シャム猫のいる生徒会室

橘冬

第1話 幼なじみはスーパー美少女

 今日からおなじ高校に通いはじめる妹の唯が、

「じゃあね、お兄ちゃん」

と緊張気味の初々しい笑顔で手をふった。僕も手をふりかえして、しばらくは一生懸命に爪先立ちになって掲示板をのぞきこんでいる、彼女のベージュのブレザー姿をながめていた。やがて彼女はそんな僕の視線に気がついたようで、ふりむくと、人ごみのなかから、大丈夫というようにまた笑顔で手をふってみせた。それで安心した僕は、またもうひとかたまりの人ごみのほうへと歩みより、さっきの唯とおなじような姿勢で掲示板をのぞきこんだ。

(二年・・・C組か)

まずは高梨淳之介というじぶんの名前を確認した僕は、そのまま目をすべらせて、案のじょうそこに、優木怜奈の名前を発見した。

(またか・・・それにしてもよく一緒のクラスになるなあ)

小学生のときからだから、まあ幼なじみといっていい彼女とは、どういうわけか驚くほどの確率でおなじクラスに割りあてられた。もっとも彼女の場合、べつのクラスになってもしょっちゅう僕のところにやってきては、

「おいジュン、帰ろうぜ」

なんてやるのだから、あまり関係ないといえばないのだけれど。するとそこに、

「あのう・・・C組の方ですか?」

と声がきこえて僕がふりむくと、眼鏡をかけたまじめそうな少女が、なんだかもじもじして立っていた。それに僕が、

「ええ」

とうなずくと、でも彼女は、ハッと息をのんで顔を赤らめて、早口でまくしたてた。

「あっ・・・男の方ですか?ごめんなさい、お顔しか見えなかったものですから。そうですね、ズボン履いてますものね。ほんとうにごめんなさい、間違えましたっ」

そういって逃げるように足早に去っていく彼女のうしろ姿を茫然と見おくりながら、僕はとりあえず頭のなかでかんがえをまとめた。

(あー、つまり、クラス替えではやく同性の友だちをつくりたくて勇気をだして話しかけたけど、間違っちゃったってとこね?とりあえずそろそろ髪を切らないと・・・)

美容院にいくのが面倒で、春休み中ずっとのばしていた髪をいじりながら、僕はなんとなく怜奈をさがしていた。そしてすぐに、友達たちとキャッキャと笑いあいながら掲示板をのぞきこんでいる、彼女の姿を発見した。僕は人ごみをかきわけながらそちらに歩いていくと、

「怜奈」

と話しかけた。聞えなかったらしく、彼女が振りむかないので、

「優木怜奈」

と僕はもう一度フルネームで呼び直した。それでも気づく様子もなく彼女がぺちゃくちゃ話しつづけているので苛立った僕は、

「おい、そこのスーパー美少女っ」

とやけくそで言った。

「ん?ああジュン、おはよ。またおなじクラスだねっ」

はじめて笑顔でふりむいた彼女に、僕はあきれて言った。

「あのさ、名前ではぴくりともしなかったくせに、どうしてそっちではすんなり反応するんだよっ」

「ああ、名前よんでたの?ジュンったら、声小さいんだもん。きっと名前以上に、その呼び名と私との相性がいいんだね」

そううそぶく彼女の顔は、もう長年見なれている僕でさえ、―まあたしかにスーパー美少女であることを認めざるをえないのだった。特徴的なふっくらとした頬に、ぱっちりと大きな目が、愛くるしい印象をあたえた。ショートボブにして、かるく茶色に染めた髪が色白の肌によく映えて、友達から「フランス人形みたい」などとほめられているのもうなずけるのだ。そして彼女は、僕の顔をしげしげと眺めながら、いった。

「ねえジュン、そろそろ髪を切ったほうがいいよ。でないと、あんたこそスーパー美少女になっちゃうぞ」

そのことばに、一緒にいた女の子たちがどっと笑いくずれて、どうやら似たようなことをかんがえていたらしかった。それから彼女たちは、ねえ淳之介君、こんどお化粧させてね、スカートはいてみてよ、などと僕をからかっては、くすくす笑いながらその場を離れていった。そこに悪意のようなものはまったくなかった。ふしぎなものだな、と僕はおもう。昔はこの顔のせいでよくオカマだのなんだの、からかわれたりいじめられたり大変だった。おなじことが、今はどちらかというと好意的にむかえられる。そういえば昔、小一からムネがふくらみはじめていじめの対象になっていた女の子もいたっけ。そのまま成長をつづけていれば、今ごろは男子学生に大人気かもしれない。何にしても、他人の評価なんてまったく信用できない。

「そうだジュン、私が髪を切ってあげるよ。きょう、ジュンの家に行くね」

「『行くね』って・・・かってに決めるなよ。ふつう、『行ってもいい?』とか聞くものなんじゃないの?」

非常にまともなことを言ったつもりだったのだけれど、怜奈の場合、それにまともな球がかえってくるとは限らないのだ。

「うわあ・・・美少女にそういうこといわせて、楽しもうっていうのね。変態」

「???・・・君の個性的な思考形態に、まったくついていけないんだけど?」

「『ジュン君・・・今日、お家に行ってもいい?』」

「気もちわるい声だすなよ。っていうか、かってに美少女ゲーム展開にするなよ」

「1.『ああ、もちろん』とやさしく微笑む

 2.『浣腸器を用意して待ってるぜ』とにやりと嗤う

 3.『家まで来なくても、ここでいいじゃねえか』とその場で押し倒す

 4.何もいわずに、ハイキックを浴びせる」

「げ・・・下品な美少女ゲームだなあ。事実上一択じゃないか」

「やっぱりねえ。2ね?」

「1だよっ」

「なんだ、来てほしいなら最初っからそういえばいいのに。ジュンったら、素直じゃないんだから」

「くっ・・・」

いつものように怜奈のペースにまきこまれながら、僕らは二年C組の、あたらしい教室へとむかった。

「はじめておなじクラスになったのは、小三の時だったよね。これで何回目かな?」

「ほんとだよね。どうして、こんなにいっつもいっつもおなじクラスになるんだろうね」

教室のドアを開けながらなんとなく僕がそう返すと、一瞬の沈黙があった。そして、

「なに・・・イヤなの?」

という寂しげな声がきこえてきて、僕はあわてて、

「まさか。嫌なわけないじゃないか」

といつのまにか口にしていた。すると怜奈はうれしそうに、いや、うぬぼれているという誤解をおそれずにもう少し正直に描写するなら、むしろ幸せそうにふふっと笑って、

「そっか。―そうだよね、ジュンったら、私がいないとダメだものね」

といたずらっぽく僕を見た。そうして、じぶんの出席番号の貼られた机にいって、さっそくまわりのみんなに話しかけてはうち解けてしまっている怜奈をながめながら、―これがあるからな、と僕はまたしてもしてやられたような気分になっていた。僕はたしかに小学生のころから怜奈といっしょにいて、彼女の存在になれている。けれどなれきってしまっているわけでもないのは、不意にこうして、彼女が美少女であることをあらためて思い知らされる瞬間があるからなのだ。

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