。

 もっと大きなくくりでいうと女性のことである。

 ラストでノラは人形ではなく一人の人間として生きるため、夫も子供も捨てて家を出る。

 女性の自立や社会進出、いわゆるフェミニズム運動の先駆けのような作品なのだ。

 もっとも作者のイプセンはフェミニズムを意識していたわけではなく、人間ドラマを書いたら自然とそうなっていたらしい。

「対戦する?」

「……そんな気軽に対戦できるゲームじゃないだろ、これ」

 決められた機体で戦うゲームではなく、プレイヤーが自由にカスタマイズして専用機を作るタイプのゲームだ。

 武器の種類も多いし、パーツの細かな違いもわからない。

 特に脚部。


 最もスタンダードな2本足の2脚。

 鶏のように関節が逆になってる逆関節。

 馬人間(ケンタウロス)のような4脚。

 戦車のようなタンク。

 地面から浮いているフロート。


「……どれを選べばいいのかさっぱりわからん」

「前作では接近戦なら2脚かフロート、近距離の撃ちあいなら逆関節か4脚、中距離ならタンクだったわね」

「最初は近距離の逆関節にしよう。一番ロボットっぽいしな」

「じゃあ私は2脚」

 カスタマイズがすんだら機体名を登録。

 瑞穂が台湾の地名・瑞穂(ルイスイ)にしたので、俺も名字からとってプリンス・オブ・アユタヤにした。

 アリスによると桃園(タオユェン)という地名もあるらしい。

 漢字文化圏ならではの偶然だ。

「さて……」

 準備も整ったので対戦モードを選択する。

「とりあえずロックオンして撃てばいいんだな」

 ロボットの目=メインカメラに表示されているロックオンサイトに敵を入れれば、ロックオンすることができる。


 ロックオンすればFCS(ファイア・コントロール・システム)、いわゆる火器管制装置が働き、敵が移動しても自動的に追尾してくれるらしい。


 ただし敵がメインカメラの視界から出てしまうとロックオンは外されてしまう。

 ということはロックオンして、敵を常にメインカメラでとらえていれば弾は当たるはずなのだが……。

「ぐ、当たらん!」

「ロックオンした瞬間に撃つからよ。高速移動してる相手には安易に撃っちゃダメ。ロックオンすれば相手を追いかけてくれるけど、撃った時にはもうそこにいないんだから。2秒ぐらいロックオン状態を保ってダブルロックオンにして」

「ダブル?」

「ダブルロックオンすればFCSが動いている相手の進路を予想して、進行方向に撃ってくれるようになるの」

「2秒待つ、と……。おお、当たった!」

「サービスはここまで」

「げ」


 ルイスイが急ブレーキ。


 普通のロックオンなら格好の的だが、今はダブルロックオン。

 進行方向を予測して撃っているので、相手が急に止まると当たらない。

「ふふ。自動的に追いかけてくれるってことは、自動的に動いちゃうってことだもの」

 ルイスイの素早い動きに銃口が右へ左へ動き、まともに撃つこともままならず、まんまと接近される。

「させるか!」

 懐には飛びこませまいと乱射して弾幕を張ろうとしたものの、

「甘い」

「げ!?」

 あと一歩でビームサーベルの間合いというところで、直角に横移動。

 ルイスイがメインカメラから消え、ロックオンが外される。

「しまった!?」

 視野は自分を中心に放射状に広がっている。

 形にするなら『V』の字だ。


 接近すればするほど視野は狭くなり、至近距離で横に動かれるとメインカメラから消えてロックオンを外されてしまう。


「面・胴・小手!」

「ぐ!」

 サーベルの強烈な連続攻撃。

 あっという間に半分以上ゲージを削られる。

 なんとかブーストで急加速し間合いを取ったものの、間髪入れずにこちらへ飛び込んでくる。

「ジャンプ!」

「な!?」

 ルイスイが目の前で大ジャンプしてアユタヤを飛び越した。

 とうぜん視界の外に消えるのでロックオンを外される。

 慌てて後ろを向いた。

「は?」


 いない。


「士道不覚悟!」

「後ろ!?」

 ルイスイを追って後ろを向いたはずなのに、なぜか背後へ回り込まれていた。

 こうしてなす術もなく切り刻まれ、


GAME OVER


 アユタヤは爆音と共に炎に包まれた。

「ざっとこんなもんね」

「……どうやって後ろに回ったんだ?」

「着地した瞬間にもう一回ジャンプして元の位置に戻ったのよ」

「ぐ、そんな単純な戦法で……!」

「単純だからこそ効果があるの」

「もう一戦だ!」

「はいはい」

 脚部をタンクにして再戦。

 中距離でロックオンし、接近されないようにミサイルを乱射。

「くそ、当たらん!」

「チーム戦ならともかく。一対一だと中級者レベルにはロックオン系のミサイルなんて当たらないわよ」


 ミサイルは銃弾と違って、発射した後もロックオンした相手を追尾する。


 だが着弾するまで時間がかかるため、見る余裕がある敵には当たらない。

 着弾直前にすっと横に動かれて避わされてしまう。

「お返し」

「ぐあ!?」

 ミサイルで反撃される。

 なんとか避わそうとするものの、ミサイルの軌道が変わって直撃。

 横に動くのが早すぎたのだ。

 ミサイルはこちらを追いかけてくるので、ある程度の距離まで引きつけないと避わせないらしい。

 理屈はわかっていても、初級者は待てずに動いてしまう。


 早く動いてしまった場合は、逆方向へ切り返すのも手だ。


 ミサイルはこちらを追いかけて軌道を変える。

 つまり右に軌道を変えた後、左へ逃げたプレイヤーを追いかけるのは難しい。

 わざと避わしたい方向とは逆に動いて切り返すのもいいだろう。

 むしろこっちのほうが確実に避わせる。

「ふふん、私相手に中距離で戦いたいならノーロックオン武器を持ってきなさい」

「手動照準か?」

「そう。手動だから最小限の動きで避わそうとすると、狙いが微妙にずれてたりして当たっちゃうし。動かなかったら外れてたのに、動いたせいで被弾するなんてことも起こるんだから」

「ロックオン武器は狙った場所に飛ぶからこそ避わされて、ノーロックオン武器は命中精度が低いからこそ当たってしまう、と。面白いな」

 試しにノーロックオン武器を装備してみるものの、たしかに動いている敵が相手だと照準が定まらない。


「そういう時は一度ロックオン武器でロックオンして、ノーロックオン武器に切り替えるの。一度ロックオンしてるんだから照準は相手に向いてるでしょ」


「なるほど」

「まあ、これだと結局ロックオン武器と変わらないんだけど……。硬直してる相手に確実に当てるならこれよ。それと相手がノーロックオン武器の時の対処法を教えてあげる」

「対処法?」

「こうよ」


 ぴょんぴょん


 ロボらしからぬ軽快な動きで飛び跳ねる。

「う、上下の揺さぶりか!」

 地上戦なら照準を横に動かすだけでいい。

 しかしそこに縦の動きが加わると、上に下に横にとせわしなく照準を動かさなければならないため、命中率が格段に下がってしまう。

「でも着地点を予測されたら狙い撃ちにされるだろ」

「そういう時のためのブースターよ。空中で吹かして軌道とタイミングを変えるの」

 奥が深い。

 よくみるとブースターを吹かすことで脚部への負担も減らしている。

 巨大ロボは高いところから降りると、どうしても着地の衝撃で一瞬動けなくなってしまう。

 だからブースターで落下スピードをゆるめ、硬直時間をなくしているのだ。

「くそ、ならこれはどうだ!」

 装備を垂直ミサイルとライフルに切り替え、


『ファイア!』


 即座に垂直ミサイルを撃つ。

 上に撃ちあげて、放物線を描きながら相手に当てる兵器だ。

 壁の向こうに敵がいても当てることができる。

 しかも直線的に飛んでいく通常のミサイルと違って山なりに飛ぶので、装備しているライフルも活きる。

 垂直ミサイルで上に意識を集中させ、直線的にライフルで撃ち抜く。

 そういう作戦だ。

「甘い」

「なっ!?」

 ライフルの射線から逃げつつ、垂直ミサイルをハンドガンで撃ち落としてきた。

 ミサイルもロックオンできるとはいえ、恐ろしいまでの命中精度。

「次だ!」

「じゃあこっちも」

「げ!?」


 こっちが撃つよりも早くミサイルを撃たれ、ルイスイではなくミサイルをロックオンしてしまう。


 垂直ミサイルは弧を描いてルイスイのミサイルを追う。

 つまり、

「うああ!?」

 自分のミサイルがこっちに向かって飛んできた。

 予想外の出来事に直撃を食らってしまう。

「この!」

 こうなったら方針転換。

 ライフルに意識を集中させて、上から垂直ミサイルを当てることにする。

 もちろんミサイルのほうに意識が向いたらライフルを当てる。

「あはは、遅い遅い。銃はこうやって撃つのよ!」

 ライフルに意識を集中させようにも、連射性能が違った。

 ハンドガンでパパパッと撃たれる。

 ライフルに比べれば豆鉄砲のようなもので、ダメージは微々たるもの。

 しかし、


「ぐ、動けん!」


 たとえハンドガンであろうとも、当たれば機体は一瞬硬直する。

 その隙にルイスイがブースターを爆発させて一気に間合いを詰め、ビームサーベルを一閃。


GAME OVER


 あえなくプリンス・オブ・アユタヤは爆発四散した。


「こんちくしょう!」


「それ私のセリフ」

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